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噂のトンネル

作者: 時雨笠ミコト

ホラーもどき注意

 俺の家の近所には、幽霊が出るという事で有名なトンネルがあった。

そのトンネルというのが中々に雰囲気のある代物で、ツタが張ってたり所々ひびが入っていたりした。

国道から盛大に逸れた場所にある小道のトンネルで、ほとんど交通量もないトンネルだ。

それ故に、こんな感じになっても手入れされることがない。

しかもそんなに長いトンネルではなかったので、大体のトンネルに備え付けてあるであろうトンネル内の照明というものが存在しない。

だからトンネル内はめちゃくちゃ暗いんだ。しかも極短とは言えない程度の長さもある。まあ分かりやすく言うと、肝試しに最適な感じなわけで。

まあだから、青春に刺激を求めている少年少女とか、変なテンションになったDQNとがかちょくちょく怖いもの見たさに夜やって来るんだ。

まあそれなら良いんだけどね、あいつらごく偶に悲鳴上げながら、俺が住んでる住宅街まで走って来るのよ。

煩いったらないの、騒音もいいとこよ。そんな迷惑かけるまで怖がるなら、最初から肝試しなんかすんなよってずっと考えてた。

 そんな事をちょくちょく考えながら、おおむね平和に毎日過ごしていた。

まあでも、ある日上司にボコボコに怒られて、更には同僚のミスを残業してまでこなして帰ってきた日のことだった。

まあ勿論、俺は疲労困憊しているわけで。人って疲れてると心の余裕がなくなるじゃないか。

だからいつもだったらどうにか受け流せているはずの、『悲鳴上げながら住宅街ダッシュ』が受け流せなかった。

人の安眠邪魔すんなよ、と思ってしまい、俺は部屋着のスウェットのまま玄関から出た。

タイミングよく扉から出た俺の目の前を、「わあああああああああああああああああああああ!」と泣き叫んでいる高校生の男女が通り過ぎようとしている。

俺は激情のまま高校生の男子の一人の首根っこを掴み、押しとどめてがなった。

「時間考えろよ!こんな夜中に叫ぶな!安眠妨害だ!泣き叫ぶくらいなら度胸試しなんかすんじゃねえ!」

 しかしその男子高校生は、説教されているにもかかわらず、耳を両手でふさいで音をシャットダウンしている。

しかも人が話しているというのに、ずっと叫び続けているのだ。失礼にもほどがある。

「馬鹿にしてんのか……!」

 高ぶった感情のせいでついつい握りこぶしを作って振り上げてしまった瞬間、男子高校生は耳を塞いだ体制のまま、大きく身をよじって俺の拘束から逃れる。

そして彼を見捨ててさっさと走り去った仲間の後を追うようにして、叫びながら凄い速さで走っていった。

俺はすっきりすることもできず、一人その場でもやもやした気持ちのまま取り残されてしまった。

不完全燃焼のまま、俺は眉間に指を当てる。

そんな俺の頭の中で、いくつかの選択肢がぐるぐると回り始める。

ひとつ、このまま寝る。

……無理だ。激昂したこともあり、完全に覚醒してしまっている。

ふたつ、あいつらの後を追う。

……これも無理だ。あいつらは異常に足が速かった。もう後ろ姿も見えない。

みっつ、この現状の原因となった、トンネルに行く。

……これだ。もやもやした感情のまま、ただ爪を噛むのは性格に合わない。俺はいっそのこと現況を見てやろうじゃないかという感情のまま、件のトンネルの方に足を向けた。

懐中電灯も持ってない。スウェットのまま着替えてすらいない。しかし俺は肝が据わっている方だと自負していた。だから大丈夫だろうと思った。


徒歩で五分程度。結構近場にあるそのトンネルには、比較的直ぐにつく事が出来た。

夜という事もあり雰囲気満点なそのトンネル。普通の人であればうわさのことも相まって二の足を踏むか、もしくは帰っていることだろう。

しかし俺は幽霊なんぞ信じていない。更には怒りでテンションが変に上昇していた。

なので、気後れするどころか、まるで軍隊のように勇んで、しかもわざとらしく大きく足を上げて一定の歩幅とリズムで見せつけるように進む。

そして俺の足は一歩、二歩と順調に前へ進み、トンネルの中に踏み入った。

身体が完全にトンネルの中に入る。しかし、拍子抜けなほど何も変わったことは怒らなかった。

「なんだ、所詮噂じゃねえか!おーい!出てくるなら出て来いよ!」

 気がさらに大きくなった俺は、居るかも分からない幽霊に対して挑発する。

