#12 変身バンクはない
現実の夢見亭。
扉が開くと、たぬまりは元気に声を張った。
「おかえりなさいませ!ご主人様!」
制服のスカートがふわりと揺れ、笑顔でお客様を迎える。
テーブルの片付け、注文の確認、ドリンクの提供——すべてが無駄なく、流れるようにこなされていく。
「昨日はあの子、ずっとソファで寝てたのに……」
「現実だとテキパキすぎる。」
「温度差で風邪ひきそう」
「たぬきちゃんなんか癒されるよね」
そんな声が聞こえてくる。
たぬまりは聞こえていないふりをしながら、笑顔でおしぼりを差し出す。
今日もしっかり働いた。
大学で必要な分も、余裕を持って稼げそう。急な出費にも対応できる安心感がある。
「じゃ、ログインしてまた働きますか」
ログイン後の夢見亭。
今日は金属加工ができる細工師のところへ案内してもらう日。
常連さんと一緒に行く予定だったが、こまちも「絶対に行く」と言ってきた。
「たぬまりちゃんの衣装と装飾品のことだから、参考にしたいの」
どうやら外出用の頭装備を作っているらしく、現地でのインスピレーションを得たいらしい。
街を抜けて、石畳の坂道を進んだ先。
たぬまりが箒にふわりと跨り、こまちと常連さんが並んで歩く。
目的地は、金属加工が得意な細工師の工房。
「ここだよ」
常連さんが立ち止まり、大きな声で呼ぶ。
「おーい!弟ー!」
その瞬間、たぬまりとこまちが同時に反応した。
「えっ!?弟!?」
「えっ!?弟さん!?」
たぬまりは箒の上でバランスを崩しかけ、こまちは目を丸くする。
「え、え、弟さんだったんですか!?てっきり職人仲間かと……」
「なんか……兄弟って感じじゃない……!」
常連さんは笑って肩をすくめる。
「まあ、よく言われる。でも腕は確かだよ。身内だからって贔屓してるわけじゃない。こいつの加工技術は本物だ」
扉がガラリと開き、細工師である弟さんが顔を出す。
「兄貴!?女性連れてきたの!?どうしたの急に!?」
「……いや、そういうんじゃないから」
常連さんは少し照れたように言いながら、たぬまりとこまちを紹介する。
「この子たちは、俺がよく行く店のメイドさん。夢見亭っていうんだけど、たぬまりちゃんのアクセサリーを作りたくて。こまちちゃんは衣装作ったりもするから一緒に来たんだ」
細工師さんは一瞬ぽかんとしたが、すぐに納得したように頷いた。
「あー……なるほど。そういうことか。兄貴が通ってるって言ってた店か。じゃあ、納得だわ。なんか雰囲気あるもんな、2人とも」
たぬまりは箒から降りて、ぺこりと頭を下げる。
「よろしくお願いします。今日は装飾品の相談に来ました」
たぬまりたちは穏やかに工房に招き入れられた。話を始めると、細工師さんがふとツッコミを入れる。
「……たぬまりさん、猫耳ですよね?猫耳にイヤリングつけるんですか?」
「……あ」
みんな忘れていた。
現実の感覚でイヤリングがいいと思っていたが、猫耳につけるのは邪魔になるかも。
というか、こんなに影の薄い猫耳が今まであっただろうか。猫耳悲しい。
「うーん、じゃあチョーカーはどうです?」
細工師さんが提案する。
「猫っぽいし、首輪っぽくて似合うと思います。中央に夜空の宝石を置いて、そこから垂れ下がる形でメダルをつけるのはどうでしょう」
「メダルそのままだと大きいから、一旦型取りして模様を映して小さいサイズに調整して……残りの金はチョーカーの装飾に使って……」
提案したかと思うとそのままぶつぶつ独り言に突入してしまった。
こまちが悔しそうに言う。
「チョーカー、すごくいい……!」
こまちは黒くて光沢のある布を取り出して「これ、使ってください!」と渡す。
細工師さんとこまちは盛り上がり、なにやら2人で勝手に話がまとまり、制作が始まった。
細工師さんが工房に向かい、こまちも何かを作り始める。
こまちは素材の布と宝石を手に取ると、ふっと目を閉じて集中する。
その瞬間、空気がふわりと揺れた。
「展開——ユニークスキル《手仕事の精霊》」
ぽんっ、と軽い音がして、こまちの背後から何かが飛び出す。
ふわふわの毛並み、丸い耳、ちょこんとした手足——それは、くまのぬいぐるみのような精霊だった。
「……出た」
たぬまりがぽつりと呟く。
精霊は空中でくるりと一回転し、器用に着地すると、すぐさま作業を始めた。
