革靴の防水性は高い
「おっ」
すっかり目つきが変わり後ろをついてくるマフラー男を適当にあしらいながらしばらく山道を歩くと、川と一緒に小さな集落を発見した。まだ遠いが様子を伺うために少し気配を薄くする。それに倣うように後ろをついて来させていた男が完璧な気配遮断をした。派手な魔法を使う奴だと思ったがこういうこともできるのか。
「家がひーふーみー…30人ぐらいいそうだな」
小さいとは言ってもなかなかの規模だ。地図にないから最近できたものだろうが、しかしどうにもおかしな点が多い。
「真昼なのに人の気配がない」
「ええ、妙ですね」
「なに当たり前のように口開いてる」
「申し訳ありません。死にますか?」
「死なんでいい」
猿轡もさせずに自由に後をついて来させている自分にも非がある。あの術が解けることはないし、今こいつの所業を捌く必要はない。護衛も間に合っているからそのへんの集落に置いて用心棒やらせたりした方がよっぽど有効的だ。
さて、集落の様子だが、廃墟のようには見えないし、他にもいろいろと不審な点がある。特におかしいのはここからでもわかる生活感のなさだ。
「畑もないしここら辺の獣も大して人を警戒していない。どうやって飯食ってるんだろ...おい?」
ずっと後ろをついてきていた男が俺に並んだ。なんの言葉を発するでもなく、ただじっと俺と同じ方向を向いている。心なし目を見開いているような気がしないでもないが、首元の極太マフラーのせいで表情が窺いづらい。
「何か見えたのか?」
「…逆です」
大きく一つ深呼吸をしたあと、ひとりでに集落に向かって歩き出した。急すぎてリアクションに困る。
「慣れた足ぶりだな」
「強奪です」
「…」
「先ほどの疑問の答えです。強奪ですよ。その辺通る馬車とか旅人を襲うんです」
「…お前」
前言撤回かも知れない。
先程軍門に降った男の顔を見てみる。どこか知ったような口を聞くが、そういえばこいつがどこに居を構えているかとか家業は何かとか一切聞いていなかった。突然襲ってきたあたりたかが知れているが。
「死にますか?」
「説明が先だ。それを聞いてから決める」
風に乗って鉄の錆びたような匂いが鼻をくすぐった。
―――
ちゃぷちゃぷと足を鳴らしながら二人で捜索をする。男は慣れた手つきで鍵やかんぬきを処理しながら家を開けて行く。そういうことに慣れている感じはあるがそれにしたって自然体すぎた。タネは単純だ。
「じゃあなんだ。この集落に暮らしてる奴はみんな盗賊団で奪ったもので生活していると?」
「はい」
「そんでもってお前が頭領で?」
「はい」
「この時間は普段襲撃の準備もして騒がしいはずだから静かなのを少し不思議に感じていたと」
「その通りです」
「懐中を漁った後、その人間をどうしてきた」
「ただの一つの例外もなく殺します。少しの間飼うこともありましたが」
「死ね」
「はい」
サクッと迷いなく自分の喉笛に人差し指を向ける。先ほどよりも気持ち目が虚ろだ。精神汚染の深度が上がることはないはずなので、この光景に結構応えているのだろう。経緯は知らんが少し哀れだ。
「待て」
「はい」
「命乞いしろ」
意外そうな顔をした。
「そちらの趣味がおありなので?」
「いや。何か身をやつした訳とかがあるなら聞いてやろうと思って」
「はあ…この団にそういうのはありません。乱暴なはぐれものや浪人達を力でねじ伏せて配下にしていっただけです。詳しく調べればそういう身の上のものも多くいたでしょうが」
まあそんなところか。建物の雰囲気とかを見るになかなか組織立っていそうだからどこかの軍隊崩れかなんかかと思ったが、これならまだ生かす価値がある。
「後でこの紙に全員分の能力をまとめて俺に提出しろ。それまで死ぬことは許さない」
「…我々を傘下にでもなさるおつもりで?」
「詮索はなし」
「申し訳ありません」
我々、か。なるほど。盗賊団にも絆はあったらしい。
「じゃ、生きてる人間探すぞ」
「…ええ」
彼らのアジトは血の海になっていた。建物の多くは大きな横穴が開いており、立ち向かって行こうとしたらしき者も、逃げようとしたのであろう者も等しく尋常ではない表情で息絶えている。
憲兵団かなんかが動いたのかと思ったがそうではないのはすぐ分かった。家の中が荒らされた跡があり、盗賊たちが所有していたか捕らえていたのだろう拘束された女子供も、無惨な姿になっていた。
………
一通り探索してみたがやはり生きている人間を見つけることは叶わなかった。逃げ果せた人間もいなさそうだ。圧倒的な人数差での絨毯攻撃だっただろうことは想像に難くない。
「心当たりは?」
「いくつか亡骸が見つからなかった者がいます。そいつらが他の組織をここに招き入れたのではないかと」
「裏切られたのか」
「その表現は少し違います。信頼を置いていたわけではないので」
その顔でよく言う。
「下手人はわかるのか」
「腕力は強いが風壁しか使えないはずの風魔法が1人。ガタイがいいのに酒の方は全くダメでした。ナイフの扱いがうまいが魔法がからっきしだった水魔法が1人。女の趣味が合わずよく口喧嘩をしました。泣きながら頭下げて団に志願してきてなんの役にも立たなかった光魔法が1人。純粋なのだけが取り柄のやつでしたが掃除とかを率先してやって、いつも俺の後をついてきて…」
「やっぱ裏切られてるじゃねぇか」