一悶着
「あれ……? ソラくんじゃん!?」
「ん? マキ先輩……? どうしてここに? この授業2年次の授業って聞いてますけど」
時刻は10時半過ぎ。2限が始まる手前ほど。弥勒に誘われて選択した社会学部の授業に参加しようと講義室に入った時、サークルでそこそこ聞き慣れた声が耳に飛び込んでくる。
米原 真希さん。弥勒と同じ学科に所属する、俺の1つ上のサークルの先輩。この授業に文学部である俺が顔を出してることに少し驚いてるみたいだ。
まぁ確かに学部も違うから授業で会うことなんてほとんどない。だから驚かれるのは当然っちゃ当然なんだけども。
弥勒から聞いた話だとこの授業、2年生の授業らしいから3年生であるマキ先輩がいることの方が、俺はちょっと意外だ。
「あ、いやぁ私は去年この授業取り損ねちゃってさ。今年こそは取らないと来年ヤバい……」
「そりゃつまり落単ってことでは」
「言わないでろっくん。遠回しに言ってんだから察しなさいよ。ほんっとデリカシーないんだから」
マキ先輩は抗議するような目を弥勒にむけ、ぷくっと顔を膨らませる。彼女には悪いけど可愛いな、と思った。
ろっくん、というのは弥勒のあだ名だ。チャーミングで良いネーミングじゃん、と言ったら本人に追いかけ回された。何故だ。
「……そんなことよりソラくん。今日2限終わった後時間あるかな。私の友達にさ、話がしたいって人がいるんだけど」
「ほぇ? 今日は大丈夫ですけど……、僕に、ですか?」
思わず変な声が出てしまう。
僕に、話がしたい人って誰だろう……?
そう思ってマキ先輩の隣を見やると、一人の女性が視界に入る。座ってるだけでも背がとても大きいとわかる、女の人だ。
というかあの人、どこかで見覚えがあるような。
見覚えがある……というのは大学内でとかではなく、動画サイトやTVの中で、だ。
髪型を変えて分かりづらくしてるけど、あれは――――。
「あぁうん、私の友達でね。隣に座ってる子だよ……。結華、この子がソラくんだよ」
結華と呼ばれた女性はマキ先輩の言葉に軽く頷き、僕の方を見る。そして軽く微笑んだ。
この学校で結華さんって言うと、多分。
碧姉のいるダンスグループのメンバーの一人だろうな。と想像がつく。
「はじめまして、ソラくん、だっけ? 私、篠田結華って言うんだけど……、碧にいつもお世話になってる人、って言えば大体わかるかな?」
そして、碧姉絡みで僕に話しかけてきたであろうことも、大まかにわかってしまって。
ちょっと、なんとも言えない気持ちになった。
☆★☆
「はぁ!!?? ソラくんと新田碧ちゃんって親戚なの!?」
「あ、ハイ。従姉です。結華さんのことも名前だけなら碧姉からちらっと」
「ふーん。あいつ碧『姉』なんて呼ばれてんだ。ちゃんと従姉の姉ちゃんやってるんだね。意外」
あれから2限を受けて、今はお昼を食べるために僕と弥勒、篠田さんとマキ先輩は構内のカフェテリアに場所を移した。
一応、ここはお昼を食べる食堂としての場所の他にも学生の憩いの場としてのスペースでもあるから、ゆっくり話をするにはうってつけの場所だ。
「碧ちゃんを愛称で呼べる仲……。良いなぁわたしアオユイ推しなんだよ。なんか嫉妬しちゃうかな」
「ま、まぁ親戚ですし子どもの頃から家が近くて遊び倒してましたから多少は……」
アオユイてそんなカップリングみたいな。
聞いたところによるとマキ先輩、まだ碧姉たちが無名時代の頃から応援してたファンみたいで、その頃から篠田さんとは友達。自他ともに認める「FIRST CLASS最古参」なんだとか。
なんか、変な感じだな。こんな話を聞いてると、気心知れた親戚がどこか遠くの存在に感じる。
なんかこの前の母さんみたいなこと言ってるな、僕。
まぁ、それはそれで置いておいて、さっきから弥勒がずっと変な雰囲気醸し出しながらカレー食ってる……って、よくよく見たら音ゲーしながら食ってるよ。最高難易度の譜面だし。無駄に器用なことしてるな。
こいつの事だから変に女子を意識して……ってことはないと思う。だってライブとかで黙ってベース弾いてる分にはイケメンだし、こいつにもその自覚がある。腹立つけど。
「……んで、ロク助くんさ、君は一体何を思いながらそのカレーを口に運んでるの? なんか君の周り変な雰囲気なんだけど」
「気にすな。リック・ウェイクマンのリスペクトじゃ」
「あれはライブ中にキーボード弾きながら食って伝説になってるから状況が違う気もするんですが」
イエスのリック・ウェイクマン。イエスというロックバンドのキーボーディスト……だった人の1人だ。メンバーチェンジが嘘みたいにあったバンドだからたまにいつ頃担当してたか分からなくなる。
複雑怪奇な同バンドの楽曲を、カレー食う片手間に演奏したという逸話を持つ変態だ。初めて聞いた時はびっくりしたもんだけど……何かしながらカレー食ってりゃリック・ウェイクマンリスペクトになるんか、とは隣のこいつを見てて突っ込みたくもなる。
