表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

9/100

ep.1.00 北方戦役─序章④

 チョコレートを流し込み、箒と銃を取って戦う。突撃銃の塗装が剥がれ落ちて使い物にならなくなったため、貯蔵されていた狙撃銃に切り替えたくらいが、唯一変わったことかな。

 ひたすら敵を潰すだけの原始的な死闘。爆炎、爆炎、爆炎。轟音に耳が慣れ、目がチカチカするのを堪えながら、それでも戦闘を続ける。


 「……、っ!」


 息が上がってくる。そろそろ限界に近いと自覚する。

 敵は、ようやく九条領長野に私達がいることを脅威とみなし始めたらしい。主力部隊の一部を割いてまで、こちらに向かってきているという報告があった。お陰様で前線の圧力は緩和されたが、こちらの負担は跳ね上がっている。


 「リラ様っ!?」


 海凪様の声が聞こえる。その声も、今は少し遠い。

 意識が若干朦朧となり始めていることに、今更気づく。だが、ここで引くわけにもいかない。


 「沙羅、血が出てる」


 茉莉の声を聞いて、服を見る。吐血した跡なのか、若干の血がついていた。口の中から血の味がすることを自覚する。


 「大丈夫」


 服の袖で血を拭う。

 加減速のしすぎで、骨や筋肉に負担をかけすぎたらしい。ただ、そんなこと言ったって退くわけにもいかない。というか、退く場所もない。


 「行くよっ!」


 今日最後の残光が、闇に飲まれる。

 空は暗くなり、夜が始まる。戦闘開始から約18時間、未だに北東部の前線は後退を続け、近衛軍団がこちらに合流する目処は立っていない。とはいえ、今ここで私達が退けば(それが叶うなら、の話だが)かろうじて押し止められている前線は崩壊してしまう。


 戦闘加速、精霊術を発動。

 視界が白濁し、ともすれば呑まれてしまいそうになる。それを意識して抑えると、電磁式〈コイルガン〉を発動。戦車型一両が擱座するが、その残骸を踏みにじるように新たな戦車型、それに砲戦型までもが向かってくる。

 高度を下げて突撃、戦車型の砲撃を回避すると、〈ブレイズブレイド〉で薙ぎ払う。爆炎に巻き込まれないように、その場から離れる。


 「……、砲撃が激しい」


 戦車型や砲戦型の猛砲撃で、既に建物は半壊している。食料貯蔵庫はかろうじて生きているが、その他は完全におじゃんだ。休息する暇も無い戦闘で、体力の限界はとうに超えている。

 魔導核に関しては貯蔵庫に移動しているが、この分だと、食料貯蔵庫ごと砲撃で吹き飛ばされるのも時間の問題だろう。


 「とはいえなぁ……」


 電磁式〈ブレイズブレイド・第二段階フォルムベータ〉で辺りを薙ぎ払い、〈コイルガン〉で敵車両を吹き飛ばす。


 「だいぶきつそうやな」


 電磁式〈トランスミット〉で京香と会話する。

 京香の方はかなり余裕がありそうだ。……、おかしいなぁ、京香だって前線にいるはずなのに、どうしてだよっ!いやまあ、人数の問題だろうけどさっ!それにしたって!理不尽だって!感じないわけじゃないんですよ!

 もともと私としては、ここに長居するつもりはなかったわけですよ。それなのに、いつの間にやら一日近くここにいるわけで。しかも、たった三人で!いやまさか、メビウスの攻撃がこんなに激しいとは思わなかったなぁ……。


 「京香、こっちはそろそろ限界。どうしようもなくなったら、精霊魔術あっち使って逃げるからね」

 「それは構わへんよ。ただ、それされるとこっちもキツイわ」


 京香から、軽く現在の状況を聞く。

 千曲川沿いに進撃を続けるメビウスの大集団は、競合戦域コンテクストエリアの最深部にまで到達しているらしい。現在は、臨時で張った防衛線ギュンターで食い止めているが、突破されるのも時間の問題のようだ。

 そもそもが、無停止連続進撃に対して防衛線を張ること自体、あまり良い方法ではない。本来は第二次世界大戦中、ドイツ軍が東部戦線全てに防衛部隊を貼り付けられるだけの大規模戦力を有していないのを、ソ連が逆手に取って行ったのが無停止連続進撃作戦だ。

 だから、すり抜ける間隙すら無いように防衛部隊を敷き詰めれば、この作戦は成立しない─ように見える。だが、そもそも無停止連続進撃作戦を実施する側は、される側よりも遥かに多い戦力を有している。もしも前線全てに防衛部隊を張り付けようものなら、戦力差に負けて前線が丸ごと吹き飛ぶ、なんてことにもなりかねない。


 これが、前線全押しでの無停止連続進撃作戦の怖さだ。

 いま、公国が有している戦力は、機動戦力としては高々四個軍団。辺境軍団を加えても、十個を下らない。それに対して相手は数十個軍団規模。普通に考えたら、たったこれだけの戦力で前線を支えられるわけがない。

 その無茶を可能にしているのが精霊術士、つまり航空士隊なわけだが。


 「やっぱり機動防御に切り替えるべきじゃない?」


 防衛線を一旦放棄して、出張ってきた相手だけを狙う、それが機動防御だ。少数の防衛部隊が敵部隊の進撃を遅滞させ、進撃の速度が鈍った相手から精霊術士で叩き潰す。こちらが持っている空間と敵の進撃速度を等価交換する形になるが、それくらいしか方法が思いつかない。


 「そうしたいのはやまやまなんやけど、これ以上食い込まれてまうと、中枢領に食い込まれるんよ」


 そこまで追い詰められているのか……。

 中枢領は、いわば「銃後」、つまり後方だ。安全が保証されているはずの地帯だから、市民だって沢山いる。おそらく避難も始まっているだろうが、仮にも首都近辺だ。すんなり避難が進むとは思えない。


 「そりゃ、仕方ないかぁ……」


 近寄ってきた戦車型に〈コイルガン〉をお見舞いし、擱座させる。

 流石に数が多すぎる。おのれメビウス共っ!