一体だけではない。ぽんっ、ぽんっ、と次々に現れ、大小さまざまなクマたちがこまちの周囲に集まる。
針を持った子、染料を混ぜる子、布を運ぶ子——それぞれが自律的に動き、こまちの手仕事をサポートしていく。
真面目そうな子は黙々と縫い、いたずら好きな子はたぬまりの図鑑を追いかけ始め、のんびり屋の子は布の上でうとうとしていた。
「この帽子の裏地には……あ、たぬまりちゃん!宝石もらっていい?すごく小さいやつでいいの」
「いいよ」
「ありがとう!これを潰して糸の染色に使う……と、すごい!宝石の輝きがそのまま糸に残るんだ!」
こまちが楽しそうに話すたびに、精霊たちの動きがどんどん軽やかになっていく。
布の上をちょこちょこ歩きながら縫い進める子、完成したパーツを掲げて「できたよー!」と喜ぶ子。
たぬまりのエプロンの裾を引っ張って、こっそり遊んでいる子もいた。
「量が少ないから、帽子の裏地に刺繍して星空の表現に使おう。表には貰ったシルク布で……これもう少し緑に染められないかな」
精霊たちは小さな手で布を広げ、染料を調整し、乾燥まで一気にこなす。
その動きはまるで、魔法のような連携。
「できた!あとは……!!」
こまちが最後の仕上げをすると、精霊たちはぴょんと跳ねて、帽子を彼女の手元に届ける。
完成したのは、魔女のとんがり帽子。
とんがり部分はオシャレに折れ、たぬきが頭にのせるような葉っぱがちょこんと乗っている。
猫耳が出せる穴も綺麗に開いていて、葉っぱ部分にはシルクが使われている。
「たぬき要素、強すぎない……?」
しかし、この葉っぱは必要だったらしい。
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魔女帽子
• 種別:頭装備
• 効果①:隠れた状態でマモノから見つかりにくくなる
• 効果②:夜間の視認性補正(暗所での視界がわずかに広がる)
• 備考:葉っぱの装飾が魔女の気配を遮る結界の役割を果たしており、これがないと効果が発動しない
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こまちのスキル《手仕事の精霊》が、帽子に“癒し”の属性を偶発的に付与したらしい。
ふわりとした空気感が、装備全体に宿っていた。
「ぐぬぬ……めちゃくちゃ良い仕事している」
そうこうしているうちに、細工師さんがチョーカーを仕上げてきた。
なんなんだ。2人とも早すぎる。
チョーカーは、黒い布地に金の縁取り。
正面には夜空のような宝石が輝き、その下から小さな金ピカのメダルが垂れ下がっている。
メダルには、元の模様がしっかり刻まれていた。
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魔女のチョーカー《スターリンク》
• 種別:首装備
• 効果①:運気補正(幸運値+3)
• 効果②:マモノ感知範囲拡張(微)
• 効果③:キンボルが宿っているため、一定確率で運を引き寄せる
• 備考:装飾品としても高品質。キンボルが気に入った金属に宿る性質を持つため、宿主の選定には注意が必要。
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帽子とチョーカーを受け取って、たぬまりは試着する。
帽子は、折れたとんがりが絶妙な角度で頭にフィットし、葉っぱがちょこんと乗っている。
猫耳がぴょこっと出ていて、違和感なく馴染んでいる。
チョーカーは首元にぴたりと収まり、宝石が光を受けてきらめき、メダルが揺れるたびにキンボルが小さく跳ねる。
「すごくかわいい」
誰が呟いたか分からない。あまりの美少女っぷりにみんながやられた。
その瞬間、図鑑がふわりと光る。
【キンボルを使役しました】
【称号獲得:観察の魔女】
たぬまりは驚いたが、特に何も言わない。
この称号はあとで見る。
ちゃんと2人に代金を払い、みんなにお礼を言う。そういうところはキッチリしないとダメなのだ。
「今日は、良い時間だったな」
常連さんはにこにこしながら、夢見亭の扉を見上げていた。この後、浮かれた常連さんが工房で見てきたことを自慢げに話して他の常連さんにシバかれることになる。
もちろん、たぬまりはまた見てみぬフリをした。




