#3 かわいい子には旅をさせよ
《Somnaria》の夢見亭。たぬまりは、今日も堂々とソファでゴロゴロしていた。
制服は完璧。顔も完璧。しっぽはふわふわ。紅茶はNPCが持ってきてくれる。
お紅茶だいすき!
こまちは掃除をしながら客と交流しているし、ツバキは厨房で料理をしている。
たぬまりは、というと、しっぽを抱いて横になり、うとうと。もしくは、うつ伏せで足としっぽをパタパタさせながら読書。
シフトに入っていない時間でも、たぬまりは店内に居座っていた。紅茶を飲み、ソファで丸くなり、時々「かわいい」と言われる。NPCもプレイヤーも、最初は微笑ましく見ていたが、最近はちょっと違う。
「たぬきちゃん、今日もいるね」
「シフト外なのに、ずっといるのすごい」
「いや、そろそろ外出ようよ……」
一方、現実でのたぬまりは完全にエースだった。
「いらっしゃいませ。ご注文は?」
「夢見オムライスと、たぬまりブレンドをお願いします」
「かしこまりました。オムライスはふわとろ仕上げで、ケチャップは星型でよろしいですか?」
「はい!」
「ありがとうございます。少々お待ちくださいね」
疲れの取れた最高のビジュアルから出る笑顔は自然。声も通る。動きも無駄がない。厨房との連携も完璧。ツバキが「今日のたぬまり、キレてるな」と言うほどの働きぶり。こまちも「たぬまりちゃんがいると安心する」と言っていた。
寮では洗濯も掃除もきちんとこなし、大学では講義に出席し、ノートはきれいにまとめてある。課題も期限内に提出済み。生活は安定していた。
「自分、完璧だよね」
だからこそ、ゲーム内では気が抜ける。働かずに働く。寝ながら働く。それがたぬまりの理想だった。
そして今夜も布団にくるまり、VR機器を装着する。
「働くか……寝ながら」
ログインすると、夢見亭のソファにはいつものようにたぬまりがいた。しっぽを抱いて、紅茶を片手にゴロゴロ。NPCが配膳し、こまちが笑顔で接客し、ツバキが厨房で鍋を振る。
「たぬまりちゃん、今日もかわいいね♡」
「たぬきちゃん、ほんと癒し」
「でもさ……そろそろ外、出てみない?」
「えっ」
こまちはニコニコしながら言う。
「かわいい子には旅をさせよ、って言うでしょ?たぬまりちゃん、そろそろ街の外も見てみようよ。冒険するのもいいし、景色もきれいだし、きっと楽しいよ?」
「えっ、やだ……」
ツバキも厨房から顔を出す。
「食材の調達もあるしな。ついでに何か拾ってきてくれ。あと、さすがに寝てるだけで給料出るの、そろそろ限界だと思うぞ」
「えっ……?食材の調達…?」
店長の秘書NPCも、真顔のまま言う。
「シフト外の滞在は、業務妨害になりかねません。外に出て、何か好きなことを見つけてきたほうがいいですね」
「そんなばかな……」
他のプレイヤー従業員も口々に言う。
「外、楽しいよー!ドカーンって!」
「釣りとか、クラフトとか、いろいろあるし」
「たぬまりちゃんも絶対何かハマると思う」
そして、ついにはお客さんまで。
「たぬきちゃん、外の景色も似合うと思うよ」
「夢見亭もいいけど、外の世界もいいよ」
たぬまりは、しっぽを抱きしめたまま、ソファの上で丸くなる。
「……でも、外って戦闘とか面倒だし……」
「まずは歩くだけでも」
「……歩く」
こまちにブランケットを回収された。ツバキに希望食材が書かれたメモを渡された。
店長と秘書っぽいNPC(もう秘書でいいや)はお店のテイクアウト用ドリンクとお弁当を手渡してきた。そして他のみんなはニコニコと手を振っている。
こうして、たぬまりはみんなの圧に負け、夢から覚めた顔で冒険に出た。
それゆけ、たぬきちゃん!
次の投稿は18:00です。




