ep.1.00 北方戦役─序章③
敵、敵、敵─。
弾幕を躱し、砲煙を横目に刀で薙ぐ。視界一杯に爆炎が踊り、それでも突撃を止めない。機関砲弾が右手を掠め、血を流させる。
……、戦闘に支障なし。
戦闘加速を続け、敵の砲撃を躱す。機関砲弾の弾幕を、加速して、あるいは減速して躱し、高周波ブレードで薙ぐ。
「電磁式〈コイルガン〉ッ!」
銃弾を撃ち込み、敵の対空戦車型を一台屠る。敵とばかりに機関砲弾が殺到するが、僅かに減速してこれを回避すると、身を翻して逆向きに加速。敵は砲撃を続けるが、その結果、他の対空車両型に機関砲弾が命中。まともに装甲など施されていない対空車両型は、その一撃で爆発を起こし沈黙。
フレンドリーファイアを警戒したか射撃が止む。その一瞬の隙を狙って〈ブレイズブレイド・第二段階〉で一帯を薙ぎ払う。次々に爆炎が踊る。
「さてさて回収しましょうか」
撃破された対空車両型のところに降り立って、もう一度〈ブレイズブレイド〉を使う。公国軍の機甲車両ならば操縦席に当たる所をかっ開き、そこにある〈魔導核〉を回収する。どのようなメビウスの機甲車両にも存在するこの〈魔導核〉、正八面体型で黒色透過質の物体だ。その周りにはさまざまなチューブや導線が張られているが、それらに用は、─うん、あんまりないっ!
だって、これくらい作れちゃうし。なんなら、導線の配列とかもうちょっとどうにかなるだろって思うところまである。私が今握っている箒─星箒ちゃんには、これに似た回路が大量に組み込まれている。大量生産には向かないが、一点ものとしては完璧だという自身がある。
配線を切り落として、〈魔導核〉を回収。これを放置していると、辺り一帯がいつの間にかメビウスの支配域になっちゃうので、これは人類への貢献でもある。
まあ! 光学式で破壊するのが! 一番いい手なんですけどねっ!
普通の精霊術士ならそうする。光学式というが、別にレンズとかで観測するわけじゃない。精霊術の中でも光学範囲に属するとされるのだが、何を以て光学範囲などと命名したのかさっぱりわかんない。
んまあ確かに、観測はするけど! 観測するけど、絶対光学じゃないッ! おのれバカ研究者、科学の用語をバカにしおって……ッ!
などとどうでもいいことを考えながら、四方に散らばっている残骸に向かい、そしてまた魔導核を切り出す。この魔導核こそが、精霊魔術の根幹だ。
バックパックに詰め込んだあと、九条家の屋敷に一旦帰る。既にバックパックは満杯、これ以上詰め込んだら普通に壊れそう。それに、下手に抱えたまま戦闘していると、落としかねない。
魔導核が落ちたらどうなるか、だって? 面倒なことになるんだよッ! 見つかったらなんで光学式で破壊されてないんだって思われるし、長時間放置していると精霊術にも、精霊結界にも、精霊回廊にも悪影響が出る。ちゃんと、集めたらゴミ箱、もとい研究所に捨てないと……。
「……、あの、リラ?様」
「ん? ああ、海凪様、どうしたの?」
「その、顔色がよろしく無い様でしたので」
そうかな、と思って目を擦ってみる。
そういえば、いつの間にやら日が高く昇っている。戦闘開始したのは深更、十二時間位経ってしまったらしい。夜同士の戦闘で流石に疲れたか?
「そういう海凪様だって、顔色悪いよ。早く休んだほうが良い」
「……、ですが、リラ様達が戦っておられる間、私だけが休むわけには……」
「海凪様だって、こんな夜通しの戦い、慣れてないでしょ? あんまり疲労してると集中力も落ちるし、何より健康に悪い。お風呂入って一回寝なよ。大丈夫、その間くらい、私達だけでも守れるから」
ああでも、と付け加える。
「あんまり長く寝ないでね。流石に私達も、長時間ずっと守るのはキツイ。三時間くらいに留めてくれると助かる」
「は、はぁ……。では、お言葉に甘えて」
海凪様は、一礼するとベッドの方へと向かっていく。お風呂には入らないらしい。ふうん、と思って眺めていると、茉莉も戻って来る。
「沙羅、お帰り」
「ただいま、茉莉。見てよ、この魔導核の群れッ! 対空車両型に戦車型に輸送型っ、……ッ! 最ッ高! いやあ、これだけあれば研究も捗るッ!」
「それは嬉しい」
茉莉はニコッと笑うと、少し真面目な顔に戻る。
私は、魔導核を光学式〈メビウス・ディスコネクト〉で魔術核へと変換しながら、茉莉の方へと向き直る。
「沙羅、京香達から連絡。メビウスの大軍団は、千曲川沿いに戦線を拡大。北西部の戦線は、辺境軍団が押し止めた」
何となく頭で地図を思い浮かべる。九条領長野、今私たちがいるところは千曲川と犀川の結節点に当たる。犀川の防衛線は生きているが、千曲川の防衛線は崩壊。北西部の戦線に関しては、正直言ってよく耐えたな、と思った。
無停止連続進撃では、まず、敵の、防衛に当たる部隊を、前方の軍集団が包囲し、その場に足止めする。そして、後続の軍集団がその防衛部隊をすり抜ける形で、誰もいない戦線後背へと襲いかかる。これを受ければ、脆弱な防衛線など消し飛んでしまう。
