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愛 二乗  作者: 花ゆき
中学生編
31/37

愛二乗とクリスマス

 


 冬休み。大君が家の窓から見た景色は快晴。

 けれどそんなことどうでもよかった。


 またフラれた。

 もうしばらく誰とも付き合いたくない。

 少なくとも好きだったんだ。いなくなって悲しい程に。

 俺のどこが悪いんだろう?


 思考を遮るように電子音が鳴る。

 携帯電話のディスプレイには”遠山 啓一”。

 迷う事なく取る。


『雪哉。クリスマスパーティー、本当に来ないのか?』

「もう断っただろ」

『お前冬休み入ってから付き合い悪いな。終業式で何かあったのか?』


 啓一にも言いたくなかった。


「別に」

『なら来れるよな』


 しまった。はめられた。






 果穂子は枕を抱えて視界を遮っていた。

 大君くんは清子ちゃんと付き合うことになった。

 私がいくら好きになっても駄目なんだ。泣きたい。ほんと馬鹿。


 声が聞こえただけで何処にいるか分かるくらい好き。

 足音でだって分かる。

 フラれたのに、どうしてまだこんなに好きなのかな。


 でも、もう終わらせなきゃ。


 靴箱で会った。目は合わせられなかった。

 ずっと目が合わないようにしてた。


 大君くん、フラれた今でも好きです。

 好きだから胸が苦しいです。

 恋なんてしなきゃよかった。


 クリスマスパーティー、大君くんが休むという話を聞いた。


『だから果穂子来たほうがいいよ。気晴らしに、ね』


 皐月は私の事情を全て知っている。

 気遣いが嬉しかった。


「うん、行く」




 行って楽しもう。

 そして来年はいい恋をしよう。

 そう思った、はずだったのに――。



 大君くんがいた。



 皐月に目で問うと、慌てて首を横に振った。

 そして遠山君を見ると、してやったりという憎たらしい顔で笑っている。

 まぁいいか。大君くんはクラスの中心だし、関わることもないはず。


 人を避けて、私はこたつに足を入れた。

 暖かさに顔を緩ませていると、皐月と遠山君まで入ってきた。


「冷たい手で触らないでよ」

「んー、暖をとってる」

「こたつでとれば」


 皐月は上手くいっているみたい。

 私はこのクリスマス会で浮いている。

 余計鬱になった。


 そんな時隣に大君くんが入ってきた。

 他の席は皐月と遠山君で埋まっている。

 仕方がないことだけど、逃げたかった。



「おっ、雪哉どうしたんだ。いつもならあいつらともっと話すだろ」

「別に」

「テンション低いなー。皐月、向こうに行くぞ。七面鳥うまそう」

「ちょっと、手離しなさいよ。引っ張らないで!」



 こたつに取り残された二人。


「平田さんはパーティ楽しめてる?去年来てなかったよね」

「去年は家族と過ごしたから」

「そっか」


 気まずい沈黙。

 耐えられなくなった私は自ら話題をふる。


「大君くんっていつも遠山君といるわけじゃないんだね」

「俺はいろんなヤツと話したいからな。で、あいつはそーゆーのないみたい。淡白なやつだから」


 私は遠山君を見た。

 皐月を連れまわして楽しそうに笑っている。

 淡白には見えなかった。


「けどあいつは柿本さんだけは別みたいだな。

 見てるほうが恥ずかしくなるくらい情熱的で、大切にしてる。

 俺もああいう恋がしたい」


 大君くんは目に見えるくらい疲れていた。

 目に力がない。ただ、遠くを見ている。

 心配だよ、大君くん……。



「そういうのは人それぞれだと思うな。

 大君くんは大君くんのかたちがあるはず。

 だから気にすることないよ」



 どうして励ましてるんだろうね。

 馬鹿だね、私。

 それでも落ち込んでいる大君くんを、放って置けないくらい好きなんだよ。



 大君くんは目を覚ましたようにこっちを見た。

 そこで初めて私がいると気付いたように。








 何もない世界にいた。

 時々そよ風が吹く。

 友人の声だった。

 俺を揺るがすことはなかった。


 ある時大気が震えた。

 女性の高くもなく、低くもない声は俺を現実に戻した。


「そういうのは人それぞれだと思うな。

 大君くんは大君くんのかたちがあるはず。

 だから気にすることないよ」


 目の前に平田さんがいた。

 まぶしさに目を細めた。



 この子は力をくれる。

 彼女の言葉で俺は何度力を取り戻しただろう。


 下を向く俺に、彼女は肩を叩く。

 顔を上げると微笑む彼女がいる。

 俺は気取らなくていいんだ。

 少し情けないぐらいが俺。



 力をもらう度、彼女という存在が大きくなる。

 輝いて見える。大切になる。

 もう、無視出来なくなっていて。

 ごまかせない。



 彼女が俺にとってとても大切な人だということを。



「ねぇ、大君くん」

「な、何かな」


 俺がこんなことを考えているなんて悟られたくなくて、平静を装う。

 それなのに冷たい手が俺の手に触れた。

 コタツの中手を握る。


 動揺が隠せなくて彼女を見た。

 彼女は俺を濡れた目で見ていた。



「見てるほうが恥ずかしくなるくらい情熱的な恋を、大君くんとしたい」



 やばい。

 ほんとやばい。

 何かが奥からこみ上げてくる。


 抱きしめたい。

 大丈夫だよって頭を撫でてあげたい。

 額にキスを贈りたい。

 彼女のふっくらした唇に――。




 頭が真っ白になった。


 俺は何を考えているんだ。

 彼女とは友達で……そう友達。

