35話 襲撃(4)
不思議な空間を抜けて出たのは、何もない荒野だった。
「あんたバカじゃないの⁉︎私が作った異空間に侵入してくるなんて、自殺でもしたいわ⁉︎」
(うルさイ女だ)
切ってやった腕は、トカゲの尻尾のように生えてきた。やはり首を切らないと。
「こっちには人質がいるのよ!エヴァンジェリーナが死んでも良いわけ!?」
うるさい女が女を差し出す。
(そレはだれダ。知らナい。モう分かラなイ)
無性にイライラしている。更に気分も悪い。こいつらを殺せば、この気持ちも収まるのか?
「やれやれ、まるで狂戦士だ。良くないな。可愛い顔が台無しだ」
空間が裂け、人を抱き抱えた男が出てきた。
(あア、きっとこいツも敵だ。私のいけニエが増えた)
手に持つ剣が何か叫んでいる。だがその声も聞こえない。聞きたくない。私は目の前の敵を、獲物を殺すだケ……。
「王!エヴァンジェリーナはここに!」
「ああ、頑張ったね。ラウラ。あとは私に任せるといい。さて、コスタンツァ。君の実力も見せてもらえるかな?」
ムカつく男だ。まるで全てを分かっているかのように笑う。青か碧か分からない髪の色。その目の様な赤い血が見たい。美しい男から流れる血は、きっと私を癒してくれる!
だから、見せてやろう!私の力を‼︎代わりに貴様の血を見せろ!
「これは、アダルベルト王太子よりすごいな」
男が余裕の笑みを漏らす。その笑みを崩してやる!
樹木を操る。この地の木々は枯れ果てているが、関係ない。魔力を与えて増やせば良い。木々よ。天まで届くよう大きくなれ!眼前の敵を刺し殺せ!
木々が、男を突き刺す様に枝葉を伸ばす。男は、軽々避ける。上に、下に、左右に。
拉致があかない!
では、この辺一帯を焼き払おう。この地で一番温度の高い物を、呼び出そう。地中から、上がって来い‼︎
地中に魔力を送り、その奥の奥にあるモノを検知する。見つけた……。これがこの世界で一番温度の高いモノ。この男を、この一帯を焼き尽くすモノ!私の呼びかけに応じて、来るがいい!
灼熱のマグマよ‼︎
大地が悲鳴をあげるように揺れ、地面に亀裂が入っていく。その様子に笑むが漏れる。
そして徐々に目的のモノがやって来る。
「死ね!!」
なんて全能な力だ!私は笑う。全てを滅ぼせる力を奴らに向ける‼︎
「心臓が悲鳴を上げているよ。君はやりすぎだ」
突然、背中に響く声に目を見張る。と同時に首元に軽いしびれを感じる。
「あ…………」
息ができない。体を折り畳み、息を吸いたいのに吸えない。金魚のようにパクパク口を開けるだけ。筋肉が断裂するような痛みに体中が震える。
(このまま私は死んじゃうの?)
