#2 夢の喫茶店
「働くか……寝ながら」
寮の布団にくるまりながら、田沼まりんはVR機器を頭に装着した。夢見亭に入ってから、布団と飯と金が揃った。安心した途端、気力が抜けてしまった。でも、仕事はちゃんとやる。寝ながらでも。
《Somnaria》——ソムナリア。剣と魔法の王道ファンタジー世界で職業の概念はなく、スキルも装備も自由。プレイヤーは好きなように過ごし、第二の人生を楽しむことができる。
このゲームには、プレイヤーに「ユニークスキル」が与えられる仕組みがある。一人一つと決まっているが最初から所持している者もいれば、ゲーム内で過ごすうちに、何かのきっかけで“生える”者もいる。スキルの内容は完全に個人に最適化されており、戦闘系から生活系まで幅広い。
ログイン画面がふわりと浮かび上がる。
【HNを入力してください】
→ たぬまり
【種族を選択してください】
→ 獣人
「……しっぽは、ふわふわで。耳は……猫っぽいのがいいな」
画面の中で、たぬまりのアバターが生成されていく。猫耳、たぬきしっぽの獣人。顔は現実と同じく最高に整っていて、初期装備はシンプルな旅人服。
【ようこそ、Somnariaへ】
光に包まれて、たぬまりはゲームの世界へと降り立った。
目を開けると、そこは最初の街の門前だった。
石造りの大きな門。その向こうには、活気ある街並みが広がっている。魔導ランプが灯る通り、行き交うプレイヤーとNPC、遠くには塔のような建物も見える。
「……おお……」
たぬまりは、しっぽをふわっと揺らしながら街を眺めた。眠る前に説明された通り、まずは夢見亭に向かう。地図を確認すると、街の中心部にあるらしい。
石畳の道を歩きながら、たぬまりは思う。
「働くって言っても、ここで過ごすだけなんだよね……最高か?」
夢見亭に到着すると、店の表には看板が出ていた。
《夢見亭》
扉を開けると、現実の店とよく似た内装が広がっていた。木造の温もりある空間、柔らかな照明、そして店内を忙しく動き回るNPCメイドたち。
カウンターの奥から、犬っぽい獣人の店長が現れる。
事前に聞いていたことだけど顔が完全にシベリアン・ハスキー。そんなに獣寄りにもできたんだね。
「おかえりなさいませ、たぬまりさん。こちらが支給される制服です」
店長の隣で秘書のように立っているメイドNPCから手渡されたのは、ふわふわのフリルがついたメイド服。サイズはぴったり。着替えると、たぬまりのもふもふしっぽがちょうどよく揺れるように設計されていた。
「ふむ。似合ってる。顔がいいから当然だな」
店長は満足げに頷く。そしてNPCが説明を続ける。
「この時間はシフトに入っていただいておりますので、店内で自由に過ごしてください。その様子をお客様が見ることも、お客様との交流も、夢見亭の魅力です。業務はNPCが担当しますので、メイドさんは好きなように過ごしていただいて構いません」
つまり、ログインして店内にいるだけで給料が発生する。働いていることになる。
めちゃくちゃ都合の良いシステムだ。
最初は、たぬまりも少し緊張していた。
ソファに座り、紅茶を受け取って、そっと口をつける。店内には他のプレイヤーもいる。たぬまりよりも数日はやく入社した同僚のこまちを見やる。掃除をしながら、客席に紅茶を配っている。なんと真面目な子なのか。いつも厨房を取り仕切っているツバキの姐さんも、また現実と同じように厨房で料理をしている。他の従業員もなんとなくお客様と話している。
そして、NPCたちは忙しく動いている。
「……これでいいのかな……ほんとに、座ってるだけで……」
ソワソワと足を組み替えたり、しっぽを抱えたりしている様子も周囲の人間は見ていた。
たぬまりちゃんはかわいい。
たぬまりは紅茶の香りと店内の落ち着いた空気に、だんだんと気が緩んでくる。
「……まあ、店に居るし……うん……」
気づけばソファに横になり、しっぽを抱いてウトウトし始めていた。
その姿を見た常連のプレイヤーが、笑いながら言う。
「かわいい……!!」
「たぬきじゃん」
「気が抜けすぎだろ、仕事中だぞ」
「たぬきちゃんほんとすこ」
こまちはニッコリしながら、そっとブランケットをかけてくれる。
「たぬまりちゃん♡きゃわい!!おやすみ……♡♡♡」
こまちはちょっとヤバいかもしれない。
ツバキは厨房から顔を出して一言。
「さすがに寝てるだけ、ってのを実践するヤツは初めて見たわ」
たぬまりは、うっすら目を開けて「働いてるもん……」とだけ呟いて、また目を閉じた。
こうして、たぬまりの《Somnaria》での生活が始まった。ちゃんと働いている。
たぬまり……いや、たぬき。




