愛二乗=“デート日”
大君はカレンダーを見る。
もう十月だ。時がたつのは早いなー。
そして今日は日曜日。
“デート日”。
決まった経緯はこうだ。
「デートしたいよねー」
「そうですよね」
「でも、どちらかを選んでもらうんだから公平でないと。デートは交代でしましょ」
「賛成です!」
「あの、俺の意見は?」
まあこんな感じで決まったのだ。
今日は平田さんとデートの日。
待ち合わせには俺がいつも早く着く。
待たせたくないからね。
平田さんは先に待っている俺を見て、いつも慌てて走ってくるのだ。
「そんなに急がなくていいのに」
「だって待たせてるから」
こういう気遣いをする平田さんは可愛いなぁって思う。
「何処行こうか」
「ゲーセン!」
手を上げてまで答える平田さん。
俺はニヤッと笑う。
「勝てないのに?」
「今日は勝てそうな気がする!」
「じゃあ負けたほうは「ジュースを奢る、でしょ?」
こんな展開が読めるほど、彼女とデートした。
「そう。負けるつもりはないけどね」
「くぅ~、今日こそは奢らせてやるー!!」
数時間後、俺達はドーナツ屋にいた。
「ゴチになります」
俺ははつらつとして言った。
財布の紐を解く平田さん。
ああ、小銭数えてる。
そんな彼女を隣に、ドーナツをトレーにのせていく。
その量に平田さんはぎょっとしていた。
「そんなに食べるの?」
女の子からしたら三つは多いのかもしれない。
「そうだよ」と短く答えた。
向かい合って座るような席に移動する。
互いのトレーで机が見えなくなった。
狭い。いや、普段はそんなこと思わない。
原因は平田さんだ。トレーがぶつかる距離にいるだけ。
それだけなのにどうして緊張するのだろう。
目が合った。正面を見れない。
気まずくて、視線を落とした先に救世主がいた。
そっと彼女のトレーにドーナツを置く。
彼女はびっくりして俺を見る。
「いつもジュース奢ってもらってるからお礼だよ」
「うっわぁ~、嫌味だ」
そう言いながらも彼女はありがとうと笑って食べる。
買ってよかった。
帰り道、夕飯時のためか人が多い。
人の波に逆らって歩くのは大変だ。さっきからいろんな人がぶつかっていく。
それは平田さんも同じだったようだ。すでに人ごみに流されている。
思わず彼女の手を掴む。
ほっとため息をついてから「危ないところだったね」と彼女に笑いかける。
彼女はりんごよりも赤い顔をしていた。その視線の先を見て慌てる俺。
さっきとっさに平田さんの手を取ったけど、これって、これって。
「ごめん、今手を離すから」
けれど手が離れることはなかった。
強く握られた手がそれを拒むのだ。彼女に視線で問う。
平田さんは地面を見たまま小さい声で呟いた。
「このままがいい……」
消え入りそうな声だった。それでも、確かに俺に届いた。
そしてその言葉は何度も俺の頭を駆けめぐった。
いつまでも反応がない俺に彼女は「ごめん」と言って手を離そうとする。
俺は急いで手を握った。
「このまま帰ろう」
彼女はこくりと頷いた。
あっという間に彼女の家に着いてしまった。けれど楽しかった今日はおしまいだ。
俺は後ろ髪をひかれるような思いで背を向けて歩き出す。
急に家に入る平田さんが見たくなって、振り返る。
すると寂しそうな目をした平田さんと目が合った。俺を見ていたんだ。
けれど俺と目が合った瞬間、花が咲くように笑ったのだ。
「また明日」
「うん」
それだけしか言えなかった。
胸の奥が妙に苦しくて、足を早めて帰った。




