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ep.1.00 北方戦役─序章②

 「さてと、まあ聞きたいことはたくさんあるけど……」


 目の前の如月海凪という少女にそう語りかける。あの時、何も考えずに飛び出して助け出してしまった少女。よく考えずに突っ込んで、結果、精霊魔術を見られてしまった以上、このまま返すわけにもいかないし、何よりも今の状況では帰れない。そして、戦力として優秀ときた。いやまあ、精霊魔術だって多分気づかれてないから、後で念押しすればそれで済むんですけどね!

 ちょっと!海凪様のことが気になるんですよ!はいっ!だから一緒に戦いたいわけで。

 まあそれ以上に、あの目─どこか傷ついたかのような目が気になったけど。ひょっとして私のことを知ってるのだろうか?いや、だとしたら私のことを「リラ」などとは呼んでくれないはずだ。


 ……、あーだこーだ考えるのはあと!今は状況の打開が最優先される、その後に聞きたいことがあれば聞けばいい。今は、考えても無駄だ。


 「今の状況で、長い時間話すわけにもいかない」


 茉莉が視線を寄越す。既にかなりの集団が近づいてきているらしい、時間がない。とにかく確認を取る。


 「だから、単刀直入に問う。一人で帰るか、三人で死闘するか、どっちがいい。今ここで決めてほしい」


 海凪は、即答する。


 「ここで戦います」

 「分かった。さっきみたいにカバーできるかどうか分らない、くれぐれも死なないように注意して、海凪様」

 「分かりました、リラ?様」


 どうにもなれない渾名だったのか、何故か疑問形だった。まあ、もう片方のやつだし、なれないのは当たり前か……。


 「茉莉、私達は戦線後方の連絡線を遮断、海凪様は援護頼む」

 「わかりました」

 「ん」


 魔女箒の複合魔術核同調を解除して飛行術式を起動。そのまま地表へと降り立つ。現在は九条領長野の上空、下の方には焼かれているとはいえ多少なりとも食料は残っている。

 下にあるのは九条家邸宅、一部砲撃で破壊された痕跡こそあるが、大体の部分は無事だ。もっとも、さして広いものでもない。軍団駐屯地としての役割を伏せ持つから、狭いということはないけれど、使用人たちがいるとするならば相当に狭い。九条公爵自身が侍女を侍らすような人でもなかったから、おそらく使用人なんていなかったのだろう。料理にしろ何にしろ、週番制にしてしまえば存外回るものだ。


 高度を下げ、そのまま着地。飛行術式を切る。

 つい数十分前まで滞在していたどこぞの都城の荘厳で絢爛な雰囲気とは違う、後期王朝様式の赤レンガの建物─どこかルネサンス様式と重なるような雰囲気。武骨そうな印象は薄く、どちらかといえば調和の取れた美しい建造物だが、どこか鋭利な印象を受ける。


 「さてと、ここを仮拠点にして、食料や仮眠をとるから、茉莉も海凪様もそのつもりで。私は食糧庫を確認してくるから、茉莉は海凪様といっしょに寝床があるか確認しといて。

  まあ、戦闘終わるまで残ってるかわかんないけど」

 「了解」

 「では、私は茉莉様と一緒に」


 海凪は茉莉に暗に引っ張られていく感じでここを立ち去る。茉莉は結構マイペースなところがあるから、海凪がついていけるかどうかわかんないけど、まあなんとかなるだろう。それよりも。


 念のため銃を確認する。

 AS18突撃銃、銃としては優秀なのだが、如何せん電磁式を連続で使いすぎた。そもそもこの銃自体、本来は精霊術士用のものではない。耐電コーティングと旋条の変更、それに〈レールガン〉を成立させるための導体塗装などをしてあるとはいえ、初戦はアサルトライフル、つまり歩兵用だ。

 精霊術士が使うのはこれよりも一回り大きい狙撃銃や散弾銃、男性だったらそれこそ軽機関砲マシンガン。こんな小型の突撃銃をわざわざ使っている人など、私は私自身と茉莉以外で見たことない。


 見たところ塗装の一部が剥がれ落ちているが、継戦能力に支障はない。まあ狙撃銃ならかろうじて使えるから、もしもこれが使い物にならなくなったら一旦ここまで戻って狙撃銃で出直そう。


 さてと、あとは食料の確認だ。

 とはいっても、なんとなく想像はつく。砲撃で崩落した扉と玄関ホール部分を抜け、原型を止めている階段を下る。どこの貴族の邸宅でも、調理室があるのは下の階だ。

 上の階には訓練場や参謀たちの詰め所、それに、一応は軍属扱いの妻や娘、息子といった人々がいるので、余った部分はどうしても地下になる。しかも地下のほうが保存が効くし、何よりも敵に包囲されてしまっても地下部分はトーチカとして機能しうる。つまり、地上部分を吹き飛ばされたところで地下部分が壕となり、抵抗を続けられる。

