第一線の彼女達とマイナーな僕
『Now music pickup of 10! さて、各配信サービスのチャートで人気急上昇中の楽曲を10個紹介するコーナー! 気になる1つ目は――――――、』
リビングでぼんやりとソファに座っていると、家族が見ている生放送の音楽番組のナレーターの元気の良い声が耳に飛び込んでくる。
うちの家族は無類の音楽好きだ。みんな好きなジャンルは違うけど、いつも誰かしら、何かしらの音楽をかけて過ごしてる。そんな一家だ。
だからこうして音楽番組も特に意味無く、頻繁についていることが多い……んだけども。
今日は一応のところ、家族お目当てのグループが存在する。だから親父と――――、特に母さんはテレビをじっと見つめて、その時を今か今かと待っている。
出てくるのは番組が始まって30分くらい経ってからって言ってたからそろそろ出てくるんじゃ……なんて思ってたその時。
「あ、出た! 出たよソラ、碧ちゃん! ほら、真ん中に写ってる!! 」
「ん、どこどこ……、お、ほんとだ写ってんじゃん。可愛い」
お目当ての人物がテレビの真ん中に映し出された。
スラッとしたスレンダーかつ、引き締まった健康的な体つき。そんな女性たちが5人揃って並んでいる。
その真ん中に俺のよく知る人が、にこやかに座って司会の人の話を聞いている。
『さぁ、今人気急上昇中のダンスボーカルグループ、FIRST CLASSに登場頂きましたー!!』
「よろしくお願いしまーす!!」
5人揃って元気よく画面に向かって挨拶をした時、メンバーそれぞれの名前が映し出される。
真ん中の少女のところには、「新田 碧」と書かれていた。
「いやー、まさか親戚の子がTVの向こう側にいるなんてね。ホント遠くに行っちゃった気分だわ。そう思わない?」
「……母さん、それ言うの何度目?」
「何度でもそう思うんだから仕方ないでしょー?」
ここ最近でいくら聞いたか分からない母さんのそんな言葉に少し辟易としつつ、画面を眺め見る。
そう、あのTVの向こうに映る少女、新田碧は。
僕、九井 空の親戚――――、従姉だ。
☆★☆
FIRST CLASS……、今人気急上昇中のダンスボーカルグループ、らしい。
5人全員のルックスの良さもさることながら、ダイナミックでキレのあるダンスやキャッチーでノリの良い楽曲群で巷を賑わしている……らしい。
ジャンルは……EDMやHIPHOPに分類されるんじゃなかろうか。現に今歌って踊っている曲も歌詞にラップを含んだ、ビートを効かせたアグレッシブな電子音が印象的な曲だし。
確かに、聴いている分にはいい曲だな、と思う。ダンスも迫力があって視覚的にも見応えバッチリだ。俺の従妹……、碧姉もイキイキしながらTVの中で踊ってる。
碧姉は小さい頃から音楽に合わせて踊るのが好きで、その道に本格的に進むことを夢見てたのは、知っていた。
2年くらい前から同じダンススクールの仲間たちと一緒に動画投稿サイトで活動してたみたいだ。そしてココ最近人気に火が着いた、らしい。
ノリのいい楽曲とハイクオリティなダンスでファンを急速に獲得した……らしい。親を伝にして聞いた話だから良くは分からないけど。
でも、努力をしてきたのはよく分かるし、それが実ったんだから本当にすごいと思う。自慢の家族だ。
じゃあ、僕もそういった音楽が大好きなのか……と言われると、実はそうでもなかったりする。
もちろんイイとは思う。ノリのいい曲好きだし。サブスクで漁ってたまに聴くくらいには好きだとは思う。
でも、本当に「好き」なジャンルは別にある。碧姉には申し訳ない限りだけれど。
そのジャンルではそれなりに有名だし、頑張れてる自負はあるけれど……、まぁ、碧姉と比べれば大したことない、のかもしれない。
まぁ、マイナーなジャンルである自覚はあるし、仕方ないか。
そんな事を考えながらTVを見ているうちに、彼女達の出番が終わる。俺のお目当ては碧姉達だったから、ここでこの番組を見る理由は無くなる。
というか。これからやりたいことあるし。なんて考えて、自室へと向かうためソファから立ち上がる。
「お、ソラ。もういいのか? 碧ちゃんまだTVに写ってるぞ?」
「あぁうん。碧姉が歌ってるのは見れたから……。それに僕にもやる事あるし」
「そっか。まぁ、なんだ。ほどほどにな」
「……ん。そだね。ありがと」
親父の言葉にそう返すと、俺は2階の自室へと向かう。
部屋のドアを開けると、高校の頃バイトをして貯めたお金で買ったキーボードが飛び込んできた。
結構高い買い物だったように思う。打ち込みにも、ライブ演奏用にも対応したものを買おうと思って選んだやつだ。
その前に座り、電源をつけて、セッティングを手早く整える。
「さて、始めますか。確か弥勒の奴からは……、イエスのSouth side of the skyみたいな曲を1曲作ってオナシャス……だっけか。難しいこと言うなぁ、もう」