 それ以上でもそれ以下でもない。

 一体何をしようとしていたんだ。


 俺の中で、とても大切な女の子。

 だから大事にしたい。



 俺は臆病さゆえに、彼女から目をそらした。





 ぬくもりが離れていく。

 引き止めたいと思うのは俺のわがままなんだろう。



 俺は臆病になった。


 姉の影響で女の子は皆大切にしようと思ってた。

 幸せにしようと思った。

 実際は叶えられなかった。


 俺が平等にするあまり、彼女との気持ちのずれが起こったのだ。

 そしてその中でトクベツを見つけた。

 彼女といると楽しかった。

 けれど、そのトクベツさえも傷つけた。


 清子ちゃんのようにだめになるんじゃないかって、怖かった。

 大切にしたいから俺から離れた。

 けれど俯いている彼女を見て、胸が締め付けられた。


 俺は後悔している。





 あれから一言も話さずに、クリスマスパーティが終わった。

 けれど更に帰り道が一緒になった。

 気まずくてやけに早歩きになる。


「家、着いたから」


 この言葉でようやく息苦しさが薄れる。

 足取り軽く家に入っていく彼女。

 何かが口から出掛かって、もどかしい。


 このままでいいのか!?




「メリークリスマス、来年はよい年を」



 俺がようやく言えたのはこの言葉だった。

 平田さんは大きく振り返った。

 瞳が揺れている。

 眉を寄せて何か言いかけた。



「姉ちゃんー、宿題教えてー。姉ちゃんー?」


 家の中から声がした。

 平田さんは肩を震わせる。

 目を伏せて、すぐに家へと入って行った。



 俺はしばらく、彼女の消えたドアを見ていた。

 そしてゆっくり足を踏み出した。



 二階から彼女が見ていると知らずに。






 平田 果穂子、二回目の失恋です。

 なのにどうしてまだ好きなんだろう。

 もうすっぱり諦めて他の人を好きになりたい。

 楽になりたいよ。


 けど、ふとした瞬間に大君くんが私をじっと見つめるから。

 優しい大君くんだから。


 何度も何度も好きになる。



 清子ちゃんと付き合っているからフラれたんだよね。

 彼女を大切にする人だから。

 清子ちゃんには敵わないなぁ。



 私は涙がこぼれないように上を向いた。


『メリークリスマス、来年はよい年を』

 大君くんのあの言葉は何だったのかな。





 大君 雪哉、只今自己嫌悪中。

 誰より大切にしたいのに、傷つけるしか出来ない。

 もう俺駄目駄目じゃん。


「雪哉、しゃきっとしなさい。まったく冬休み中ずっとダラダラして!」

「俺はもう駄目だよ姉さん」

「へぇー、珍しくへこんでるのね。その理由お姉さまに話してごらんなさい」

「どうせ笑うんだろ」

「ばれた?」


 そりゃあ、笑いながら言ってますからね。


「でも言ってみなさい。お姉さまの経験豊富な知識で答えてあげるわ」


 確かに姉さんは恋愛に関してはエキスパートだ。

 言ってみようかな。




 これまで起こったことを全て話した。

 姉さんは眉間を寄せて考え込む。

 人差し指が神経質に机を叩く。

 そして一定のリズムが途絶えた時、姉さんは無の表情で俺を見ていた。

 やばい。


「意気地なし。馬鹿。大馬鹿。何を大切にすればいいかも分からないの?

 人類皆平等なんて言葉があるけどね、あれは嘘よ。

 この世界では誰かが幸せになる裏で、誰かが不幸になってるの。

 皆幸せにってあんた神様のつもり?

 自分一人も幸せに出来ない奴が人を幸せにするなんて綺麗事言うな。

 雪哉はどうしたいの。逃げないで考えなさい」


 さすが姉さん。きつい意見も遠慮なく言う。

 そんな姉さんらしさに救われる。


「そうだね。自分がどうしたいか、考えなくちゃ。

 ありがと、姉さん」


 俺は考え込むために部屋に向かった。




「世話の妬ける弟」


 言葉とは裏腹に微笑む姉がいた。

 その日、大君家を尋ねる者がいた。


「啓一?」


 啓一は鼻を赤くして、手をコートに入れていた。

 吐き出す息は白く色づく。


「何の用だよ。とにかく家に入れ」



 大君の部屋で、ホットココアを飲んだ啓一はようやく口を開いた。


「お前冬に何があった。清子ちゃんは?平田は?話してもらうぞ」

「黙秘権を行使「できると思うのか?」

「はい、話します」


 大君はこれまであったことを話した。

 清子ちゃんと平田さんの対決。

 清子ちゃんを選んだこと。清子ちゃんと別れたこと。転校してしまうこと。

 平田さんからまた告白されたこと。

 フッたこと。



「雪哉、お前何がしたいんだ?

 清子ちゃんを選んだ理由も彼女を傷つけたからだろ。

 お前が一緒にいたいのは誰だ?大切にしたいのは?」


 浮ぶのは初めて会話した時の彼女。

 一緒に昼食を食べたっけ。


「お前の悪い所は回りに流されるところだよ。

 自分で道を決めろ。

 そのために流される涙があっても振り返っちゃ駄目だ。

 お前が選んだ結果をかみ締めて進め」


 啓一が言うことはどれも正しかった。

 選んだ犠牲が怖くて、選べなかったんだ。


「後悔するなら、やってから後悔しろ!」


 心にモヤモヤとたまっていた霧が晴れていく。

 そう。怖がるより進むんだ。

 後悔するなら行動してから。



 大君の目に光る決意を見て、啓一は満足そうな顔をした。

 背中を勢いよく叩かれる。


「行って来い!」


 啓一に背中を押され、部屋から出た。

 行こう、彼女の元へ。







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