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雲間を縫うように暗青の月光が顔を覗かせてる。
潤んだ空気は青々とした匂いを孕んでいた。
――この状況は可笑しいだろう。
神崎蓮太郎は胸中でそう思った。
眼前には人が二人いる。
一人は男だ。黒金のしゃかしゃかのジャージを着ている、腰パンで短く見える下半身は腰の低さ同様に知能の低さが伺える。
もう一人は女だ。黒髪はストレートで肩よりやや下方まで伸びている。
スタイルは抜群だ、均整の取れた肢体は瑞々しく、生気に満ちている。
顔はよく見えない。マスクをしていた。
「いいから来いって!」
「や、やめてください」
自宅から最寄りの駅。そこから徒歩で少し離れた暗い路地。
月光はやや頼りなく、暗黒の中に二人を閉じ込めていた。
「いいから遊ぼうぜ」
「や、やめて」
――この状況は可笑しいだろう。
もう一度、いや既に何度か胸中で呟いている。
だってそうだろう。
こんな、こんなよりにもよって漫画みたいな現場に居合わせるなんて。
蓮太郎は天を仰いだ。これからすることを客観的に見て、酷く滑稽に思えたからだ。
だって、そうだろう?
今から二人の間に入って、白馬の王子様よろしく慈善活動に精を出そうというのだから。
腕っぷしには自信がある。中学時代は学校の番をはる親友と喧嘩に明け暮れたものだ。
近場の中学を喧嘩でわからせ、勢力の一部にしていった。
どんどん勢力は大きくなり、やがて市内の中学はあらかた下についていた。
ひたすら強さを求め、市内で一番になり、そこで燃え尽きた。
遠征は金がないので最初からする気はなかった。ただ強さを求めた結果何も残らなかった。
――そう。燃え尽きてしまった。
そこからだ、脱ヤンキーを志し、猛勉強して高校受験に受かった。
高校の偏差値は普通だ。志望理由は近いから。
自宅から自転車で二十分ほど。
これ以上ない好条件。
その入学式を明日に控え、こんな夜遅くに――と言っても時刻は二十二時前だが――に出歩いているのは今日発売するゲームが近場の店になかったためだ。
これまた自宅から二、三十分ほど自転車を漕ぎ駅前の大きい家電屋でお目当てのブツを買い、ほくほく顔で帰ろうとした矢先の事件。
「はぁ」
ため息が思わずこぼれる。
しかしこのままというのも胸糞が悪い。
あまり喧嘩はしたくない。
最近は落ち着いてきたがヤンチャしていた時のように。
血を見たり、キレると必要以上にやってしまう。
「いいからこいってっ!」
男の語気が強まった。
これはいよいよ後がない。
顔を振って長い思考を遮る。
自転車を降りると二人に近づく。
そのまま男には視線を向けずに女を見やる。
割と若い。下手したらまだ学生なのだろうか。
現実逃避しながら声をかける。
「コイツ連れ?」
女はあっけにとられている。
男を全く眼中に入れずに話しかけられるとは思わなかったのだろう。
あっけにとられつつも体制を立て直し、必死の一言。
「ち、違います!」
女は少し震えていた。
恐怖からの震えをしかし蓮太郎は無視しつつ、後ろの男に振り返る。
「だってよ、失せろよ」
それは気負いもない、いっそ清々しい程に明瞭な音となって男の鼓膜に入り込む。
「んな…っ!」
しかし男はいきなり出てきて正義の味方ぶりをする蓮太郎に酷くイラついた、真っ赤な顔をして。
「うるせえ!」
右のストレートでもって返答とした。
当然、喧嘩もろくにしていない、チンピラ如きの惰弱な拳等食らうわけもなかった。
左に重心を移動。男の外側に出るとそのまま右腕を掴み、捻りながら。
「チッ」
舌打ちを一つ。
そうして脱力したまま男の腹の中心に膝をお見舞いした。
「ガッ」
無理やり空気を捻りだされたような。悲鳴が短く響き、男は頽れた。
蓮太郎はそのままなんでもないように。実際この程度本当に何でもないのだが一言。
「送ってこうか?」
女に仏頂面で声をかけた。




