イカれたメンバーども
建久市立大学。僕が通う公立大学の名前だ。
文系から理系、そして芸術系の学部まで幅広くある総合大学で、僕はその文学部に所属している。
なぜ音楽系の学科に目指さなかったのかっていうと……、単純にこちらの方がより深く学びたいことだったからだ。音楽以外だと僕、歴史とか本読むのとかが好きだから。
それに、実際に色んな文学作品に様々な視点から触れることができるから、それが曲を作る時のいい材料になってる気もする。
そんな大学の今日の授業は1限、2限のみ。日本文学の歴史や思想について学ぶ講義だった。1つの講義につき1時間半だから、結構疲れる。
そんなこんなで講義を受け、時刻は正午。丼物を販売してるテイクアウト型の学食で牛丼を買い、休憩スペースで昼食を摂る。
午後はバンドメンバーとの打ち合わせだけど、集合時間まではまだ幾ばくかの余裕がある。だから、ゆっくり食ってから行こ。そう思って牛丼をモグつく。
すると、見知った顔がこちらに向かって近づいてくるのに気づいた。
あれは――――――、間違いない。ヤツだ。
「ようソラ。お疲れさん。授業終わりか」
「お疲れ弥勒。まぁね。そっちは?」
「あと3限だけじゃ。今日はバンドのミーティングだろ? 終わり次第即向かうわ」
「ん、助かる」
俺が所属してるバンドのメンバー、弥勒・レインウィザードだ。
イギリスと日本のハーフで、金髪に碧い瞳、高身長に端正な顔立ちと、外見だけならモテる要素がてんこ盛りの男だ。
「おうよ。てかお前それ生協の牛丼か。相変わらず良く食います事ね」
「まぁね。いっぱい食えばその分大きくなるって先人達も――――」
「諦めろ。おめ今年で20だろ。成長期を過ぎた身体が急に伸びるなんてそんな御伽噺」
「言わないでよ……。身長に恵まれたやつにゃわかんないさ」
ちなみに身長は彼が176cmで僕が163。10cm以上違う。3cmくらい分けてくれとは何度か思った。羨ましくなんてないからな。
「そーいうもんですかね……。てかそういや、この前俺が頼んだ曲はある程度形になったか?」
「ん、まーね。大まかなメロディ曲の進行ならある程度思いついたよ。あとは聴いてもらって、みんなでアイデアを出し合えたらな、なんて思ってるけど」
「お、左様か。いやぁ何より。こりゃ今日の音出しはいいストレス発散に――――」
「意気込み十分なのはいいけど内心穏やかじゃなさそうだね……? 何かありました?」
なんか弥勒のやつ、ゲスい笑み浮かべてやがるな。こういう時のこいつはどこかロクでもないことを考えてることが多いから……、不穏だなぁ。
「あ? 昨日なんか音楽番組でFIRST CLASSってダンサー共が出おったらしくてな。学科内での話がそれで持ちきりなんですわ」
「あー……なるほど。メンバーの1人がうちの大学にいるって話だったなそういえば」
「あ、そういやそうだったな。俺と同じ学科って話くらいは聞いてますな。会ったことないけど……ってそんなことはどーでもいいわ」
そういえばこの大学に進学する時、碧姉からチラッと聞いた記憶がある。
確か篠田 唯華さん、だっけか。「ユイちゃんのいる大学じゃん!」って言ってたっけ。TVで見た事あるから顔は知ってる。
俺も学科も学部も違うから会ったことはない。けど、同じ学科のこいつも見た事ないのか。
まぁ、学年は俺たちの1つ上みたいだし、当然かもしれない。
「あームカつく。何がムカつくってダンスパフォがエモいだの歌詞が共感できるだの音に関しての話がなかったのがムカつく。『音楽』やってんのになんで注目されんのがダンスとか歌詞ばっかなんですかねぇ。アレか。取り敢えずダンスで見栄え良くしときゃ聴衆は音楽聴かんとでも思ってんのかこの……」
「ストップストップ落ち着け。発言が過激になってるぞ本人が聞いてたらどうするつもりだ」
「だからなんだって話ですよ。クッソ早くプログレが流行りゃいいのに。最高に『音楽』してるジャンルだろアレ」
「それこそ諦めなよ。今の音楽シーンで流行ってる姿が想像できないし」