 そして食料がその地下部分にあれば、より長い時間耐えきることができる。地上部分にあれば吹き飛ばされる可能性もあるが、地下の貯蔵庫については砲弾の命中率がぐっと下がる。結果、どこの貴族の邸宅でも、辺境伯や公爵といった国防を担当している者たちならば下に食糧庫があるわけだ。


 というわけで、案の定食料を発見する。みたところ数日は数千人単位の食料を賄えるくらいの貯蔵があった。うんうん、これならなんとかなるだろう。

 取り敢えず、積まれているチョコレートを齧り、多分寝床を探している二人のためにポケットとポーチのなかにありったけを詰め込む。多分、ここから数時間は休み無しだろう。

 戦闘中に齧ることもあるだろうから、多めに持っていくに越したことはない。


 再び階段を上り、二人が来るのを待つ。数分もしないうちに二人も戻って来る。どうやら、目的の場所は見つかったらしい。


 「海凪様、茉莉、おかえり」

 「リラ様! 寝床、ありましたよ」

 「地上二階、二回右折したあと直進」


 おそらくバルコニーがあったところだろう。砲撃が当たりやすい位置にあるから、ひょとしたら早晩吹っ飛ぶかもしれないが。


 「じゃあ確認も終わったから外出るよ、戦闘開始だ」

 「了解」


 邸宅を出て、海凪は飛行術式を、私と茉莉は魔女箒を起動する。ややあって海凪は空へと浮上し、私達は空へと駆け上がる。


 「私は後方の第二梯団を叩く、二人は連絡線をお願い。茉莉は案内を任せた」

 「ん」

 「あの……」


 海凪が恐る恐る尋ねてくる。


 「後方の第二梯団を二人で叩いたほうが良いのでは?」

 「そうしたいのは山々なんだけどねぇ……」


 なにせ、私には事情しげんあつめがあるのだ。例えば精霊魔術けんきゅうの資料あつめとか、研究続行のための資材あつめとか。ということで、二人は頑張って連絡線を遮断してくれれば良し。

 いやだって、ほしいんだもん、資源!


 「?なにか事情がお有りなのですか?」


 こちらの心の底が読めないらしい海凪がそう尋ねてきたので、少しため息交じりに、そして呆れ顔で見返す。もちろん本心から呆れているわけではないが、こうすると相手は「自分の察する力が足りない」と思ってしまい、それ以上追及できなくなる。

 話したくない時の常套手段だ。


 「海凪様、沙羅、困ってる」

 「あぁ……、すみません。気を遣うのは昔から苦手でして、お気分を害されたのなら申し訳ございません」

 「そ、そこまでじゃないから大丈夫。……、それより、早く行こう」


 二人はこくり、と頷く。

 それを見て、私は魔女箒を起動。右手に持っていた箒に跨り、そのまま戦闘加速を開始する。後方に風を巻き起こしたようで少し申し訳ないが、まあ、それくらい茉莉達ならなんとかなるだろう。スカートの一枚くらいめくれたかもしれないけど。


 「……、いっくよっ!」


 自分を鼓舞するように、そう叫ぶ。

 それと同時に、頭を戦闘の思考に切り換える。


 「計算開始」


 さっきの鼓舞する熱い言葉と裏腹、冷徹な思考が頭を駆け巡る。敵はこちらの精霊術発動に気がついたらしい。現在、魔女箒は精霊魔術ではなく精霊術で動いている。

 複合魔術核の、各魔術核の出力波長同士を干渉させて擬似的に精霊核と同じようにしているのだが、これでも精霊術になるらしい。きちんと精霊を介して精霊術が行使されている。これに関しては何故かできてしまったものなので、あとで研究が─。


 「っ、ちっ」


 精霊術発動時特有の電磁波を、敵に、完全に感知された。敵レーダー波の反射を確認する。電磁式〈リバース・リフレクト〉、電磁波の波源を探るものだが、それでこちらも敵からの位置を確認する。

 一時方向、距離2000(2キロメートル)。


 「〈メビウスイグジスト〉」


 精霊術を発動、視界が一瞬白濁。敵を感知、対空戦車型二十、対空車両型十六、そのほか輸送型等、総計二百前後の大規模な輸送部隊。無停止連続進撃をして、北方戦線を押し流すつもりらしい。

 こちらが対応する時間を与えず波状攻撃を仕掛け抵抗力を撃砕する、当に数の暴力。僅かな抵抗など撃砕してみせるつもりなのだろう。だが、そのためには輸送部隊を絶え間なく酷使して、前線への補給を絶やさないことが必要になる。


