暗転
僕たちは球場で校歌を斉唱した。
僕は歌詞をうろ覚え。
半分くらい口パクだった。
閉会式できみはS県大会の優勝旗を受け取った。
「甲子園だ。甲子園に行ける。うへえ……」と式が終わった後、旗を抱きながらつぶやいた。きみは少し壊れていた。
「あたしが決勝戦の勝利投手だぞ。名実ともにエースじゃないか。甲子園の背番号1はあたしにすべきじゃないか?」と草壁先輩は言う。
「甲子園で打つヒットはさぞかし気持ちいいんやろうなあ」とうっとりしている志賀さん。
「物語になったのじゃ。これからさらに盛り上がるのじゃ」とネネさんは言う。
「出来過ぎだよ。オレたち、甲子園って柄じゃないだろう」と雨宮先輩は自嘲する。
「あのあの、全国大会に出たら、夏休みの宿題は免除されるなんてことはないんでしょうか? わたし、全然やってなくて。これからもできる気がしなくて」と能々さんは言う。寝言は寝て言え。
「私ほど平凡な選手は、甲子園にはふたりといないでしょうね」と胡蝶さんは言う。
「胡蝶さんは上手な外野手だよ」と僕が言うと、彼女は微笑んだ。
「わたくしが甲子園出場……夢が叶ったわ……げ、げ、現実かしら」方舟先輩も少し壊れていた。
高浜監督はインタビューを受けていた。
「優勝おめでとうございます。勝因についてどうお考えですか?」
「運ですかね。正直、勝てるとは思いませんでした。空尾と草壁はよく投げてくれました」などと殊勝なことを言っている。
「空尾選手は高校生離れしたピッチャーだと思うのですが、高浜監督から見ていかがですか?」
「空尾は良いピッチャーですが、潜水投手もすごかったです。全国にはもっと優れた投手が大勢いるんじゃないですか」
「時根選手の打撃も見事でした」
「敬遠球を打ったのは笑えましたね。あはははは」
それは言わないで。潜水さんが泣くから。
「今大会を振り返って、ひと言お願いします」
「きびしい試合ばかりでした。どれも紙一重の勝利だったと思います」
先生、なに格好つけてるんですか。
「最後に甲子園大会への意気込みを聞かせてください」
「S県代表の名に恥じぬよう、精一杯がんばります」
らしくねえ~と思った。
「時根くん」と潜水さんから話しかけられた。
「潜水さん」
「最後は悔いが残る投球だった。敬遠球とはいえ、一球入魂して投げるべきだった。勉強になったよ」
「ごめんね、変な打ち方して。全然勝った気がしないよ」
「また試合したいね」
「うん。天上共栄は強いから、僕たちが勝ちつづければ、次の大会でもおのずとぶつかるだろうね」
「きみたちも強いよ」
僕と潜水さんが話しているのを、きみはじとっとした目で見ていた。
「にやけんな」と潜水さんが去った後で言われた。
「にやけてない」
「どうだか」
「おーい、マイクロバスが出発するぞ。帰ろう」と高浜先生が言った。
僕たちは球場の選手用出入口から外に出た。
そこで声をかけられた。
「空尾さんと時根さん」
自衛隊の制服を着た人たちが6人いた。
きみと僕は囲まれて、他の部員たちから引き離された。
「あの、どうしたんですか?」と高浜先生が言った。
「あー、こういうことが起こったか……」と胡蝶さんがつぶやいた。
自衛官たちは先生の質問には答えず、きみと僕の手首をつかんで、引っ張っていった。
「ちょっと、痛いです」と僕は言った。
きみは絶望したような目をして、まったく抵抗しようとしなかった。覚悟していた最悪のときが来てしまったと、あきらめているかのようだった。
自衛官たちの目は熱くも冷たくもなかった。彼らは命じられた職務をただ遂行しているだけなのだ。
そう思って、僕も抵抗しなかった。
僕たちは自衛隊の人員輸送車のようなものに乗せられた。
車のエンジンがかかり、球場から離れていった。
「スマホを使うなよ。使ったら、取り上げることになる」と自衛官のひとりが言った。
「どこへ行くんです?」
「そんなに悪いところじゃない。公務執行妨害をしなければ、手荒な真似はしない」
「あの、僕たち、ただの高校生ですよ?」
「ただの高校生ではないだろう?」
「いや、だったらなんだっていうんですか?」
「変身生物だ」
心臓がきゅっと収縮したような気がした。
きみは表情をなくしていた。
「まあいまのところは容疑者というだけだけどな。しかし、疑いは濃厚だ。高校1年生のプレーではなかった。ふたりとも99パーセント変身生物だろう」
僕は自分が人間か変身生物かどちらかわからない。
きみはどうなのだろう。わからないのか、自分が人間か変身生物かわかっているのか。
人間だという確信があったら、抗議しているような気がする。そんな絶望的な顔で沈黙してはいないだろう。
きみは変身生物なのだろうか。
人員輸送車は都会から離れ、郊外へ、さらには山地へと向かって進んでいた。




