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メイドさんのマモノ図鑑  作者: 吉良 鈴
にばんめの大陸

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103/107

#103 夜逃げ

夜の帳がすっかり降りた頃、たぬまりはそっと宿を抜け出した。

ふかふかのベッドと、刺繍入りの毛布の誘惑を断ち切るのに、思ったよりも時間がかかった。

けれど、このままでは本当にダメ人間になってしまう。

わんわんパラダイスは、甘くて優しくて、あまりにも居心地が良すぎた。


宿の扉を静かに閉め、石畳の通りを抜けて城門へ向かう。

深夜のモルテールは静かだった。

昼間の賑わいが嘘のように、通りには誰もいない。

けれど、どこかの家の窓からは、まだ灯りが漏れていて、犬族たちの穏やかな暮らしが続いていることを感じさせた。


門の前に立つと、やはり門番の犬族たちがいた。

二匹とも、たぬまりの姿を見てすぐに気づいたようだった。

片方が耳をぴくりと動かし、もう片方が小さく笑った。


「……やっぱり、出るんですね」

「今のうちに行くしかないもんな。良ければまた来てください」

「お気をつけて」


たぬまりは、少しだけ申し訳なさそうに頭を下げた。

彼らはそれ以上何も言わず、門を開けてくれた。

冷たい夜風が、外の世界から吹き込んでくる。


門を抜けると、そこは広大な平原だった。

街道が一本、まっすぐに続いている。

両脇には草が風に揺れ、遠くには低い丘が連なっていた。

空は雲ひとつなく、満天の星が広がっている。


「……綺麗だな」


たぬまりは、しばらく歩いた。

足音が草を踏む音と混ざり、夜の静けさに溶けていく。

空を見上げると、星々が瞬いていた。

まるで、手を伸ばせば届きそうなほど近くに感じる。


「そうだ、箒があるじゃん」


たぬまりは、魔女の箒を呼び出した。

黒い柄に紫の房がついた、あの頼れる乗り物。

ふわりと浮かび、たぬまりを乗せて空へと舞い上がる。


高度が上がるにつれて、地上の街道が細い線になっていく。

草原は夜の闇に沈み、代わりに空が広がっていく。

星の海に包まれるような感覚。

風が頬を撫で、髪が揺れる。


たぬまりは、手を伸ばして星を掴む。

届くはずもない星を触るのは相変わらず不思議な感覚だ。

思わず笑みがこぼれる。


「大陸が変わっても星は変わらないね」


箒は滑るように進む。

下には、夜の大地が広がっている。

ところどころに小さな集落の灯りが見え、川が月明かりを反射して銀色に光っていた。

森は黒い影のように広がり、風が木々を揺らす音が、かすかに耳に届く。


遠くの丘の上には、風車がゆっくりと回っていた。

その羽根が月を横切るたび、影が地面に落ちては消えていく。

草原の中には、夜行性のマモノがちらほらと姿を見せていたが、箒の高度までは届かない。

たぬまりは、彼らを見下ろしながら、静かに通り過ぎていく。


途中、小さな湖が見えた。

水面は鏡のように空を映し、星が湖の中にも浮かんでいるようだった。

湖畔には、野営しているらしき旅人の焚き火が見えた。

その火は小さく、けれど確かに温かさを感じさせた。


「次の街まで、どのくらいだろう」


たぬまりは、マップを開いて確認する。

フェルナティア大陸の地図は、まだほとんどが未踏のままだ。

次の街の名前すら分からない。

けれど、それがいい。

どこに辿り着くのか分からない旅は、いつだって面白い。


箒は、夜の空を滑るように進んでいく。

星を弄び、風を切り、たぬまりは次の出会いを探していた。

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