実際、九条領長野を中核として組み立てられた防衛戦略はこうして破綻しているし、なによりも北東部の戦線は食い破られている。前に同じことを東部戦線でされたときは、東部が丸ごと吹き飛んだ。
中枢領だった東京にまで食い込まれ、数万人をくだらない犠牲者を出したのは記憶に新しい。そして、もしも今回北部戦線を破られれば、今度は現在の首都、諏訪まで陥落する。
「どれくらいまで食い込まれてる?」
「それは私が説明させてもらうで」
唐突にそんな声が聞こえた。
茉莉が徐ろにそれを取り出す。トランシーバー、一昔前のタイプのやつだ。
……、というか、骨董品だぞ、これ。出すところに出せば数万は下らないやつ。なんでそんな骨董品を使ってるんだか……。
そんな事を頭の片隅で考えつつ、京香の話を聞く。通話相手は、現在の中央軍総司令官にして、葦原公国大公その人─好霊京香。第二十二代大公、シグルドリーヴァ・アドリシュタ様。
ついでにいうと、十二時間くらい前に私が遊びに行った人だ。
「まず中央軍やけど、親衛軍団および第三中央軍団は北西部に釘付け、第二中央軍団は北東部へと向かっとる最中にメビウスの攻撃を受けて立ち往生。北東部に残っとった辺境軍団の残骸と一緒に後退しとる」
「思ったより不味くないっ!?」
普通にまずい状況なのだが? というか、今私たちがいる所、長野市なんだけどっ!? 孤立してるのは知ってたけど、思ったよりも食い込まれてるみたいだ。
「今のところは、メビウス側の大攻勢に押し流されとる。こちらは戦略予備なんてもうあらへん、これで支えられへんかったら、そのままバッドエンド、つまり死亡やな」
からからっと笑う京香。その笑いからは、どのような恐れも感じられない。
それは、大公たるものが見せる痩せ我慢、の域を超えたものだ。負けるなんて、一ミリも思っていないのだろう。
まあ、京香だし。実際どうにかしちゃいそうだけど。
「せやから、近衛師団を使わせてもろうたわ」
トランシーバーの向こう側から爆炎が聞こえる。ひょっとして、京香も最前線にいるのでは? それならもしかして秀亜も? 中央軍司令部だぞ仮にも、と思ったけど、今の状況下じゃそれが正解か。
「今近衛師団は北東部に向こうとる。まずは北東部に出張ってきとる集団を潰す、その後に補給線や。せやから、取り敢えず近衛師団と合流するまでは耐えてな」
「どれくらいかかると思う?」
「ざっと、あと半日くらいやないかな。ただ、それよりも遅くなる可能性は十分あるけん、それまでは死なへんようにしてや」
トランシーバーが切れる。
普通に後半日耐えろと言われたんだが? それ、私じゃなかったらただの死刑宣告だからね! 普通の精霊術士なら命が何個あっても足りないからねっ! 私まだ死にたくないしッ!
「どうする、沙羅?」
「そりゃ、フィーバータイム延長でしょ」
いやぁ、メビウスの大攻勢のお陰で、資材がわんさか手に入る。そうそう来てほしいものでもないが、来ちゃったんなら仕方ない。ちゃんとフィーバータイムしましょうねぇ〜。
ついでにいうと、普通の精霊術士にとってはただの地獄である。
「了解。通達、海凪様の消耗が激しい」
「一応休ませてるけど、あれ本当に普通の学生?」
「如月家……、」
うーん、聞いたことはある。でも、どこの出自なのかは知らない。確か、清和源氏の流れにあるとかないとかだった気がするけど、細かいことは気にしない主義なので。
ともかく、如月家自体に秘密がある、ということだろうか?
「如月家に何かあるの?」
「ん。八年前の東部戦線で、家督が戦死してる」
「それ自体は珍しくないね」
あの時の東部戦線は、文字通りの地獄だったはずだ。行方不明者、戦死者ともに不明、最終的には一個軍団がほぼ吹き飛ばされたとも聞く。だから、それ自体はそう珍しいことではない。
「当時の家督は、近衛隊長」
「近衛軍団……」
……、なるほどなぁ。
なんとなく、事情が掴めてきた。ただ、だとすれば。
「これは、私の責任だな」
「どうする?」
茉莉がそう問いかけてくる。
「最低限度の責任は果たさないとね。絶対に生かして帰ろうか」
「了解」
……、まさか、ね。
私にとっては済んだこと、それが今更関わってくるとは。
「……、いや」
本当は、済んだこと、で済ませてはいけないのだろう。罪は、一生ついてまわり、決して離れることはない。かつて犯した罪業が、今になって降り掛かってきた、というだけだろう。
にしても、だ。
「これだけで、済むとは思えないなぁ……」
今ここに、如月家の御令嬢がいること。
そして、今私とともに肩を並べて戦っていること。
多分、これは偶然ではない。何も証拠があるわけではないが、そんな気がした。確かに、あくまでも直感に過ぎないかもしれない。でも、これは、多分。
「絶対に、まだ一悶着あるはず」
そう、私は確信していた。