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ネタバレ 主人公が死にます


 山道を歩いていたら目の前の木が突然燃え始めた。呆気に取られていた数秒のうちにその木は燃え尽き、塵も残さずに消えた。


 続いて自分の体が燃え始めた。一応抵抗を試みたがその火はどういう摂理か体の内側の方から発生したようで外側からなんとかしようとした頃にはもう手遅れになっていた。 

 

 各種内臓が焼け、血が茹だり、脳が溶けていく感覚を感じながら、今にもその機能を無くしそうなその両目で空を見る。


「いい人生だった。悔いはない」


 そうして最期まで静かに、男はこの世界から消失した。


―完―


 2秒後に次の俺が全く同じ座標に誕生した。

「…っ!」

「ハッピーバースデー本日3体目の俺」


 声がした方向を見ると、この熱帯の真昼の炎天下に冗談みたいな厚着をした男が手から炎を迸らせてこちらに驚愕の眼差しを向けていた。間違いなく下手人はこいつだろう。100人が100人そう思う。でも一応聞く。


「俺を火柱にしようとしつつ一回ミスって近くの木を燃やしてその後焦って気配丸出しのまま俺の方に殺意を向けて魔法を打ったのはおまe…」

「燃え尽きろ!」

「まだ打てるんかい」


 色々諦めて身構えていると液体が茹る音が体内から聞こえ始めた。普段意識しない心臓が自分の位置をしつこく主張してくるような錯覚を覚え、続いて肺、肝臓、膵臓といった具合に体の内側の臓器の形をなぞるようなくっきりとした感覚が少しずつ強くなっていく。人体において、普段感じない部位がわかるということは、すなわちその箇所に異変が起きていることを表す。普段おとなしい脳が存在を主張してきたのでもう長くは持たないだろう。痛みを遮断してはいるが自分の焦げる香りというのはあまり嗅いでいたいものではない、今生でこの場は収める。


「流石に三回目ともなると火力も落ちてるな」

「…」


 もう燃え始めて20秒くらいはたった。明らかに先ほどまでより弱まっている。まあこの殺傷能力の術をこれだけの間隔で打てたら行商とかは襲い放題だろう。こうまで好き放題先手を取られていてはあまり偉そうなことは言えない。


 さらにこちらの術には面倒な手順が多い。


 はらわたが煮え繰り返るような程の憎悪に、銀の十字架に、術者の心臓、そして対象が恐怖を抱いていること、月明かりを浴びていること、人殺しであること。


 十字架を取り出したあたりで寒がり男は懐からナイフを出し、すぐさま距離を詰めにかかった。いい判断だ。神聖術を使う相手には詠唱の隙を狩るのが最善だというのが体に染み付いた動きである。こちらが真っ当に教会所属のクルセイダーであれば正解の動きだった。

 

 残念ながらこちらは浸礼も洗礼もまるで縁が無い異端分子である。この術も詳しい分類はどうなるかはわからないが、有名呪術師の伝授書の最後のページの白紙部分に柑橘類の汁で書かれてた秘技中の秘技、典型的なハイリスクハイリターン技、いわゆる禁術と呼ばれるものの一つだ。まともな人間は使わない…というか使うと死ぬ。そして何より、神の力を借りているはずなのに神聖術特有の長ったらしい詠唱が存在しないという教会が最も嫌いそうなタイプの代物だ。


 目を瞑り、昔の嫌な思い出を無理やり引っ張り出し、どうにか心を憎しみで満たす…無理だ、脳が溶けて記憶野が機能してない。まあもう一回殺されてるからいっか。システム的にはこれで憎悪は十分だろう。月も出てはいるし、はらわたも物理的に煮えてるし、どうせあいつ人殺しだし。


 十字架を心臓に突き刺し、モゴモゴと口の中で祝詞を唱える(心技体全てを枷へ転ず(じばく)


 いつも通り突然に、体表から溢れ出していた灼熱の炎を塗りつぶすほどの閃光が体を灼き、視界を真っ白に染め、意識は暗転した。焼けるような痛み(直喩)もこの世に生まれたことへの苦しみ(まだ生後一分くらい)も全て消え失せ、刹那の瞬間、宇宙の真理を垣間見る。


 嗚呼、世界はこんなにも美しい。


―完―


「また死んだ。やっぱりこの世界はクソだな」


 死ぬ直前の記憶は残らない。そのため死の瞬間自分が何を思っているのかはわからないし、どんなに徳の高い死に様を晒しても悟りを開くとかはできない。先程使ったこの術がどういう経緯で相手を攻撃し、こんな感じにしてしまっているのかも知らずじまいだ。その部分の記述だけは原本をいくら火で炙ってもうっすらとしか見えなかった。レモンが足りなかったのだろう。


 ちなみにこんな感じとは、「嗚呼、我が主よ私はなんという罪深きことを…どうか殺してください!いえ、死すら生温い!なんだって罰を申しください!」こんな感じである。死より重い罰があるわけないだろ。人生に一度しか訪れない最初にして最後の最悪な瞬間だ。二百回ぐらい経験しないと慣れない。


「相変わらずどういう原理でこうなるのか」

「悟ったのです」

「そういうことは一回ぐらい死んでから言えな」

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