第2話 異世界への招待と提示
意識の底から浮かび上がるように、鈴木は目を覚ました
──いや、目を“開けた”感覚はない
身体が存在していないようなどこまでも透き通った
奇妙な浮遊感だけがある
周囲は白く、霧のような光が満ちていた
空間に上下の感覚すらない
「……ここは……」
思わず声を発したが、自分の声ですら、自分のものではないようだった
しかし、その声に応えるように、やわらかな声が響いた
「目覚めましたか。ずいぶんと穏やかな反応ですね。」
そこに“いた”
男とも女ともつかない中性的な声と、光をまとうような人影
それは立っているようであり、空間そのものと一体化しているようでもあった
鈴木は、ゆっくりと状況を整理する
奇妙な空間、身体のない感覚、自分に語りかける謎の存在
そして、最後に浮かんできたのは──あのトラック
「……なるほど。どうやら、私は……死んだんですね」
そう呟いた鈴木に、その存在は軽く頷いた
「はい 確かに、あなたは死にました
正確には、“死にかけ”ですが、あなたの魂はこの世界に到達しました
ここは“こちら側”と“あちら側”の間、通過点のような場所です」
鈴木は静かに深く息を吐くような感覚で、言った
「ということは、あなたは……神様、
……ということでよろしいでしょうか」
存在は一瞬驚いたような間を置いてから、静かに笑ったかの様に感じたら
認識が出来たのか端正な顔がハッキリと見えた
「ええ、そう認識してもらって構いません
あなた方の世界で“神”と呼ばれる存在のひとつです」
鈴木は、頭を下げるような仕草を意識で行い、言葉を選ぶ
「まずはお礼を。混乱してもおかしくない状況で、
丁寧に説明いただき、ありがとうございます。
……正直、夢の中かと思ってもおかしくないほど、不思議な場所ですね」
「落ち着いている方は久しぶりですね。
ほとんどの方はパニックになります。
死後にここまで理路整然としているとは、あなたらしい」
神様は鈴木をまっすぐ見つめるように言った
「さて…………ここからが本題です。
あなたに“転生”という選択肢を提示します」
「転生、ですか」
「そうです。あなたの魂にはまだ燃え残りがある。
未練とも、執念とも言えますが、それ以上に“可能性”を私は感じました」
神様の声はどこか楽しげでもあった。
「行き先は、いわゆるあなた達の言うところで“異世界”
剣と魔法が存在する、ファンタジー的な世界です
あなたには、そこで新しい人生を歩んでいただきたい」
「願ってもない話です。ただ、条件や制約があるのでは?」
鈴木の問いに、神様は満足そうに微笑んだ。
「さすがですね。貴方を選んで良かった。ええ、確かにいくつかの約束事があります。
あなたがその世界で生きるうえで、必ず守ってほしい三つの条件です」
神様は指を三本、淡い光で示した。
「一つ。生活の中で魔法を活用すること。
二つ。毎日、最低でも一体の魔物を倒し、人々の安全に貢献すること。
三つ。その世界に存在する“国”や“ギルド”などが作った社会的ルールは守ること。」
鈴木は一つ一つ、頭の中で繰り返すように聞き返した
魔法の活用──これは興味もあるし、なんとかなるかもしれない
ルールを守る──それも難しい話ではない
しかし
(……毎日、魔物を倒す……?)
その言葉だけが、妙に重く胸に残った
“魔物”という言葉に現実味はなかったが、想像するのは簡単だ
牙をむいた獣か、人語を解さぬ狂暴な何かか
どちらにしても、自分がそれと戦う姿は、どうにも想像しづらい
(俺にできるのか……そんなこと)
心のどこかで疑問が膨らむ
日本でのんびり生きていた自分が、剣を振って魔物と戦うなんて、滑稽にすら思えた
それでも顔には出さず、鈴木は静かにうなずく
「……少しばかり、不安はありますが。条件として理解しました。
できる限り努めます出来る限り」
大事な事なので2度答えると
神様はその答えに、にこやかに頷いた
「えぇ不安でしょう……ですから
そのために、少しばかりの“力”と、あなたにふさわしい“始まり”を用意しましょう」