そしてそのまま、余裕をひけらかすように歌を歌いながらトンネルの中を闊歩する。

「あー!あー!……反響して結構楽しいな」

 特に面白いものも何もないトンネルの中、俺は暇つぶしの手段としてトンネルの反響で遊び始めた。

反響を繰り返し、まるで自分ではない誰かが声を発しているような不思議な感覚。

これが変に楽しくて、子供の頃はよくこんな遊びしてたっけなあ、と思い出に浸りながら歩き続けた。

元々長くもないトンネルだ。じきに出口が見えてきた。これで終わりかと思った俺は、帰り道があることも忘れ、最後にもう一度反響を楽しもうと思って大きく息を吸った。

そして、叫ぶ。

「わあああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」

 俺の声はトンネルの中で反響し、ああああああ、の部分がわんわんとトンネルの中で繰り返される。

それを一身に受けとめ、十分堪能してから俺はトンネルから完全に出た。

そこで、俺はとあるおかしいことに気づいた。

耳元で、ずっと聞こえているのだ。

「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」

と。

まるでトンネル内の反響が、そっくりそのままついてきたように。

でもおかしい。俺はトンネルから出ているんだ。それにもし反響していたとしても、こんなに長く反響するわけがない。

「……は?」

「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」

 声は俺の耳元で延々続く。しかも恐ろしいことに、その声は耳元で声を発しながら、その特徴を変化させ続けていた。

女の声、男の声、若い声、年老いた声、中性的な声、枯れた声……。

さすがの俺も寒気を感じた。だってこれは、明らかに普通じゃない。

「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」

俺を押しつぶさんとするかのように延々聞こえてくるその声に、俺は恐怖する。

そして最悪なことに、俺は気づいてしまった。

この先は、山に続いた道しかない。街灯のない、舗装もされていない道だ。

懐中電灯もなく、携帯電話もなく、スウェットにつっかけなんて馬鹿げた格好で入ったら最後、遭難する危険性だってある。

と、いうことは、だ。

俺は、今からこのトンネルをもう一度通って帰らなければならないことになる。

(……いや、無理だろ)

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」

こんな怪現象が起きている真っ最中に、その原因と思しきトンネルに自らもう一回突っ込む?馬鹿としか思えない。自殺行為だ。

ならばここに留まるか?それとも山道に無謀と知りつつ挑むか?

……最悪だ。実質一択しかないじゃないか。

行くしかない。もう一度通るしかない。俺は腹を決めた。

トンネルに足を踏み入れる。するとあちこちから、俺はまだ一声も発していないのに、まるで待ち構えていたように勝手に「ああああああああああああああああああああああああああああああ」という声が発され、反響を始めた。

背中を恐怖が走り抜ける。異常だ。幽霊なんて生易しいもんじゃない。

俺は怖くて怖くて仕方がなくなって、両手で耳を塞いで走り始めた。一直線のトンネルの中を、耳を塞いで、眼を瞑って、自分が叫んだ声しか聞こえていないと錯覚させるために大声で叫びながら。

今どこを走っている。駄目だ認識したらきっと心が折れてしまう。

声はやんだのか。手をどけるな声を止めるな、恐怖で動けなくなる。

つっかけで来た自分を恨んだ。走りにくいことこの上ない。少しでも早く逃げたいのに思うように走れない。

だが今はそんな暇など無い。ただ走れ、一直線に走れ。この恐怖から逃げ切るんだ。


 がむしゃらに走った俺の目に、瞼越しに光が差し込む。

住宅街に出れたのだと思った俺は、ふっと目を開けた。

その瞬間、ずっと聞こえていた「あああああああああああああああああああああああああああ」という声は消えた。

叫んでいた俺の声も消えた。

その代わりに、激しく何かがすれる音が聞こえてきた。

……俺の目の前で、車のライトが煌々と光を発していた。


俺の体は、盛大に吹き飛ばされた。俺は何かが終わる音を聞いた。


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