急に饒舌になるなっての。弥勒の奴を諌めつつ相変わらずだな、と内心ため息をつく。
まぁ、今の発言で少し察してもらえたと思うけど。
弥勒、超がつくほどのプログレオタクで日本イギリスアメリカのものだけじゃ飽き足らず、最近じゃドイツのプログレにも手を出し始めるやつなのだ。
だからと言うかなんというか。
まぁ、マイナージャンルに凝ってる故に時折偏屈な考えになる時がある。これさえなければこいつ絶対今よりモテるんだけどな。
「想像できなかろうがなんだろうが俺は流行らせるくらいつもりでやってんだよ。お前だってそうだろ」
「ん、それは確かにそうだけど、ね。でもああいう音楽も悪くないと思うのも事実だからさ。そこまで言うのは違う気もするというか」
「ま、そこは価値観の違いですな。あー早く3限終わんねーかな。今すぐにでもベース弾きたいわ」
……まぁ、俺もプログレは好きだからこいつと意見が一致するところはある。
けど1曲が10分超えるレベルで長かったり、
複雑怪奇なコード、メロディ進行だったり。
実験的なサウンドが特徴的だったりするし。
色々と「聴きづらい」ジャンルであることは確かだ。一般の人達に広く聞き入れられるのは難しいと思う。
それに碧姉を通してだけど、彼女達も努力してることは伝わってくるから、彼の言葉を素直に肯定はできない訳で。
でも、こいつの音楽に対する情熱も、自分の好きなジャンルに対する愛情もは人一倍なのはわかってるから。複雑なところではある。
「そうだね。そんな感じでその気持ちをベースにぶつけてくれれば僕も嬉しいかな。ってかさ、君3限あるなら早く飯食った方がいいんじゃない?」
「おっ、そうっすね。んじゃとっとと食っちまいますわ」
そう言うと、彼は手元に置いてあった手製の弁当の蓋を開けて、中のものを口へ運び始める。
――――なにはともあれ、この調子だと、午後のミーティングはいいものになりそうだな。
なんて思いながら、俺も食べかけの牛丼のお肉を一つ、口の中へ放り込んだ。
☆★☆
昼食を食べ終わって、図書館で軽く時間を潰しそろそろ集合時間……となった頃合で、俺はサークル棟へと向かう。建物の中に入り、階段を昇って自分が所属するサークルに割りあてられた部室に入る。
部屋の中へ入ると、中には既に先客がいた。
「お、授業終わったんかソラ。おつかれさん」
「イナリ。もう来てたんだ。うん、そっちは全休だったんだっけ?」
「へへ、まーな。午前中はグッスリだったぜ。いーだろ」
「羨ましいことこの上ないよ。僕、今期は全休の日ないし」
短髪に童顔。パッと見大学生には見えない顔立ちのソイツは、僕が所属するバンドのドラム担当、稲荷 興だ。
ニカっと得意げに笑う顔は、身長が僕と同じくらいなのも相まってあどけなさとか幼さを感じさせるけど、いざという時頼りになる存在でもあったりする。
これを本人に伝えたら「少なくとも可愛い系を地で行くお前にゃ言われたくねーよ」なんて言われた。不服。
「へっ、そいつは残念なこった……。てかそういや、弥勒の野郎は3限あるからいいとしてリュージの奴も俺と同じく全休のはずだぞ。あいつ的にゃもう来てもいい頃なんじゃねぇか?」
「確かに、まだ集合時間までは余裕があるけど……、大体部室には朝からいるイメージだよね。珍しいな」
リュージ、というのは僕らのバンドのギター担当のあだ名だ。紫龍 頼次って名前で略してリュージ。本人がそう呼んでくれと言ってた。
あだ名感がないあだ名だね、ってお互いに笑い合った記憶がある。
確かに彼、平日じゃ授業以外は朝から部室にいて何かしら作業してるイメージがあるから、こうして部室にいないっていうのがどこか不思議に感じるな。
そんな事をぼやいていると、イナリの手にあるスマホが短く、小刻みに震える
「おっと。今リュージからメッセ来たぜ。学校着いたってよ。バンドのグループメッセで言ってるわ」
「あ、そうなの。じゃあもうそろ来る頃では――――」
そんな事を話してたら、部室のドアが開く音がする。
たくましい身体に大人びた顔つき。ガテン系の仕事が似合いそうな風貌の男性だ。
