#101 わんちゃん
犬族の街を歩き始めてすぐ、たぬまりは視線の嵐に包まれた。
通りの両側、窓の奥、屋根の上、果ては植え込みの陰からまで、好奇の目がこちらを覗いている。
耳がぴんと立ち、尻尾がぶんぶんと揺れている。
そして、あちこちから聞こえてくるヒソヒソ声。
「人間だ……」
「人間さん?たぬき族じゃない?」
「たぬき族って何?」
「エルフじゃない?」
「撫でてくれるかな」
たぬまりは、思わず足を止めて周囲を見渡した。
犬種も毛色もサイズも様々な獣人たちが、興味津々でこちらを見ている。
人間の顔に犬耳が付いているようなタイプではなく、そのまま犬が二足歩行して服を着ているような感じである。誰もが笑顔で、誰もが尻尾を振っている。
今にも飛びついてきそうな勢いだ。
前を歩くのは、先ほど港で目が合った犬族の少年。
たぬまりが転送クリスタルに触れているのを見て、来訪者だと察したらしく、街の案内役を自ら買って出た。
今は胸を張って歩いていて、振り返るたびにドヤ顔をしてくる。
「こっちこっち!この通りがメインストリートだよ!」
たぬまりは、少年の後をついて歩きながら、街の様子を眺めた。
白い壁に青い屋根の建物が並び、通りには花が咲いている。
風は涼しく、空気は澄んでいる。
犬族らしき獣人たちが、二足歩行で行き交い、笑い声があちこちから聞こえてくる。
着いてからそんなに経っていないが、もうはっきり分かった。
どうやら犬族の獣人は、人間が大好きらしい。
たぬまりは、犬種様々な獣人たちに好意を向けられていて、ものすごくハッピー空間にいる。
ここは、わんわんパラダイスだ。
「まずは族長に挨拶するべきだよ!」
少年がそう言って、たぬまりを連れて向かったのは、街の奥にある立派なお屋敷だった。
門は高く、庭は広く、建物は石造りで重厚感がある。
「えっ、大丈夫?アポとか要るタイプじゃない?」
たぬまりが不安そうに呟くと、少年は笑って警備の獣人に話しかけた。
「人間連れてきたから族長に挨拶!」
警備の獣人は、耳をぴくりと動かしてたぬまりを見たあと、うなずいて門を開けた。
「……いいんだ、それで」
屋敷の中は、さらに華やかだった。
廊下には絨毯が敷かれ、壁には絵画が飾られている。
メイド服を着た犬族の獣人たちが、忙しそうに行き来していたが、たぬまりを見ると一斉に立ち止まり、目を輝かせた。
「人間さん……!」
「本物……!」
「ようこそ、モルテールへ!」
そのまま、たぬまりは族長の部屋へと通された。
部屋の奥には、年配の犬族が座っていた。
毛並みは銀色で、目は優しく、姿勢は堂々としている。
「遠くからよく来てくれた。歓迎するよ、旅人」
たぬまりが挨拶をすると、族長はにこやかに頷き、すぐに気に入った様子だった。
話すうちに、メイドたちが次々と飲み物やお菓子を運んできて、たぬまりの周囲に集まってくる。
「お疲れでしょう、どうぞこちらを」
「お茶はお好きですか?」
「尻尾を梳かしても良いですか?」
「お膝に乗ってもいいですか?」
「いや、最後のはちょっと待って」
たぬまりは笑いながら応じ、メイドたちのもてなしを受けた。
その様子を見て、族長は満足げに頷いている。
「人間に会える日を、みんな楽しみにしていたんだよ」
屋敷を出ると、外にはさらに多くの犬族が集まっていた。
広場には人だかりならぬ“犬だかり”ができていて、たぬまりが姿を現すと歓声が上がった。
「人間さんだ!」
「撫でてくれるかな!」
「写真撮ってもいい?」
たぬまりは、まるでアイドルになった気分だった。
手を振ると、尻尾が一斉に揺れる。
笑顔を向けると、耳がぴくぴくと動いて犬族もニコニコ。
ファンサービスをするたびに、歓声が上がる。
「……なんだこれ、楽しい」
たぬまりは、広場の隅にある宿屋に案内され、今晩の宿を確保した。
宿の主人も犬族で、にこにこと笑いながら部屋の鍵を渡してくれた。
「人間さん、ゆっくりしていってくださいね」
部屋は清潔で、窓からは街の灯りが見える。
ベッドはふかふかで、毛布には花の刺繍が施されていた。
荷物を置いて、たぬまりはベッドに腰を下ろす。
今日一日で、ずいぶんと濃い体験をした気がする。
新大陸に到達し、犬族の街に入り、族長に挨拶し、アイドルのような歓迎を受けた。
「……さて、明日はどうしようか」
窓の外では、まだ尻尾を振っている犬族がちらほら見える。
他のプレイヤーも来たら驚くだろうな。
100話を超えました。続くもんですねぇ。




