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別の世界ではただの日常です

投げ銭試験

作者: 茅野榛人

 バーチャルとは素晴らしい文化だ。現実では絶対不可能であることを、仮想現実の中で実現させることができる。

 そしてバーチャルムーバーもまた素敵な文化だ。現実では実現不可能な位美しい姿で僕たちに声をかけてくれるのだ。

 僕は生まれた時から社会人に至るまで、現実の女性に何の感情も抱くことができなかった。ましてや男なんかにも。

 そんな時だった。全世界の動画投稿サイトに革命が起きたのだ。一切自分の姿を出さず、バーチャルの体と一体化した姿で動画を作成・投稿をしている『神月あい』というムーバーが現れた。やがて神月あいのような動画の作り方は瞬く間に流行し、ついには『バーチャルムーバー』という1つのジャンルが誕生した。

 そんな革命が起きてしばらく経ったある日、僕は動画を漁っているうちに、1人のVムーバーに目が留まった。シチュエーションボイスを主に投稿している『白銀ゆき』だ。

 僕は何だか分からない不思議な感情を覚えた。そう、異性に抱く感情だ。僕は初めて異性への気持ちを理解できたのだ。

 それからというもの、僕は暇ができれば決まって白銀ゆきの動画を見るようになり、ライブが開かれたときは必ず1回は投げ銭をした。僕はみるみるうちに白銀ゆきの虜になっていった。バーチャルとは、素晴らしい文化だ。

 しかしそんなある日、何の変哲もない朝のニュース番組でこんなニュースが流れてきた。

「たった今入ってきたニュースです。バーチャルムーバーの生みの親、神月あいさんの友人男性2名が、何者かに殺害されたとのことです」

 Vムーバー業界に激震が走った。その日は衝撃で仕事にならなかった。

 その日の夜、全世界のVムーバー全員が、神月あいへの慰めの言葉、そして友人2人への追悼の言葉、犯人への憤怒の気持ちを伝える動画を一斉に公開した。

 推しではないとはいえ、このジャンルを築き上げてくれた張本人の友人が殺されたため、とてもショックだった。

 翌日、次はこんなニュースが流れてきた。

「バーチャルムーバーの生みの親、神月あいさんの友人男性2人を殺害したとして、35歳無職のO容疑者が逮捕されました。調べによると、O容疑者は取り調べで『神月あいに2人の男友達がいることが分かって、執拗にくっついてたから殺した』と、容疑を認めているとのことです」

 犯人が捕まったのは良かったが、それより僕は取り調べでOが言っていたという『神月あいに2人の男友達がいることが分かって』という言葉に鳥肌が立った。

 恐らくOは神月あいの住所を特定して、ストーキング行為をしていたに違いない。そして2人の友人を目撃して、嫉妬したOは……実に自分勝手な犯人だ。

 あれから数日が経った。

 僕の推し、白銀ゆきも、配信や動画投稿を行うペースを取り戻すことができておらず、SNSの更新も滞っていた。白銀ゆきに限らず、Vムーバーたちの心の傷は、未だに癒えていなかった。

 さらにはVムーバーを志す人たちが急激に減少し始め、徐々に信頼を失っていった。Vムーバーになると友人が殺される……そんなイメージが少しずつ広がり、固まってしまったのだ。

 事は想像以上に最悪になって行った。そしてとうとう法律が動いた。新しい制度が可決されたのだ。その名も、『投げ銭免許制度』だ。

 この制度は、投げ銭教習所で教習を受け、投げ銭免許試験場で試験を受け、免許を取得しなければ、Vムーバーへの様々なやり取りが不可能になるという制度だ。

 つまり、Vムーバーへの投げ銭やチャットはもちろん、配信の閲覧、さらには現実世界での接近が全て、免許制になったのだ。

 さらに、一度試験を受けて不合格になった場合、再試験をすることは出来ないのだ。試験は一発勝負なのだ。

 僕は早速免許を取得するために、投げ銭教習所に入校した。

 しかし僕は入校の申込をする時に記入した、ある項目が気になった。

 その項目の文面はこうだ。

『自分の推しのバーチャルムーバーの名前を下の空欄に書いて下さい』

 その文字の下には長方形の四角い空欄があった。空欄には『白銀ゆき』と書き込んだが、これが後々何かに効いてくるのだろうか。

 教習では、Vムーバーたちが下積み時代や、どのような思いでVムーバーになったかなどを話すVTRを見たり、投げ銭をするタイミングや、どういった場面でどれくらいの金額を投げ銭するべきなのかなどを教わったりした。