「悪い。まさか2人がここまで早く来てるなんて。待ったか?」
そう、この男こそがバンドのギター担当、紫龍 頼次。
年齢は僕の1つ上だけど、一浪して入学したらしいから、同学年として接してる。本人にもそうして欲しいと言われたし。
やっぱり年長者ということもあり、バンドじゃ一番頼りがいのあるやつだ。何かと暴走しがちな弥勒のストッパー役もになってくれてるし。
「んにゃ、僕は来たばっかだし大しては……」
「右に同じだぜ。お前にしちゃ珍しいなって話してた程度だわ。何があったんだ? リュージ」
「バイトのヘルプだよ。午前中だけ人が足りなくなったみたいでな……」
「あぁなるほど。なら仕方ないか」
リュージは少し疲れたようにふぅ、とため息をつく。彼は信頼できるお兄ちゃんみたいな性格してるから、バイト先でも色々頼まれるんだろうな、と想像できる。
そう思うと色々と苦労人だよな。彼も。なんて、関係の無いことを考えた。
「まぁでも時間には間に合ったようで良かったよ。弥勒は……3限か」
「だな。そろそろ終わる頃だろーぜ。ま、あいつの事だし、終業のチャイム鳴ったらすぐ来んだろ」
「そうだね、なんか奇声上げながらそのドアを開けてくる様子が想像でき……、あ、チャイム鳴ったね」
そんな事を話し合ってると、3限終わりのチャイムが鳴る。そこから体感時間にして10秒くらい……で、なんか聞き覚えのある奇声が聞こえてきた。
あぁ、うん。大まか予想通りだ。アイツだな。期待を裏切らないようで何よりだよ。
「終わったァァァ!! ようやくベースが弾けますよぉぉ……あ、皆さんお揃いで。おっス」
弥勒がドアを突き破る勢いで入ってきた。
本当に3限終わって速攻で来てくれたな。ありがたい。
「おっす弥勒お疲れ様。みんなちょうど揃ったところだよ」
「ほんほんそいつはちょうど良かった。じゃあ始めますか」
「だな。今日は確かソラが作った曲について話して、その後音出しだっけか。デモ持ってきてんだろ?」
「あ、うん。まーね。ちょっと待っててよ聴かせるから」
イナリに促されて、僕はスマホの中に保存しといた曲のデモを引っ張りだして、皆に聴かせる。
曲が始まると、皆それぞれ真剣になって聴いてくれる。
弥勒に関してはエアベース弾いてる。聴いただけである程度ベースラインが思いついてんのか。凄い。手が忙しなく動いてるのを見る限り、また複雑なベースラインにするつもりだな。
それでいてどこか聴かせるベースラインに仕上げてくるんだから、ホントにいつも驚かされる。
一通り聴き終わって、まずリュージが口を開いた。
「……うん、いいんじゃないか? メロディは文句のつけるところがないと思う。流石だな」
「ん、そう? えへへ、ありがとう」
「あとはコードだが……、いつも思うけどお前が作るコード進行って独特だよな。どう考えてんだ?」
「あー。作曲する時コードじゃなくてスケール中心で考えてるからかも。そこからメロディ考えて、合いそうな和音をつけるって感じだから……」
「なるほどな。進行の発想自体は面白いが……ちょっと手直ししていいか? 少し違和感に感じるところがあるんだ」
そう言うとリュージは手持ちのケースからギターを取り出し、手早く、慣れた手つきでチューニングを行っていく。
気づけば他のメンバーも、各々準備に取り掛かっていた。みんな、スイッチが入ったみたいだな。
「なるほど、いいよ。そういった和音とかコードつけるの、リュージの方が上手そうだし」
「ありがとう。そしたら音楽室に入ろうか。時間的にはもう使えるんだろ?」
「おうよ。今の時間から予約取っといてるぜ。やるんなら早く行こうや、時間が惜しい」
「おっっし行きましょ。いくつか思いついたベースラインがあるからはよ試してぇわ。ほらLET'S GO」
そう、それぞれ言いつつこことは別の部屋にある音楽室へと向かう。その表情は朗らかだったり、笑顔でいつつも、目は真剣そのものだった。
さて僕も気合い、入れますかね。
そう思って、みんなの後に続いた。