そっくりだけど・・・違う
タマが死んでからというもの、母はずっと沈んでいた。電話をかければ「元気よ」と言うけれど、その声にまるで力がなかった。
いつもなら文句の一つや二つ、ついでに近所の誰々がどうしたこうしたと話してくるはずなのに。
四十九日をやると言われたときは、さすがに戸惑った。相手は猫である。母にとっては家族でも、私たちにとっては、正直そこまでの存在ではなかった。
「ごめんね、ちょっと都合が合わなくて」と断ったが、断っていいのだろうか?と言う思いは消せなかった。
だが、猫の供養って、少しおかしい。葬式には付き合ったし、お骨だって拾った。
正直、父の時より嘆く母が、痛々しく、怖くて、少し可笑しかった。一人にしてはいけないと思ったが、母は家を離れたがらなかった。
それが、あっさり中止の連絡をして来たのだ。
妙にサバサバしてるのが逆に気になった。
数日後、私は仕事の合間を縫って、息子のアキラを連れて母の家を訪ねることにした。突然行って驚かせようと思ったが、どこかで「ちゃんと生きてるか確かめたい」という気持ちがあったのも否めない。
昔から変わらない小さな平屋。インターホンを鳴らすと、すぐに母が出てきた。
「美咲。 珍しいじゃない」
「近くまで来たの。アキラも一緒」
「まぁ、アキラちゃん、また大きくなった?」
母は呑気にしていたが、玄関に入った瞬間、わたしは違和感を覚えた。あの、匂い。昔よく嗅いだ、猫の匂い。もうタマは居ないはずなのに。
首を傾げながらリビングへ入ると、わたしは言葉を失った。
そこに、タマがいた。
まさかタマじゃない。理性はそう言うが・・・
黒い毛並み。青い目。座り方まで同じ。寝椅子に楽な姿勢で横になっているその姿は、タマだ。
「お母さん。この子は?」
何気なく聞こえるよう意識して問いかけた。
あっさりと答えが返って来た。
「タマよ」
「え?」動揺を隠せなかった。
「帰ってきたのよ。庭で待ってたの。どう?タマよね。間違いないの。あの目も声も」
私は返す言葉を失った。
ふと横を見ると、アキラがじっとその猫を見ていた。眉間に小さな皺を寄せて、何かを考えているような顔だった。
「すごく似てるね。でも、なんか・・・」
アキラが小さく呟いた。
「なんか、変?」
「ううん、変とかそうじゃない。なんか・・・タマちゃんって・・・猫ってこんな感じだったっけって、思って。タマじゃない。それは当たり前。タマは死んだ。あそこ」
とアキラはタンスを指差した。タマの遺骨と写真。ペットフード。お花が飾られている。
「猫ってタマ以外知らないけど・・・なんか猫じゃないような・・・まぁいっか。わからないや」
母はタマを撫でながら微笑んでいた。あの悲しげな声はどこへ行ったのかと思うほど、穏やかだった。
昼食を一緒にとることになり、私は台所を手伝いながら、母に話しかけた。
「本当に、あのタマじゃないってこと、わかってるよね?」
「当たり前でしょ。うん。たぶん、別の子なんだと思う。タマと同じ毛皮。同じ目。同じ温もりだけど」
「同じって凄いね。偶然って」
「でもね、美咲。あの朝、風が吹いたのよ。雨戸を開けたら、その子がそこにいたの。わたしを待っていたの。私を見て、鳴いたの。それだけで充分だったのよ」
母の目が、どこか遠くを見ていた。
「わたしはね、死んだタマを祭壇に飾って、毎日話しかけてた。でも、あの子が来てから、ちゃんと「今」に戻ってこられた気がするの。なんというか、納得できたの。受け入れたの。あの子が似てなくても、わたしはわかったと思うの。わたしは救われたの」
わたしはその言葉に、何も言えなかった。
「わたしのために来てくれたんだと思ってるの。偶然じゃなくて。あの風が、連れてきてくれたんだって」
昼食の後、アキラはタマと一緒に座布団に座り、じっと観察していた。
「やっぱり猫っぽくない。タマちゃんに似てるけど・・・少しだけ違う。多分・・・目かな?タマと同じ青い目って言うのが」
「目?」
「うん。タマちゃんの目って、猫らしかったような・・・でも、この子の目は、なんていうか・・・秘密を知ってるみたいな目してる」
わたしは背筋が少しだけぞくっとした。でも、母は笑っていた。
「そうね。あの子はもう何もかも知ってるのかも。だからわたしにも優しくしてくれるのね」
そのときわたしは、ようやく理解したのかもしれない。母は『タマが戻ってきた』ことを信じているのではなく、『タマが戻ってきたと信じてもいい』と思っているのだと。
そして、その『信じること』が、母を救っているのだと。
帰り道、アキラが不意に聞いてきた。
「ママ。タマちゃん、死んじゃったんだよね?」
「うん。死んじゃった。お葬式もしたでしょ」
「でも、不思議だね。タマちゃんじゃないのに、タマちゃんみたいに見えるなんて・・・見た目が似ているってことじゃなく、タマちゃんっぽい・・・」
わたしはアキラの手をぎゅっと握った。
「そうね。でも、おばあちゃんが元気なら、それでいいかも」
アキラは少し黙ってから、小さく頷いた。
「うん。そうだよね。じゃあ、また会いに行こうよ。タマちゃんにも」
わたしは笑って、「そうね」と答えた。
きっとあの猫が誰であっても、母にとっては「帰ってきたタマ」なのだ。それが現実か幻想かなんて、もうどうでもいいのかもしれない。
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