バンドメンバーから要望された内容をスマホのメッセを見ながら確認。取り敢えず改めて指定の曲を聴き込んでみるか。そう思いつつ、サブスクで検索しイヤホンをして聴き込む。
いつ聴いてもいい曲だ、と思う。長いし歌詞は英語だけど、スリリングな展開に、各楽器の掛け合い、テクニック、クオリティ。どれをとっても最高な曲だ。
まぁ、アレだ。つまるところ僕が好きな音楽のジャンル、というのは。
1970年代にちょっと流行ったプログレッシブ・ロックってジャンルとか、ゲームBGMみたいなインストロメンタル音楽とか、そんなところだ。
確かに流行からはそれてるし、特にプログレなんかは同年代の人間で同じく聴いてるやつも限られてくるジャンル……なんだけど。
でも、歌がない、楽器だけのパートが長いジャンルが故に感じる音の存在感とか、より自由に、形に囚われず表現されてるように感じる所とか……。そんなところに心惹かれて、小さい頃から色んな曲を聴いてきたし、自分でも作ってきた。
大学に上がってから偶然趣味がある程度合う、奇特なヤツらとバンドを組んで好きな曲をコピーしたり曲を作って動画投稿サイトにあげたりしてる。
評価は特定の界隈ではそこそこ貰えてて、偶にライブハウスに呼んでもらって演奏したりしてるくらいには上手くいってるけど。
まぁ、碧姉に比べたら大したことないよね。こぢんまりとやらしてもらってる程度だ。
さっきの親父の「ほどほどに」というのは、アレだ。『趣味に無理はするなよ』ってことだと思う。
まぁその界隈の一線で活躍してる親戚の姿を見りゃ、僕の活動なぞ趣味程度にしか感じられないよな、とは思うけど。
これでも動画投稿サイトの再生数は万超えてるし、頑張れてる方なんだけどな。なんか複雑だ。
……なんて考えても虚しいだけだし、曲作りに集中する。
South side of the skyを聴き込み、曲のスケールや雰囲気を改めて把握する。そしてそれを意識して、でも同じにならないように、音を自分なりに、自由に出していく。
俗に言う「即興演奏」だ。思うがまま、自分なりに自由に音を鳴らしているうちに、少しずつ、曲作りの取っ掛りが得られてくる。
ある程度音出しに没頭してると、突然スマホが小刻みに震える。
確認してみると、碧姉からのメッセージだ。番組終わってひと段落着いたのか。お疲れ様だ。
『お疲れ様! 今日のMTV、出てたんだけど見てくれた?』
『うん、見たよ。最高のパフォーマンスだった。お疲れ様』
無難な回答だと思うけど、実際に彼女のステージを見て率直に思ったことを簡潔に伝える。
『お? なになに? それだけ? 私ソラが見てると思って結構頑張ったんだけどなー。ほら、もっとなんかないの?』
……褒めてもらいたいんだな。きっと。碧姉の場合、こういうめんどくさい反応する時は大体そうだ。
でも、悪い気はしないので薄く笑いながら彼女のパフォーマンスを思い出し、返事を返す
『……そうだね。曲始まって1分くらいのところ、急に裏拍でリズムとるところあったでしょ。覚えるの大変だったんじゃない? 完璧に踊りこなしてたからすごいよ』
『お、そうなんだよ! そこが1番今回のところで苦労したところでさ。いやぁそこに気づくなんて流石ソラだ!』
満面の笑みで喜んでる姿が文字上でも伝わってくる。そんな碧姉を想像してちょっと微笑ましくなった。
『そういえばさ、ソラも近々大学で組んでるバンドでライブだって言ってたよね? いつなの?』
『来週だけど』
『そっかぁ……。来週は仕事が立て込んじゃってて行けないんだよ。いい加減聴きに行きたいんだけど……』
そのメッセージを見て、休憩がてらに飲んでたコーラを吹き出しそうになる。何言ってんだこの人。
確かに碧姉は俺が音楽活動をしている事をある程度知ってるし応援してもくれている。けど、実際に演奏してるところを聞いて欲しいか……と言われたらまた話は別だ。
『いや、いいよ別に。碧姉みたいな有名人が来たらちょっとした騒ぎになるだろうし』
『そこはバレないように上手くやるよ。ソラがどんな風に頑張ってるのかも見た事ないし……。興味があるからさ』
じゃあ尚更見せる訳にはいかない気がする。
インスト音楽ならまだしも、プログレに至っては某サイトじゃなんて言われてるか。
「三途の川の数珠繰り」だぞ。
ダンス系、歌モノが好きな碧姉にゃ楽しめない気もするしあまりおすすめというか、見せることは出来ない気もする。
俺はこうして沼ってるわけだけども、それが特異な事である自覚はある。
『まぁ、そこはいずれでいいんじゃない? 応援してくれてるのはありがたいから、素直に気持ちだけ受け取っとくよ』
『はぐらかすねぇ……。まぁいっか。いつか絶対聴きに行くからね!』
でもまぁ、応援してくれてるのは素直に嬉しいな。心強い。
そう思って、スマホを脇に置く。
さて、と。続きを作んなきゃ。明日までに外枠だけでも完成させときたいし。
そう思って僕は、またキーボードを鳴らし始めた。