愛二乗=砂糖一袋?
放課後になったので、校舎がざわめく。
「果穂子かほこ~!行こ!」
花を散らして現れたのは私の彼氏である。
駅前のケーキ屋がおいしいと評判なので行こうという話なのだ。
その駅前のケーキ屋は今日も繁盛していた。
女性客に。
その空気を物ともせずにメニューを選ぶ男がここに。
「モンブランにするべきか、
いちごのショートケーキにするべきか…」
私の真横で真剣に悩んでいた。
「あのさ、どうして横に座るのよ。
あんた一人で座りなさいよ」
びっ、と空いている席を指す。
「えぇ~。こっちの方が果穂子が近いのに」
イヤと断る彼。
「明らかにおかしいでしょ!
あっちが空いてるのに」
「イヤ」
「も~!!
ほら、周りの人が笑ってるじゃない!」
微笑ましさに暖かい目で見守られる。
この時、実は店内全てが注目していた。
「あ、こんにちは~」
「ちがーう!誰があいさつしろって言ったのよ」
「俺はいちごのショートケーキにするね」
「あ、私はカプチーノにするわ」
流れた会話に店内がほっとする。
いつの間にかウェイトレスが注文をとっていた。
それだけ注目の的なわけで…。
横で急にしゅんとなった彼。
理由を聞いてみた。
「果穂子が俺のこと名前で呼んでくれない…」
「は?」
思わずそう言っていた。
「高一の冬から言ってるのに…」
のの字を書き出す始末。
「名前忘れたんだ…」
テーブルにうつ伏せる。
「ちょ、知ってるわよ!大君おおきみ 雪哉ゆきやでしょ!」
むくっと起き上がる彼。
「じゃあ名前も言えるよね?」
「うぐっ」
言葉に詰まるとはこのことである。
「果~穂~子」
期待の眼差し。
「果穂子っ」
せかすように言う。
「果穂子?」
心配そうに果穂子を見る。
「だ、だって…」
か細い声で果穂子が言う。
「そんなことしたら、バカップルみたいで恥ずかしいじゃない」
「いいから呼んでよ。果穂子に呼んで欲しいんだ」
そんなことかと安心していた一同は、息を呑んで見守る。
彼女は赤い顔のまま目を泳がす。
「だめ?」
果穂子が問う。
うっ、と雪哉が止まった。
ちょうど身長の関係で上目遣いになっていたのだ。
いいよ、構わないよと言い出したい気持ちを抑えて果穂子を見る。
果穂子は深いため息をつく。
そして、
「…ゆきや」
かすかな声で呼ぶ。
幸せそうに笑う彼。
心なしか果穂子に近づいている。
確実に近づいている。
「ちょっ、こんなところでするつもりじゃないでしょうね!?」
雪哉の体を押さえる。
顔を寄せる雪哉。
「だめ?」
「だ、だめに決まってるじゃない!
人が見てるってば!!」
身を乗り出して、見ていた一同はわざとらしく咳をして席に着く。
いかにも白々しらじらしい。
「じゃあ、すぐに出よう」
立ち上がる雪哉の腕を引っ張る。
「ちょっと、ケーキは!?それを食べに来たのに」
「確かここって持ち帰りが出来たハズだよ」
話を聞いていたらしいウエイトレスが頷く。
ある意味死刑宣告。
その後、ケーキ屋にいた人全員が
恋人が懐かしくなったり、欲しくなるなどの症候群が現れた。
そして恋人を連れて店に来る。
結果ケーキ屋は大繁盛。
ここでケーキを食べたカップルは幸せになれるというジンクスまで誕生した。
「あんたのせいよ。前行ったら半額にされたじゃない」
「あ、俺もだよ。彼女は一緒じゃないんですか~?って聞かれた。
それよりちゃんと名前呼んでよ」
「イヤ!!」
「そんなぁ~」