17話 強い母
扉が閉まり、俺はソファに腰掛ける。
後悔ばかりが押し寄せる。
もっと良いやり方が、あったんじゃないか。
慰めてあげれば、良かったんじゃないか。
一旦要求を受け入れれば、オカンは満足だったんじゃないか……。
でも、無理だった。オヤジを捨てると言うオカンは嫌いだ。俺のためにって言うのが、なお嫌だ。冗談ばかりで、本心を隠すところも嫌いだ。本当はオヤジが好きなくせに!オヤジ以外受け入れないくせに!
俺のために、犠牲になろうとしてる。
涙が止めなく溢れる。
こんな時に話せる人もいない。
導いてくれるオヤジがいない。
慰めてくれる麗がいない。
セピア色だった記憶の意味が今、分かる。
アダルベルトは誰にも心を寄せなかった。誰にも頼らなかった。誰にも興味がなかった。
強大な力を持つが故に、自分以外の人間は繊細なガラス細工の様に見えていた。だから、最大の注意を払い接する。壊してしまわないように。傷つけない様に。
超越した力を持ってしまったが故に、勘違いする。一人で生きていけると。人は一人では生きていけないのに。
結果、誰にも頼れないでいる。この持て余した感情を吐き出す術もなく。
ただ、一人で泣く事しかできないなんて……。
気配を感じ、咄嗟に涙を拭う。
ノックがして母上が入ってきた。心配顔だ。心配させちゃいけない。
「母上、どうしたんですか?」
「それはこちらの台詞ですよ。アダル。エヴァ嬢は帰ってしまわれたし」
「ああ、私がちょっと疲たので帰って頂いたんです。なんでもありません。大丈夫ですよ」
笑って見せる。心配かけたくないから。
「……。泣いていながら、大丈夫と言うのですか?」
怪訝な顔を見せる母上。その言葉を聞き、手を目に当てる。止まっていなかったらしい。情けない。
扉が閉まる音。部屋に残った母上が防音結界を張る。妙な緊張感に背筋が凍る。
「あなたはいつもそう。思えば小さい事からそうでした。いつも同じ顔で、なんでもありません、大丈夫です、わたくしには、いつも同じ台詞ばかり。神託を受けてうなされて、辛い顔をしていても、わたくしが尋ねると、大丈夫。真っ青な顔色であなたは、いつもそう言ってたわ。怪我をしても、病気をしても、いつでもあなたの答えは、大丈夫。わたくしも悪かったのだと思います。聞けば良かったのに。本当に大丈夫かと」
「いえ、母上が悪いことなど何も……。全て私の不徳の致すところです」
(そう、母上は悪くない。悪いのは全て俺)
「そう。そうやって、いつまでもわたくしには、本心をお話しして下さらないのね。わたくしはそんなに頼りがいがないかしら?あなたの母として、あなたに寄り添う事もできないのかしら」
「そんな、そんな事は……」
いつも口数の少ない、儚げな印象の母が今日に限って俺に詰め寄る。
今の俺には余裕がない。この感情の全てを吐き出したくなる。でも吐き出したくない。心配かけたくない。困らせたくない。失望されたくない。
「今、泣いているあなたを慰めるすべもない無能な母ですものね」
「そんなことは!」
言葉が続かない、何を言えば良いのか。何を言えば傷つかないのかが、もう分からない。
「アダル。わたくし達は話さなければ、分かり合うことはできないわ。あなたの不安な気持ちを、わたくしにお話しして?そうしてもらえないと、母はあなたを慰める事ができないわ」
頑として譲らない。
どうして?いつもならすぐ引いてくれるのに!放っておいてくれ!
