嘘から出た実
桜ルミは困っていた。
そろそろ孫の顔が見たい、と言い出す事が多くなった両親から逃げる日々。周りから持ち掛けられる縁談話。
「……はあぁ…」
「あり? 桜? 」
パッと顔を上げると、此方を見下ろす男。誰だっけ? と記憶を辿って、学生時代のクラスメイトだと思い出す。
「如何した? 溜息なんか吐いちゃって…」
言い様、隣へ腰を下ろす川井ケンに、今は一人にしてほしいんだけどな…と思いつつ、「なんでもないわ」とルミが答えると、本当に? と心配そうな顔で尋ねられた為、否定出来ずに口を噤んでしまう。それに、やっぱりなんでもなく無いじゃん! 話聞くよっ! とケンに詰め寄られ、最初はなんでもないって言ってるでしょ! と突っぱねるも、男が中々に食い下がってくるので、とうとうルミが折れる形で事の顛末を話し始めた。
「--というワケで、最近は親や周りの人達から逃げ回ってるのよねぇ…」
「………」
「参っちゃうわよね…。まだ、そーゆう相手とかいらないのに…」
口にして、泣きそうになる。というのも、ついさっきまでは、“本当に”恋人や結婚相手はいらなかった。
ケンと再会するまでは…。
二人が小学生の頃、ケンはルミと結婚した仲だと、彼は友達にエイプリルフールを利用して嘘を吐いた。
しかし、エイプリルフールの嘘を吐いてイイ時間帯は午前まで。その嘘は午後に吐いたモノな為、“嘘を吐いてイイ時間”は過ぎていた。
ケンは嘘吐き呼ばわりされたくなかったからか、友達にその嘘を突き通した。そんな男に、ルミは皮肉にも惚れていた為、嘘とはいえ、彼が自分と結婚したと、友達に報告した事が嬉しかった。
もしかしたら、彼も自分の事を…と、淡い期待を抱いてしまったのが、大人になった現在に影響する事になるとは、その当時は思いもしなかった。
中学に上がってから男に彼女が出来た時は、裏切られた…と絶望し、同時にその失恋が棘となって、他の誰かに恋心を抱けない状態になってしまった事は、誰にも話せていない。
「っっ………そっ……そういや、レイカちゃんは? 」
「……えっ…? 」
「だっ…だからレイカちゃんっ! ほらっ、川井くんが中学生ぐらいの時に付き合ってたレイカちゃん! 現在でも続いてんの? 」
そう口にして、自分はなんってデリカシーがないのだろう…だから相手にされなかったんだ…とルミは落ち込んだ。
大人になったレイカの姿を思い浮かべる。学年のマドンナだった彼女は、成長とともに更に美しさに磨きを掛け、誰もが振り返る美女になっている事だろう。
「あー……」
言葉を濁す男に、まだ連絡は取り合ってる仲なのだと判り、泣きそうになった。中学時代から変わらずに、ケンへ想いを持ち続けているのだろうか…。
「おうおう、お熱いコトでぇ♡結婚相手がいない私とは大違いって事ね? 」
「…いや。俺も同じで相手がいない」
「………は……? 」
ポカンとするルミに、ケンははにかむ様に笑った。その男の言い草や態度に、レイカの気持ちをぞんざいに扱ってる感じがして、ルミは苛立ちを覚える。
「そっ…そんな悠長な事を言ってたら、レイカちゃんっ、他の誰かのモノになっちゃうわよ!? 」
「あー……だな…」
「馬鹿アアァっ!!! 」
「!? っっ!! い"っ?!? なっ…何すんだよ!? 」
ルミは思わず、怒声とともにケンの頬へ平手打ちを喰らわせた。それにケンは、ヒリヒリとする頰を摩りながらルミを睨み付ける。が、逆に睨み返され、その目力に耐えられず、思わず視線を逸らした。
「っ……な…何でっ、ビンタしたんだ、よ…? 」
「………」
「…オイ。黙ってちゃ、わかんないだろ! 」
「……っ………よ」
「………えっ…? 」
「だからっ…川井くんが誰かとくっ付かないと、私………やっぱ、なんでもない…」
そう言って、フイっと顔を背けるルミに、「なんでもなく無いだろっ! 」とケンは咄嗟に彼女の腕を掴む。逃がさない為だ。
「っ!? ちょっ…川井くん! 痛いッ!! 」
「だったら話せ。俺が、誰かとくっ付かないと、君は如何なるって? 」
「っっ…」
「………、…教えてくれよ、桜」