涙が出る。ワタシは、私は何をしていたの?潤んだ先に見える地面の隆起は止まってる。その先に抱えられている女の人が見えた。
ああ、私は本当に何をするつもりだったの⁉︎
「魔力の逆流だ。魔法を無理やり使った反動だよ」
黒尽くめの男の人が何か言ってる。視線がぼやけてくる。もう声も出ない。
「……仕方ないな」
男の人の手が光ると同時に淡い光が私を包む。温かい……。
「あ、ありがとう、ございます」
温かい光に癒されて、私は回復した。私はおかしくなっていた。それを止めてくれたのはこの人だ。
「お礼を言われる筋合いはないな。君と僕は今は敵だ。設定上はね。起き上がれるかい?」
長い髪をかきあげながら、男の人が手を差し伸べてくれた。差し出された手を借りながら立ち上がり、その顔を見る。息を呑むような綺麗な男の人だ。その顔に見覚えがある。
「君を回復させたのは他でもない証人になってもらう為だ」
「…………証人?」
振り返り男の人の向かう先に人が3人。ラウラとエヴァ……そのうち1人は倒れている。倒れている人の髪色には見覚えがある。
「咲夜君‼︎ 燈子さん‼︎」
走って男の人を追い越し、倒れている咲夜君に抱きつく。なんてひどい怪我!でも生きてる。その証拠に息をしてる。
燈子さんは、その横にいる女の子に抱かれてる。そうだった!燈子さんをこの人が拐ったんだ!狂気の様な力に犯されて、何もかもが分からなくなっていた‼︎
男の人を睨む。
「咲夜君をこんな風にしたのは、あなたですか?ひどい!なんの恨みがあるの!」
次にラウラを睨む。
「燈子さんを返して‼︎」
「攻撃したり、お礼を言ったり、睨んだり、君は忙しいね。でもいいね。君は嫌いじゃない」
男の人が咲夜君に触ろうとする。奪われないように強く抱きしめる。
「近づかないで‼︎」
「良く見ることだ。彼の傷は徐々に癒えているだろう。ヴィアラッテアは優秀だ。事、回復能力に関しては僕のスピラーレも勝てない」
「え…………」
咲夜君を見る。傷口付近に淡い光が生じ、徐々に傷を癒している。よかった。
(神様、ありがとうございます)
「雷で内蔵まで焼いたから、回復には時間がかかるが問題ない。明日には動けるだろう。アダルベルト王太子は思ったよりタフだ」
男の人は血のように赤い目で足元のアダルベルを睨み、口元に酷薄な笑みを浮かべ、続けざまに言葉を紡ぐ。
「今はその時ではないからね。回復はしてあげないよ」
「あの、エヴァンジェリーナ様は……」
勇気を持って話しかける。
男の人はラウラが抱いていた燈子さんを受け取り、横抱きにした。愛おしそうに見ている。そして私を見据える。
「君を回復させたのは何の為と言ったか、覚えているかい?」
「証人に……って」
「そう、証人にするためだよ。エヴァンジェリーナ嬢は僕がもらっていく。アダルベルト王太子に勝利した戦利品を言うわけだ。分かったかな?」
「そんな――だって」
「エヴァンジェリーナ嬢を頂けないのなら、この国を滅ぼしてしまうよ?良いのかな?」
「そんな、待って。私……」
「そうだね。君は決められない。権利も力もないね。かわいそうにね」
男の人が悪魔の様に笑う。紅い瞳が惑わすように光る。少し濡れた薄い唇に目が行く。サラサラと流れる様に揺れる髪を、乱したい様な情念にかられる。
「どうする?僕と一緒に来るかい?君の事は気に入ってるから、エヴァンジェリーナ嬢と一緒に拐ってあげるよ?ここにいたら、君は責任を取らされるかも知れないよ?それはかわいそうだ」
心臓の音がやけに大きく響く。頭の感覚が鉛が溶けるように鈍くなる。この人に全てを委ねることができたら、どんなに幸せだろうか。
「おいで。さぁ。僕のもとへ」
差し出された手を取れば、幸せになれるだろうか……。
彼の手をつかもうと右手をあげようとする。右手には…………。
「……嫌です。私は彼と一緒にいます」
咲夜くんを抱く手を強める。私はこの手を離さない。
「……いい子だ」
残酷そうな笑みが消え、少し嬉しそうな顔をする。
(どうして?)
「僕の魅了の魔法を最後に振り切ったね。とても残念だ。君も欲しかったのに」
「え?魅了の魔法?嘘⁉︎嘘ですよね?」
「今の僕は敵だよ。間違えちゃ、いけない」
ラウラが空間に亀裂を作る。後ろに見えるのは、暗い空、闇色の城。
「じゃあね」
その言葉とともに彼は亀裂へ消える。
私は、朔夜くんを抱きしめた。