 Vムーバーや投げ銭に関してあまりにも知識が乏し過ぎる自分自身に羞恥と嫌気を覚えた。

 その後も教習所に通い続け、明日、ようやく卒業試験というところまで来た。

 試験当日、早々と支度を済ませて、SNSを見ながら心を整えた。

 何しろ一発勝負だ、遅刻も不合格も絶対に許されない。

 呼吸にも気を使いながらSNSの書き込みを見ていると、変な書き込みを見つけた。

 書き込みには『白銀ゆきを頂戴した。もし彼女を助け出したければ、午前九時までに画像の場所に来い。もし午前九時を過ぎたら、白銀ゆきは一生俺のものだ』という文章と、ロープで椅子に縛り付けられ、口にテープを貼り付けられている女性が写った、一枚の画像が載せられていた。

 背筋が凍った。

 僕の推しが誘拐されたという異常かつ初の経験をして、暫く体が動かせなかった。

 しかし僕の心には、不安もさることながら、ほんの僅かな希望を抱いていたのだ。

 画像に写っている場所は他でもない、僕が通っていた小学校の屋上だったのだ。

 直ぐに警察に情報提供をしようとしたが、下手に犯人を刺激する可能性や、既に誰かが通報をしている可能性を踏まえて、情報提供はしないことにした。

 残されている方法はただ一つ、書き込みの言う通りにすることだ。

 直ぐに小学校に向かおうと考えたが、ふと時計に目をやると、八時二十分を指していた。

 小学校へは、どんな交通機関を利用しても三十分はかかる。

 二者択一だ。

 推しを取るか……免許を取るか……。

 思考を巡らせた結果、僕はある仮説を立てた。

 僕のスマートフォンは何者かに遠隔操作され、白銀ゆき誘拐の書き込みは僕だけに見せられているという説だ。

 つまり、白銀ゆきは誘拐などされておらず、ここで試験場に向かったら不合格になるということだ。

 卒業試験だ、一筋縄では行かない。

 僕は自分の立てた仮説を信じて小学校に向かった。

 小学校は既に廃校になっており、人気が殆どなかった。

 急いで屋上に向かうと、そこには書き込みの画像に写っていた白銀ゆきの中の人がいた。

 直ぐにロープをほどき、口のテープを剥がした。

「ありがとう!君、勇気があるんだね」

 聞き覚えのある声だ、間違いなく白銀ゆきの声だ。

 直ぐにこの廃校から逃げなくてはと、白銀ゆきの中の人を連れて階段を駆け下りた。

 しかし二階まで降りたその時、一階に続く階段の道を、フルフェイスのヘルメットをかぶった人物が塞いだ。

「君と引き換えに彼女は帰す」

 若い男の声をしているその人物はサバイバルナイフを持っており、少しずつ私たちの方に近づいてきた。

「あっちから逃げるぞ!」

「うん!」

 ここは僕の母校なため、しっかりと校内のマップは記憶していた。

 私たちは、反対側にある階段を目指して必死に走った。

 何とか一階まで降りるこに成功し、昇降口から外に出ようとした。

 その時だった。

 背中に鈍い痛みが走った。

 しかし僕は男に抱きつき、必死に男の動きを封じた。

「逃げろ!」

 そう叫んだ後、僕は意識を失った。

 しかし意識を失う直前、僕はパトカーのサイレンの音を聞いた。

 白銀ゆきの中の人は、無事だろうか。


 気がつくとそこは病院だった。

 何とか一命は取り留めたようだった。

 この大怪我は、誰しもが経験するのか、それともアクシデントなのか、僕には分からない。

 それより白銀ゆきの中の人はどうなったのだろうか、逃げることは出来ただろうか。

 翌日、スーツ姿の男が二人やって来た。

 恐らく投げ銭免許に関わる職業の人たちだろうと思った。

「白銀ゆきの中の人、どうなりました?」

「白銀ゆきの中の人? ああ、無事ですよ、犯人も逮捕されました」

「よかった……で、僕の免許は?」

「貴方の免許? と言いますと?」

「いや、投げ銭免許は、取得できますか?」

「投げ銭免許……ああ! それなら……大変お気の毒なのですが……欠席ということで……不合格になりました」

「……え?」

「あ、申し遅れました、私たち、こう言うものです」

 二人は警察だったのだ。

「そんな……じゃあ……なんで入校する前に自分の推しを記入させられたんだ……」

「ああ、それはですね、もし、自分の推しを書く欄に何も書かなかった人は、Vムーバーへの気持ちが弱いと判断して、たとえ卒業試験まで行っても絶対に不合格になるようになっているんです」

「そんな……じゃあ白銀ゆきの中の人が誘拐されたってのは……本当に起きていた事件だったのか……」

 しかし僕は投げ銭免許が取得できなかったという絶望感よりも、白銀ゆきの中の人が無事と知ったことによる安心感の方が強かった。

 その後、僕はVムーバーへの無免許接近で逮捕された。

 推しに投げ銭をすることは出来なくなったが、命をかけて推しを救うことが出来た。

 それだけで幸せだ。

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