感情的になってる己を落ち着かせる為、一呼吸置いて、柔らかい口調で尋ねるケンに、ルミは考える素振りを見せ、--頷いた。
「川井くんが、誰かとくっ付いてくれないと……」
「俺が、誰かとくっ付かないと…? 」
復唱するケンに、ルミは顔を真っ赤にし、これ以上は無理とばかりに立ち上がろうとするも、男に腕を掴まれてる為に上手く立てず、身動きが取れない。だがソレに気付かないフリをして無理矢理立ち上がろうとしたからか、身体はバランスを崩し、ケンの方へと倒れ込む。
「きゃっ!? 」
「おっ、と…」
「ッ…あっ……有難う…」
倒れ込んできたルミを、軽々と男は抱き留めた。
以前とは違い、大人になったケン。子供の時は然程気にしていなかったその腕は、大人の体付きになった事で、「男」なのだと意識させられた。
当然、同い年の自分も「大人」なワケだから、あの頃とは違い、あんなコトやそんなコトの知識もあるわけで…。ケンと再会してからドキドキしっぱなしだった心臓は、ナニが起きてもおかしくない物理的な距離感という状況に、破裂するんじゃないか? と思うぐらいに激しく脈打ち出す。
「………辛いのよ…」
「……えっ…? 」
「川井くんが…早く結婚してくれないと……諦め切れないじゃない…ッ」
卑怯な事をシテルって解っていた。
でも、言葉にせずにはいられなかった。
もう、限界だったから…。
どんなに鈍感なこの男でも、今の台詞がどーゆう意味か解るだろう。
クラスメイトとという関係性を壊さない為に、成長とともに膨れ上がる想いを言動で表す事を抑えてきた。そうしなきゃ、ケンの将来に関わると悟ったからだ。ケンにはレイカしかいない……そう、覚悟を決めたから…。
なのにこの男、あんな申し分ない女性がいるにも関わらず、相手がいないから結婚出来ないと言い出した。とんだ贅沢病だ。だから腹が立ち、ケンをビンタしたのだ。
「っ……もっ…もうっイイでしょ!? そろそろ離してっ! 」
腕を掴まれてる時でもアレだったのに、先程の転倒の拍子に身体を支えてもらった侭の状態な為、二人の距離は近い。まるで--抱き締められてる、と錯覚してしまう程に。
--これ以上、私を勘違いさせないでよっ…
泣きそうになるのをグッと堪え、身体を離そうとするルミの背に、腕が回り込み--抱き締められる。それにギョッとして、文句を言おうと男の顔を見て…言葉を吐き出せなくなった。
「っ……なっ…なんでっ………そんな、表情するのよ!? 」
「そんな顔って、どんな顔だよ! 」
「気になるんなら鏡見てきなさいよっ! だから--」
「そう言って、俺から逃げるのかよ」
「っっ!?! 」
「俺の返事も聞かずに……逃げるのか? “ルミ”」
狡い、と思った。あの時…エイプリフールの時に下の名前で呼んだのを、此処で再び実行する男に。
「私がそーゆう風に扱ってもらったら喜ぶとでも思ってんの? 馬鹿にしないでよ! 」
ずっと好きだったからこそ、ちょっとした男の態度に気付く。自分が好意を寄せている事に、男は気付いているのだろう。だからこその、あの呼び方。そんな乙女の純情を利用する男に、ルミが憤慨するのは当然だろう。
「っっ…好い加減--」
「俺の嫁にならないか? 」
「!?? ………はっ…? 」
「だから嫁。そうすれば、君は親御さん達から煩く言われなくなるし、それに…“辛く、なくなる”だろ? 」
「………」
冗談か、それとも本気か。どちらにしろ、ルミにとっては傷付く事に変わりない台詞だった。
しかし…同時に長年の想いが叶う絶好のチャンスでもあった。
--駄目よっ、ルミ! 今、その誘惑にのったら……
嫁になるという事は、ケンを自分のモノに出来るという事だが、ソレは同時に彼のこれから先に出逢うかもしれないだろう運命の女性との未来を奪うという事だ。そんな事、自分が邪魔してイイわけが無い。
--解ってるわよっ……解ってる、ケド……
理性やら自制やらは男の体温による熱さで、上手く働かない…と言い訳して。ルミは、ケンの背中へ腕を回すと、そのまま抱き締め返した。
とある作品を妄想して同人であげてたヤツを、オリジナル用に仕立て直しました(`・ω・´)
こーゆうモヤモヤ系な内容好き(〃ω〃)❤️
原題【夫婦になるの】