日常と非日常
三題噺もどき―ろっぴゃくよんじゅうよん。
ページをめくり、目を走らせる。
文字の羅列は心地よく入り込み、記憶の中に蓄積されていく。
私ではない、誰かの記憶が脳内で再生される。
「……」
ほんの少し開いた窓から、夜風が入り込む。
日中は暑い日々が続いているようだが、夜は心地のいい冷たさがある。
まぁ、また冷え込むらしいけれど。
「……」
カーテンの開け放たれた窓から見える外には。
星が瞬き、月が浮かんでいる。
あんなにか細くなってまでも、世界を照らそうとするその様は、どうにも健気で愛おしく思う。ただただ熱を与えるだけの太陽とは違う、暖かさがある。
「……」
ページをめくるたびに、織りなされる物語。
盲目の少年と、それを支える少女の、儚く美しい、物語。
どれだけ辛く、悲しい思いをしても、全てを受け入れようと言う心優しき少女と。
幸せだけを感じて欲しい、自分なぞではない普通の人と幸せになってほしいと願う少年。
2人のすれ違いが生む、小さな摩擦と、大きな亀裂。
その全てで作り出す、物語。
「……」
残念ながら、感受性が豊かなわけではないので。
どこか遠くのおとぎ話や、現実味のない映画のようにしか感じられないけれど。
それが惜しいと思ってしまう程には、どこか入れ込んでしまう所があった。
「……っくしゅん」
ふいに出たくしゃみに、現実に引き戻された。
うむ。さすがに冷えてきたのかもしれない。
いい加減やめろと言われた、アンダーシャツにカーディガンを羽織るだけというラフな格好で、窓際に居るのはよくないようだ。
くしゃみをしたことで、怖い鬼がやってくる。―正確には蝙蝠か。
「……ご主人」
「……」
目を合わせてはいないが、睨んでいるのがひしひしと伝わる。
主人を睨む従者とは、どんな奴だ。不敬にもほどがあるだろう。
……まぁ、自業自得なのでそんな事口が裂けても言えないが。
「……服を着てください」
「……着てるぞ」
わずかな抵抗を試みようと、口からそんな言葉がふいにもれた。
うんうん。コイツに対して抵抗をしようなんてどうかしているだろうけど。
コイツにいい加減、心配しすぎだと言うことを自覚してほしい。……というのは建前で、面倒なだけなのだけど。
「…………ご主人」
「……」
気持ち、低くなった声色と共に。
本へ落としていた視界の中に、気慣れたパーカーが差し出される。
……これ以上の抵抗は、夕食に影響を及ぼしそうなのでやめておこう。
大人しく、本を閉じ、差し出されたパーカーを手に取る。
「……」
「……」
ちゃんと着るまで離れないつもりなのか、ジクジクと刺してくる視線は全く動かない。
太陽に刺された方がまだましなのじゃないかと思うくらいには痛い。
上に羽織っていたカーディガンを脱ぎ、膝の上に置く。
受け取ったパーカーを首からかぶり、腕を通す。アンダーシャツも脱ごうかと思ったが、それはそれで睨まれそうなのでやめておく。
暑くなったらまた脱げばいいか。
「また脱いだら夕食は納豆丼にします」
「……わかったよ」
そのままでも食べられないのに、あれは火を通すとものすごい匂いがするだろう。
それは勘弁してほしい。一日中匂いがまとわりついているような気がしてならなくなる。
せっかく仕事もひと段落して、こうしてゆっくり出来る時間がつくれたのだから。
「……コーヒーでも飲みますか」
「あぁ、うん」
ひとまず機嫌は直ったのか、そんなことを言う。
読書に対する集中は切れたので、キッチンへと向かう背中を見送り、ふと外を見やる。
「……」
星が輝き、三日月が浮かぶ。
見慣れた夜の世界の中で。
今日も変わらぬ日常を過ごしていく。
「何であんな薄着でいるんです」
「楽でいいんだよ……」
「そんな恰好するから風邪ひくんですよ」
「大丈夫だって言ってるだろう」
「……大丈夫じゃなかったですよね?」
「……」
お題:星・盲目・アンダーシャツ