第二話 笑い
私に名前はない施設の人は、AI0110と呼ぶ。今日は、初めて小学校に行くが、正直何故行かないといけないのかわからない。私は、機械なので、人で言う本能の段階で、小学校で学習することくらい理解している。だが結局私は機械に過ぎない行けと言われているのだから行くしかないのだ。
「おはようございます。」
周りの、青年たちは出せる限り大きい声で覚えたての単語を叫んだ。
「じゃあみんな〜机に書いてある番号を呼ばれたら立って普段なんて呼ばれてるか言ってね〜」
一番から順番に答えていく
「じゃあ五番の人〜。」
「は〜い櫛田うんこで〜す。」
周りは笑いに包まれた。私は笑いというのが理解できない。”うんこ”という言われてはいけないと言われている言葉に反応して笑っているということは理解できる、笑いという刺激情報を運動情報に加工しているということ、笑うと神経ペプチドが活発になるということも理解できる。だが、この青年らは、好奇心の塊のような人々なのにこのロジックを理解せず知ろうともせず何の疑問も持たずに笑っているのが私には理解できない。
「そういうこといわないでね〜、えー、つぎ六番の人〜。」
「はい、ひとにはAI0110と言われています。」
青年らはさっきと同じようにまた笑い出しさっきできたばかりの友達と言っていいのかもわからない友だちとヒソヒソ話し始めた。おそらく、私を馬鹿にしたと思われる。もし青年らが、成長していて、倫理観があったのならば私を笑わなかったであろう。どこかの誰かが言っていたが笑いというのは基本イジメのようなもので人を馬鹿にするものだ、櫛田の場合はあの人はいけないことを言った馬鹿だと馬鹿にして笑った。ではイジメと笑いの違いとは距離感だ。櫛田は、話し方などで距離を縮めた。だが、私は、至って当たり前のこととして言ったので距離感があった。それを笑うのはイジメだ。以下のことを踏まえ、私は、距離の遠い人に馬鹿にされた、そう考え不快な気持ちになった。