この靴底が目に入らぬか
さて、
「俺は情報収集に街へ向かう。お前はどうする?」
「私に自由意志はありません」
「めんどくせぇな殺すぞ」
「……」
真夏マフラー(よく見ると結構若い)は時間が経つにつれて元気がなくなっていき、今や立っているのもやっとという様子だ。未だかつてあの術を食らってここまで自我が残る奴はいなかったのだが、この様子を見るに効果は相手のメンタルに影響されるのかもしれない。思えば今まで使ってきた相手は心が折れてるやつばかりだったし。
「じゃあお前は可愛い光魔法くんとかの持ち物を探しとけ。そっから居場所特定できるかもしれんから」
「…はい」
「それにまだ裏切られたと決まったわけじゃない。聞く感じいないのは全員便利魔法とか防御特化タイプだろ?生かされてるだけの可能性もある」
「…」
「ついでにここらの死体の処理も済ませとけ。血の匂いが減れば俺の手持ちの追跡術も使える」
「はい」
正直魔法の痕跡的に少なくとも二人は特大火力の光魔法で跡形もなく消滅してると思うんだが黙っておく。
死体の火葬を始めたマフラーを尻目に地図を拝借して街を目指す。近くにあるのは魔法を教える学校があるブレイクウッドという街で、生まれ育った人間は老若男女貴賤貧富にかかわらず魔法を使えるという。それも七割以上が成人するまでに二属性以上の魔法を会得しているという。
「独学でやると単属性を遣いこなすのが関の山らしいからな。この世界で一芸特化はちょっと危険すぎる」
魔法の国ガンドヘイム。この国に来た目的は多くあるが、そのすべてがとにかく魔法を会得しなければ始まらない。兎にも角にも魔法だ。達人となれば世界を思うがままに変えることもかなうという魔法。期待で胸が高まるのをどうして抑えられようか。早速検問所に備えて血を落とさなきゃ。
「ここを通すことはできない。立ち去れ」
首都どころか辺境の街で門前払いを食らうとは思いもよらなかった。
「…なんでだ」
「見るからに怪しいからだ」
一体どこが怪しいというのか。服装は強奪村から強奪してきたものだし、隠し持っていた暗器の類もほぼマフラーに預けてきた。それがボディチェックもなしに門前払いとは一体どういうことなのだろう。
「第一こっちはこの街の裏口のようなものだ。顔見知りの行商とか山菜採りしかこの門は通らん。ここは港町だぞ?なんで外国人が山の方からやってくるんだ」
「な、なんで外国人だと?それに山からやってくるのはおかしいか?」
「首輪がついてないってことはお前魔法使えないんだろ?今どきスラムのガキですらつむじ風を起こせるっていうのにそれは一体どういうわけなんだ?あと、山の方も国境にはなっているが我が国は陸続きの国々との間に最高位の障壁を展開している。とてもじゃないが五体満足で入国できるわけがない」
障壁…たしかにあった。今朝方に山頂から勢いよく滑落いるときに突然体がバラバラになったのはそれだったのか。てっきり通りすがりの剣豪にでも八つ裂きにされたのだと思っていたが。
あと首輪ってなんだよ。奴隷みたいな格好してるって言いたいのか
「いや、生まれたときから山育ちなんだ。二人で暮らしていた母は魔法が嫌いで、教わらなかったどころかずっと存在すら知らなかったくらいでな」
「…そういえば山の方には最近盗賊団が居を構えているそうだが。そのような出自のものなら首輪が無くともおかしくないな」
まずい。素直に外国から来たというべきだったか?いや、山から来たことの説明が不可能だ。まさか素直に障壁にタックルしてきたなんて言えないし、参ったな。
そうこうしているうちに検問所にはワラワラと衛兵が集まってくる。さすが辺境とはいえ魔法学校のある街だ。鍛えられた体と腰から下げた剣に加え、手には大小さまざまな杖を握っている。そして意識してみれば確かに彼らの首にはチョーカーのようなものが巻いてある。
「で?何か申し開きはあるか?無いのなら両手を上げて這いつくばれ、山の連中がどんな奇っ怪な術を使うのかは檻の中で見せてもらおう」
今ぱっと浮かんだ選択肢は3つ。無理やり突破するか、とりあえず逃げるか、嘘を付くか。よし、行けるな。
「待て、俺は国王様の密偵だ。任務につき隣国の調査をしていて…」
「総員構えろ!」