 対空車両型からミサイル、対空ロケットの発射を感知。

 電磁式〈アクティヴディテクション〉、レーダーと同じ原理で敵を感知するものだ。電磁波の反射を捉えるが。


 「っ、パルス!?」


 電磁パルスが生じる。〈アクティヴディテクション〉を切り、代わりに飛行術式を組み換え、更に加速。電磁波が頼りにならない以上、近づいて目視するしかない。

 ミサイルが大気を揺らす音を聞きながら、距離を詰める。残り1500、1400、1300……。


 「見えた」


 加速したまま急激に高度を上げる。運動エネルギーの大半を位置エネルギーに変換し、それ故に高度の代償として速度が低下。ミサイル群はこちらを捉えると、まっすぐ向かってくる。

 散弾ミサイル、空中の一定領域内に散弾をばらまくものだ。ミサイルの速さから種類を割り出し、おそらく散弾ミサイルだと結論づける。敵はこちらの精霊術を感知して追尾してくるが、だからこそミサイルの動きは読みやすい。


 「〈ブレイズブレード〉」


 電磁式〈ブレイズブレード〉、高周波の仮想的な振動刀を以てあらゆるものを切断する、精霊術の中級術式。空間演算がややこしいためあまり好まれないらしいが、そんなことは関係ない。ミサイルとブレードが交錯、数百メートル延伸された刀部分は見事にミサイルを叩き斬る。

 代わりにブレードの延伸は解除され、手持ちサイズにまで戻ってしまう。突撃銃の先端部分に青い光が走り、高周波の刀が再び発現。


 「機関砲……」


 ミサイルを迎撃したのもつかの間、機関砲弾が襲いかかってくる。


 頭をフル回転させて、回避するか、それとも薙ぎ払うかを考える。

 ……、弾幕密度希薄、回避可能。速度を上げると同時に一気に駆け抜ける。弾幕の雨を、速度をいきなり下げて、あるいは上げて躱す。

 近づくにつれて、さらに音が激しくなる。そして、視界の一面に爆炎、爆炎、爆炎、また爆炎。右左に踊る高角砲弾、高射砲型までいるらしい。体をかがめて殺傷範囲から逃れる。敵が、それを見越して機関砲を掃射。

 ……、回避不能、薙ぎ払うしかない!


 「〈ブレイズブレイド・第二形態フォルムベータ〉ッ!」


 一瞬、視界が白濁。その一瞬のうちに、弾丸が腕を掠める。腹立たしいが、こればかりは仕方ない。高電圧で周囲の弾丸全てを焼き払い、そのかわりに高周波ブレードが消失。

 急いで術式を再構築。同時に、予め用意してあったもう一つの術式を発動する。


 「〈エレクトロンフィールド〉ッ!」


 前方に強力な電磁場を、その更に前方に強磁性化空間を構築。前方を通過したあらゆる金属類は一瞬で磁性化され、その影響のために電磁場で運動方向を変化させられてしまう。上級の精霊術であり、空間演算が煩雑かつ解きにくい形をしているため、長時間発現すれば頭が焼ききれる。

 軽い森を抜け、ようやく敵の本体を目視する。距離残り300(300メートル)、加速を続けながらライフルを指向。


 「吹き飛べ」


 電磁式〈コイルガン〉を発動、高加速された弾丸は、特に影響を受けずに電磁場を通過し、その後に磁性化される。そのため、こちらの弾丸は敵に命中、対空戦車型一両が犠牲となる。

 敵の対空車両型や高射砲型がこちらに機関砲や高角砲を向けてくる。


 「バーカッ!」


 高度を一気に下げる、と同時に加速を止める。流石にこれ以上加速すれば、操作不能で地面に激突しかねない。超低空、地面から僅か5メートル程度まで降下。高射砲も機関砲も、これほど低い高度の敵を相手にすることを想定していない。

 対空車両型が最後の足掻きとしてミサイルを撃ってくる。垂直発射機(VLS)では着弾までに時間がかかると見たのか、通常の発射機からの一斉射。六発のミサイルがこちらに向かってくる。


 ……、回避不能、危害半径からの離脱不能。

 凄絶な笑みを浮かべていることだろう。


 「電磁式〈ポジトロンライフル〉」


 銃弾の代わりに陽電子が装填される。被爆覚悟で、陽電子銃ポジトロンライフルを放つ。六連射、ミサイルは被弾してセンサ部分が溶解。これにより爆発することもなく地面へと落下していく。地面に衝突しても、信管が破壊されている以上は爆発しない。

 残り50、最後の50メートルを疾駆する。機関砲弾もはるか後方に着弾、つまりここは安全圏。


 「〈ブレイズブレイド・第二段階フォルムベータ〉ッ!」


 視界の白濁。直後に高周波ブレードが延伸し、周囲の対空車両型、対空戦車型が薙ぎ払われていく。一振り、大振りして、同時に減速。


 周囲に爆炎が踊る。そのただ中、私は地に降り立つ。

 周囲に広がる残骸、それをただ眺める。それ故に、私の顔が微笑んでいることに、私自身こそが気づかない。

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