 これ、一個軍団規模とかそういう次元だろこれっ!こっちは三人だぞ、オーバーキルだオーバーキルッ!戦力集中しすぎ!もっと前線にいけよ!私そろそろ死ぬよっ!


 「っ! きっつい!」

 「沙羅、もう使つこうたらどうや? 近辺に味方はおらへん、見られることもないやろし」

 「……、でもなぁ……」


 ここで精霊魔術あっちを使うと、海凪様があまりにも不憫だ。半ば私の身勝手でここにいるわけだし。


 いや、ちょっと、海凪様気になったんだってば!ちゃんと死なないようにサポートしてるからっ!


 それはともかく、精霊魔術の存在は、少なくとも軍内部には伝えていない。それどころか、知っている貴族といえば義伯父の西園寺公爵と義父の西園寺子爵だけだ。あとは京香とか秀亜とか。

 精霊魔術自体、あまり知られたくもないものなので、できるだけ他の貴族や軍には隠匿しておきたい。となれば、海凪様にお隠れになってもらうしか無いのだが、流石にそれはない!

 いやだって!海凪様、いい人ですし!才能あるし!何よりも、同年代の学生を手にかけたくない!これ以上罪を重ねるのはごめんなのですっ!


 「一緒にいる如月家の御令嬢のこと気にしとるんか?」

 「いやだって、巻き込むわけにもいかないでしょ?」

 「そりゃそうやな。じゃあ、暫くかくもうたらどうや?いっそのこと、如月家の御令嬢も巻き込んでまおうや」


 直前と言ってることが全く別ですよ京香さん!?


 「だから、そういうわけにも……」

 「大丈夫や、如月の棟梁とは仲がええ、何とかねじ込んでも文句言われへんやろ」

 「いやまあ、そうかもしれないけどさ!」

 「なら決まりやな。巻き込んでまえ!そもそも、茉莉と西園寺の公爵、子爵達としか、最近絡んでへんやろ?久しぶりに人付き合いせえや」


 むぅ……。そう言われてしまうと、ぐうの音も出ない。


 「……、せめて、海凪様に確認を取ってからにさせて」

 「それもそうやな。じゃあ、返事は後で聞かせてもろうで」


 そう言って、京香は〈トランスミット〉を切った。

 うーん、どう話したものか……。


 「リラ様?」


 いつの間にか近くにいた海凪様が、私にそう問いかけてくる。ええい、こうなったら、やってやろうじゃないの!


 「海凪様、これから見たこと、誰にも言わないで下さいね」

 「? はい、それは構いませんが」

 「あと、この戦いが終わったら、私のところに来てくれる、数日くらい?」


 心底困惑した様子だが、海凪様は頷いてくれる。

 よし!じゃあ容赦なく使わせてもらうよっ!


 「海凪様、信用してますからね、その言葉っ!」


 魔女箒の複合魔術核を同調、精霊術から精霊魔術へと設定を変更。波長をより短くし、精霊魔術を起動。

 広域破壊系の精霊魔術、光学式【エンドライト】を発動。


 「海凪様、茉莉、広域破壊系を使う。退避して」


 はいっ!?という声が聞こえたが、それは無視。茉莉がどうにかしてくれるだろう。光学式【エンドライト】を発動するまでのタイムラグは大凡おおよそ二秒前後、その間足を止める。

 対空戦車型や対空車両型がこれ幸いとばかりに弾幕をぶちまけてくるが。


 「電磁式〈エレクトロンフィールド・第二段階フォルムベータ〉」


 全周に〈エレクトロンフィールド〉を展開。磁化の影響を受けたあらゆる弾丸があらぬ方向へと吹き飛ばされていく。

 永遠にも、一瞬にも感ぜられる二秒間。その二秒間、あらゆる弾丸は吹き飛ばされ、そしてこちらへ向かってくることはない。空間演算量が馬鹿にならないが、それは精霊術としてのものを使うならばのこと。


 今は複合魔術核を用いて演算しているため、何の影響もない。


 「沈め」


 【エンドライト】が発動。

 直後、視界を灼くような閃光が走る。視界が白濁を通り越して、淡水色へと変色する。それもまた一瞬、次の瞬間には下の視界へと回帰する。


 「ふう……」


 頭を下に向け、辺りを見下ろす。擱座した多数の戦車型、対空戦車型、エトセトラエトセトラ。メビウスの軍集団はあっという間に崩壊する。

 メビウスの「本体」とも言うべき魔導核─これを【エンドライト】で破壊したのだ。魔導核を失ったメビウス、つまり戦車型や対空車両型などは元の形を保つことができない。

 【エンドライト】自体は、魔導核の自発的な固有振動を増幅させるだけもので、精霊術である〈メビウス・ディスコネクト〉と似たような性質を持つ。だが、その増幅値が一定値を越えれば、魔導核を取り囲む導線が破断する。


 「沙羅、半径二十キロメートル以内に敵影なし、当該戦域の脅威度ゼロ」

 「報告ありがと、茉莉」


 私は茉莉に感謝を告げると、地表に降り立つ。

 下の方でぽかん、としちゃってる海凪様にも色々話さないといけないしね。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