「ほんとに待て!魔法使えないってのもカモフラージュだ!これ見ろ!これ!」
慌てて足を上げ、右足の靴の底を目の前の衛兵に見せつける。反射的に打たれた電撃がいくつかもろに命中したがとりあえず自殺するほどではない(左足にもあたったので転びそうになったが)。怪訝な顔をした男は少し迷う素振りを見せながらも後ろの仲間たちを振り返る。
「この中に古代魔術専攻の奴はいるか?こいつの靴底に何かの魔法陣が書いてあるんだが」
「あ、こいつ父親が魔法陣マニアです」
「おいバラすなよ…ちょっとしか読めないですよ?」
少し小柄な衛兵が一人こちらに近づき魔法陣を指でなぞりながらゆっくりと解読していく。一分ほど経って、徐々に目が見開き、唇がわなわなと震えだす。その尋常ではない様子に先程までこちらから目を離さなかった衛兵が思わず声を掛ける。
「どうした、何が書いてある」
「こ、これ既存のどの属性とも違う、純正の古代魔術です。それもところどころ汚れていて見にくいですが、おそらく…効果は限定的な空間転移!」
「なんだって!?」
「失伝したと聞いてるぞ!」
「どういうことだ?他国で受け継がれていたとか?」
「まて、お前ら黙れ。これは俺らのような下っ端が知っていい術式ではないぞ。間違いなければ王の近衛クラスでしか知り得ないものだ」
ざわめきが広がりそうなところを一人の男が制止する。上官というわけではなさそうだが彼がまとめ役のようだ。モロに聞いてしまったであろう5〜6人が固唾をのんでこちらの出方を読んでいる。…中途半端に読めるやつがいて助かった。これなら切り抜けられそうだ。
「問題ない。知ったものを処分しなければならないという命は受けているわけではないからな。ただ実践して見せてやることはできない」
ゆっくりと右足をおろして頑張ってくれた左足の凝りをほぐす。制限つきだと彼は言ったが、貰い物のこの術式の欠陥はその程度では片付けられない。たとえ不死者であっても軽々しく使えないような不良品である。具体的には体の一部だけ転送先に行く。前回使ったときは腕と足を1本ずつ持ってかれた。
「いや、素人目にも大変な代物であることはわかる。結構だ。」
「そうか!瞬間転移を使ったから最高位障壁も素通りできた!あ、も、申し訳ありません。こんな口のきき方は無礼極まりない!」
「いや、自然に接してくれ。少しこの街で滞在するんだ。怪しまれないようにしたい」
勝ったな。ついでに情報収集も済ませよう。
「そうだ、さっき話題に出た山に居着いたという盗賊だが、報告に帰るついでに手を下そうとしたらすでに壊滅してたぞ。何か知ってるか?」
「なんですって?至急調査を向かわせます!」
「あ、いや、調べたいことがあるからそれは少し待ってくれないか。そいつらと敵対していた組織に敵国のネズミが紛れてそうでね、情報が欲しいんだ」
「なんですと!…実はあいつらはどこかから集合したり分離した集団ではなく、ふらりとやってきたよそ者のようなのです。良好な関係にあった集団を探すほうが難しいかもしれません」
「リーダーが群を抜いて強いだけでほかは大したことがないという評判も聞いたことがあります。確かやつに苦汁を飲まされたものが不在の間に電撃戦を仕掛けようとしているとか酒場で耳にしました。黒い噂の多い港湾傭兵集団です。全貌はわかりませんが200人は戦闘員がいるでしょう」
なるほど。たしかにその規模であればひとたまりもないか。それにしたって生き残りもいなさそうなのは妙ではあるが…
「よし、連中の拠点を教えてくれ。あと近々とある魔法学校に潜入するんだが買っておいたほうがいい教材とかあるか?参考書のおすすめとか!あと私用に一つ首輪貸してくれない?」
「なるほど。他国での任務についているものは首輪をつける必要がないのか。道理だな」
「軍用の首輪貸しちゃいましたけど大丈夫ですかね?あれ出力の制限が結構緩いんで普通に人殺せちゃいますけど」
「まあ普段からつけてなかったみたいだし加減とかはわかってるでしょう」
「そういえばあの人はなんで検問所なんて通ったんでしょうね?転移を使えば一発でしょうに」
「さあな。案外俺たちの職務態度でも観に来ていたのかもしれないぞ」
「げっ、大丈夫かな?」
「恨みは…買ってないといいなぁ」