危険生物研究所
人員輸送車は山地に入った。
勾配がきつく、カーブを繰り返す山道を走りつづけた。
前方に高い塀が見えてきた。監視の自衛官がいるゲートを通り、車が塀の中に入る。
高い塀に囲まれた場所はかなり広いようだ。
中心に総合病院のような建物があり、その周囲に間に合わせでつくったようなプレハブ2階建てがたくさんあった。
駐車場や広場や監視塔のようなものもあった。
ここは変身生物の隔離施設かなにかなのだろうか。
まさか悪名高いナチスの収容所的なところではないだろうな。
「ここはどこなんですか?」
「私たちはきみたちをここに連れてくることだけを命じられている。説明は任務に含まれていない」
自衛官は油断なく僕たちを見つめながら、そっけなく答えた。
太陽が山の稜線に沈もうとしていた。
きみと僕は車から降ろされ、総合病院のような建物に連れていかれた。
まさに病院を模したようなところだった。
出入口付近にカウンターが設置されていた。そこに受付窓口があって、白衣を着た人たちが待機していた。
待合室的な場所があり、大勢の男女が座っていた。
自衛官たちはきみと僕を、入所と書かれたアクリルプレートが天井からぶら下がっている窓口に連れていった。
「空尾凜奈と時根巡也です」と自衛官が言った。
「はい。空尾さんと時根さんですね。このブレスレットをつけてください」
カウンターの向こうにいる白衣を着た若い女性が、装飾のない金属製の腕輪をふたつ差し出してきた。片輪の手錠のようなものだ。不吉な感じがした。
「これはなんですか?」
「あなたがたの安全を守るものです。ここにいる間は、絶対にはずさないでくださいね」
明らかに僕たちを管理するためのものだ。発信機でも埋め込まれていそうだ。
「はめたくないです」と僕は抵抗してみた。
「はめないと、私たちの任務が完了しない。おとなしくはめてくれ」と自衛官が言う。
あきらめたような顔をしているきみが、左手をカウンターに置いた。受付の女性が、まさに手錠式にカシャンと腕輪をはめた。
しかたなく僕も左手を差し出した。はめられたブレスレットは、自分でははずせなかった。
「引き渡しが終わりましたので、私たちは戻ります」と自衛官。
「お疲れさまでした」と受付の女性。
彼女はきみと僕に向かって、「まもなく説明会が始まります」と言った。
僕たちを連れてきた自衛官たちは、出入口から去っていった。
家に帰りたかったが、出入口には警備の自衛官がいて、僕たちの退出は許されそうになかった。
「午後6時から説明会を開始します。入所された方は、2階大会議室までお越しください」という放送が流れた。
待合室にいた人々が顔をあげた。皆、ブレスレットをはめていた。
「2階へ行ってください!」と自衛官が強い口調で言った。あちこちに自衛官がいる。
階段を上る人の波ができた。
きみと僕もついていった。
「これはいったいなんなんだ? なにが起こっているんだ?」と僕は言った。
「わからないけど、ほとんど拉致だね。人間扱いされていない」ときみは答えた。
「僕たちに人権はないのか?」
「キミとワタシが変身生物だとしたら、人権はないのかもしれない」
僕たちは会議室に入った。パイプ椅子がぎっしりと並んでいて、腕輪をつけた人々が座っていった。
人数は200人ほどだろうか。
きみと僕は横並びに座った。
会議室の前の方に演壇があり、壁に時計が掛けてあった。5時55分だった。
6時ちょうどに、白衣を着て黄色い縁の丸眼鏡をかけた40代くらいの女性が登壇した。
その隣に、若くて険しい顔をした丸刈りの自衛官が立った。過激な青年将校という雰囲気があった。
「みなさま、こんばんは。ここの所長をしております斑天音と申します」と丸眼鏡の女性は言った。
「説明いたします。ここは防衛省第1危険生物研究所です」
会議室内がざわめいた。危険生物研究所ってなんだ、と僕は思った。
「危険生物といっても、怪獣などはおりませんから、ご安心ください。ここにいるのは、人間と変身生物だけです。そして危険生物研究所という名称がついておりますが、私は変身生物を危険だとは考えておりません。私自身も変身生物ですから」
「いまのは所長の個人的見解だ。俺は変身生物を世界の敵だと認識している。人類世界を脅かす危険な存在だ」と丸刈りの自衛官は言った。
「こほん。説明をつづけます。政府の方針が一時的に変わり、しばらくの間、変身生物の研究を拡大することになりました。みなさまをお迎えしたのはそのためです」と斑所長は言った。
「一時的じゃない! 恒久的な方針だ! 所長、余計なことを言わないでください!」
「熱くならないでくださいよ、古井戸さん。怖いなあ」
「俺の名前を言うな!」
僕はびっくりしながら、壇上のふたりを眺めていた。
斑所長と古井戸自衛官の間には、大きな見解の相違があるようだ。所長が変身生物で、自衛官が人間だからだろうか。
「ここに集められたみなさまには、変身生物である疑いがかけられています。単なる変身生物ではなく、大変優秀な変身生物ではないかと見なされています。超法規的措置により、みなさまはしばらく当研究所に留め置かれることになります」
「余計なことを言うなと言ってるだろう! 超法規的措置ではない。れっきとした政府の方針だ!」
「ずいぶんと無礼な口の利き方をしますね。変身生物と戦争をする覚悟はおありですか、古井戸義隆さん?」
「俺の名前を言うなあ! 戦ってやるさ、変身生物どもめ! 一匹残らず殺してやる!」
「うるさいなあ。これじゃあ説明会にならないよ。黙っててくれない、人間?」
斑所長は右手で、古井戸自衛官の首を一瞬つかんだ。自衛官はくたっと崩れた。
「まあとにかくいまは、変身生物にとって良くない局面になっているわけです。当研究所には、新たに211名の変身生物容疑者の方々にお越しいただきました。ひとりずつ検査をさせてもらいます。皮膚の一部をいただいて特殊な分析をするので、検査終了までそれなりに時間がかかります。人間だとわかった方は、すみやかに出所することができます」
所長は黄縁の丸眼鏡を右手の人さし指でくいっと押し上げた。
「変身生物だと判明した方は、いつ出られるかわからないんですよ。かなり長くいてもらわなければならないかもしれないし、意外と早く出られるかもしれない。現在ちょっと政府内部で人間と変身生物が闘争状態になっていて、一時的に人間が優勢なんです。この先どうなるか私にも読めません」
甲子園大会どころではなくなった。
僕は暗鬱とした気分になった。
きみは驚くほど冷静に、斑所長を見つめていた。さっきまでより表情が明るくなっていた。
「所長が本当に変身生物なら、ワタシたちにも希望がある」ときみは僕を見て、そっとつぶやいた。