てかなんで今この場でそんな真似してんだよ……とは思うけど、多分弥勒的には「興味ねぇから早く済ませろ」っていう意思表示なんだろうなと思う。
碧姉たちのグループのこと、音楽的にあんまり好きじゃないっぽいし……。本人たちには絶対に言えないけど。
「相変わらず訳わかんないことしてるよねーろっくん。それをある程度理解してる風なソラくんもソラくんでなんなのさ……」
「僕たちのやってる音楽ジャンルにまつわる事なんで気にしないでください。深く考えたら負けです」
マキ先輩のそんな呆れたような言葉に、僕は苦笑いしながら答え、そしてはぐらかす。
マキ先輩って僕たちのやってる音楽ジャンルがどうしても肌に合わないみたいだから。深く考えて貰っちゃ逆に困ってしまうというか。
「……そういえばさ。ソラくん達ってマキと一緒のサークルで活動してるんだってね。どんなジャンルやってんの? アオの従弟、ってことで気になってたんだよね」
そして、今の会話に少し興味を惹かれたらしい篠田さんがそう聞いてくる。
別に隠すことでもないんだろうけど、どう説明したものか、と悩んでしまう。
僕らのやってる音楽ジャンルはメジャーなジャンルじゃない。現にあまり肌に合わないマキ先輩が目の前にいるくらいだし、万人受けするものでは無いだろう。
だから、どこまで話していいものなんだろう。なんか軽く紹介するつもりが語りすぎて「オタクじゃんキモ」って引かれやしないか心配だ。
「うーん。ロック、に近いですかね? でもちょっとマイナーなジャンルなので……」
「パンクとかオルタナティブ・ロックってやつ? アタシも最近のやつだったら好きなの結構あるよ。どんな曲やってんの?」
「んー、でも、ソラくんのやってるジャンルってオルタナともパンクとも少し違くない? その50倍くらい聴きづらいというか……」
いや、悪く言ってるわけじゃないよ!? とマキ先輩は弁明するが、まぁ、でしょうね。とは思うので別に構わない。
だってそうだ。僕らのやってるジャンルってプログレとそれに近い感じのインスト音楽だもの。尺は長いし曲も変拍子のものだったり……。重箱の隅っこも隅っこのジャンルだ。
「聴きづらい」位は当然の評価だな、とさえ思う。
「まぁ言われてみれば確かにそうですよね。中々聴きなれることは……ないと思いますね。ある意味特殊かも」
「オルタナも充分聴きづらいと思うけどね。それよりって何よ……? お経とか?」
「それな。ソラくんたちのやってる音楽って不思議というか……変な雰囲気だよね。前々から思ってたんだけど、あれってなんなの?」
うん、やっぱりというかなんというか。
確かにマキ先輩達からしたら「あれ」だし、「変」なんだろうな。僕らの音楽って。そう思って内心苦笑いする。
その音楽が好きで、志向してる者としては少し心苦しいものがあるけれど、仕方ないか。悪気はないんだし。
そう思って、次に続ける言葉に悩む。
すると、今まで黙ってた弥勒がふと、口を開いた。
「――――プログレ」
「……え?」
「だからプログレって名前っすよ。プログレッシブ・ロック。まぁやってることはそれだけじゃないっすけども、大まかそんな感じの音楽っす」
そう言って、食い終わった皿を持ち上げ、弥勒は席を立つ。
「ちょっと待ってどこ行くの。まだ俺達食い終わってないし話の途中……」
「これ以上話すことないやろ。聞いてたとこ話してもこの御二方にゃ分かりそうにはないし。あと俺ここに必要ないでしょうしな」
そしてスタスタと歩いて食器を所定の場所に返却し、戻ってくる。変に無駄がないな。一周まわってコミカルに感じるぞ。
「ほんじゃま俺は部室に行きますわ。残りの授業頑張ってくだせえ」
そう言って、弥勒は食堂を出ていってしまった。
なんとも言えない、微妙な雰囲気を残して。
まぁ、彼の気持ちも少なからず察することは、できる。
アイツ、僕以上に「プログレ」っていうジャンルに思い入れが強いから。まぁ、僕以上に心苦しくなったっていうのはあるのかもしれないな。
仕方の無い事ではあるけれど、完全に割り切れるかって言ったら別問題だろうし。
「相変わらず変な人だよねろっくんって。……ごめんね結華。変な雰囲気になっちゃって」
「……別に、構わないけど、ね」
どこか、今の弥勒の態度に思うところがあったのか、篠田さんは難しい顔をしながら俯く。
その表情はどこか不満げだったのは、気の所為かもしれないけど。
そして、僕の顔をふと見つめて、口を開く。
「ねぇソラくん達ってさ。今日授業終わった後……ヒマ?」
「……あ、はい。今日はバンドの集まりもないですけど、どうしたんですか?」
「そしたらさ、一緒にカラオケ、行かない?」
「んぇ?」
篠田さんの言葉の意図を推測できるだけの察しの良さは、僕にはない……けど。
どこか、彼女のこの言葉をきっかけにして、なにか一悶着起こる気がする。何となくだけどそう思った。