王太子として立派に立っていたいのに。話すことで、あなたの目に失意の色が広がったら、耐えられない。
「アダルの言う事なら、わたくしは信じるわ。今まで歩み寄れずにいた母を許して?そして、わたくしに歩み寄るチャンスをちょうだい。このまま、無能な母でいるのは辛いわ」
母上の右手が、俺の頬にあたる。指が震えているのが分かる。瞳も潤んでいる。歩み寄ってくれている。拒絶される恐怖と戦いながら。
「あなたに……母上に失望されたくないんです」
必死に言葉を絞り出す。だからもう引いて欲しい。聞かないで欲しい。
「息子に失望なんてしないわ。むしろ、話してもらえない今が辛いわ。逆に息子を支えられない母に、あなたが失望するのではないかと不安よ」
母の瞳に俺が映る。母の瞳は潤んでいる。いつもはすぐに泣くのに。
「本当に失望しませんか?」
観念しよう。母は強いんだ。きっと一生勝てないんだ。
母上は返事の代わりに美しく微笑んだ。
俺は全てを話した。前世の事、オカンのこと、オヤジの事。そして麗の事も。
泣きながら話す俺を、母上はずっと抱きしめながら聞いてくれた。
「信じられないですよね?」
母上に問いかける。俺の目は泣きすぎて真っ赤になってるだろう。それは母上も同じだ。
「信じるわよ。あなたはわたくしの息子アダルベルトでもあるし、スミコさんの息子サクヤでもあるのね」
一息付き、艶やかに笑う。母は美しく逞しい。
「わたくしの元に来てくれてありがとう。若くして亡くなったサクヤには、本当に気の毒だと思うけれど、わたくしはあなたに会えて、あなたを息子にできて、とても幸せよ」
泣いて化粧も落ちてしまってる。でもそう言いながら優しく笑う母は綺麗だ。
「信じてもらえないかと思ってました」
「信じると言いより、納得したと言う感じよ。あなたは小さい頃に、ウララ嬢を探していたのよ。時には、いないって大泣きしていたのよ。大変だったわ。覚えていないでしょう?」
驚愕の事実だ。驚く俺に母が更に続ける。
「ゴールデンのラッキーの話もいっぱい聞いたわ。大きくて、賢くて、ヨーグルトが大好きなのよね」
懐かしそうに笑う母。子供頃そう言って泣きじゃくる俺を、いつも膝に抱いて抱きしめていたそうだ。
顔が赤くなるのが分かる。子供の頃は覚えていたのか!
「エヴァンジェリーナ様の事も納得したわ。
彼女があなたを見る目つきは、恋するそれではなかったもの。サヴィーニ公爵は娘を溺愛してるから、政略結婚とも思えなかったから、とても不思議だったのよ」
「そんな風に見えてたんですね」
「それにこの間、神託を受けて倒れたあなたに駆け寄ったエヴァンジェリーナ嬢が、サクヤって叫んだの。わたくしの気のせいかと思ったけど、気のせいではなかったのね」
「オカン、、あれほど気をつけろって言ったのに」
「それ素敵ね!オカン。わたくしもそう呼んで頂きたいわ」
「それは俺が嫌です!」
「あら、残念ね」
クスクス笑う母上。
あぁ、母上はこんな感じで笑うんだ。こんな簡単な事に初めて気がついた気がする。
「この事は、あの人にだけ伝えるわ。他には秘密よ」
母上がウインクするなんて!
こんな表情もするんだ。これからは色々知っていこう。
「そうそう。わたくしとスミコさんに共通点がないと、アダルは言っていたわね」
「ああ、オカンはガサツなんで」
「あら?わたくしは共通点を見つけましたよ」
「え?どこが?」
「わたくしもあの人に一目惚れしたの。策を練ってライバルを蹴落として、あなたのお父様を手に入れたのよ」
「嘘でしょ⁉︎」
「女はね。愛する人を手に入れるために、何でもできる生き物なのよ。今度ゆっくり、スミコ様とお話しがしたいわ」
微笑みながら、部屋の扉を開く母。
「仲直りは早くしないとこじれるわ。今日はゆっくり休んで、明日王城へお呼びしなさい。わたくしも同席するわ」
閉まる扉。
ベッドに近づき、ヴィアラッテアを探す。
「ヴィアラッテア、びっくりだったよ」
[良かったですね。ご主人様。ご理解頂けるご両親で]
「そうだね」
神託の事とか、オヤジの事とか、考える事はいっぱいあるけど、今日は寝よう。
明日は忙しくなりそうだ!
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