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第九話 集合場所は前もって決めておくべきだ

 翌日。

 俺は真昼間から家に持ち帰った資料を眺め、部活戦争の対策を練っていた。


「あー⋯⋯だっる⋯⋯」

「お疲れなのです?」

「まあな⋯⋯。流石にここ最近は働きすぎてる気がしてならん」


 数えてみればそれこそ数日程度だが、去年なんて部活中はほとんど睡眠時間。

 定期的に行われる特別考査や、ほとんど行われることのない学力テスト対策のための軽い勉強会の際は起きていたが。まる一年間、活動らしい活動をしてこなかった弊害は大きい。

 その最たる例が、体力と集中力の低下だ。


「コーヒーをどうぞ、なのです」

「お、さんきゅな」


 妹の夜天がコーヒーカップを机に置く。

 淹れたてなのだろう、湯気が薄らと宙を揺らいで見える。


「先程から熱心に見ているその紙束は、一体なんの資料なのです?」

「ん、これか? ⋯⋯説明が難しいな。夜天は俺の通う学校のルールは知ってるか?」

「いえ、全然知らないのです。知ってることといえば、道安兄が授業中ずっと寝ているということくらいです」

「そこだけ知ってんのかよ⋯⋯」

「⋯⋯学校はどうかと聞く度に、寝てたから分からんと答えた道安兄が悪いのです」


 うっ、なるほど確かに。

 ⋯⋯とある事情から、夜天は俺の学校生活を心配する素振りを見せる時期が過去にあった。

 しかし俺が返す答えは決まって「寝ていた」だ。そりゃそんな俺の通う学校のことなんぞ分からんわな。


「少しばかり特殊な学校でな。クラス単位での戦争がある」

「戦争ですか⋯⋯?」

「ああ」


 とは言っても比喩だがな、と続けて説明をする。

 俺の通う黎明研鑽学園は部活動に力を入れていることで有名だが、その方法が特殊だということ。

 クラス、もとい部活動単位で戦争をすることによって団結力を深めるカリキュラムがあること。

 そして⋯⋯実績の残せない部活は差別的に扱われるということ。


 こうして情報を羅列してみると本当に学び舎であるのか疑わしくなってくるが、れっきとした国立の高等学校である辺り寧ろ感心してしまう。


「と、いうことは道安兄の持っているその資料が?」

「察しの通り今度やり合う部活戦争の相手、将棋部の戦争履歴だな」


 正確には去年行われた分の情報だけであるが、それでも数えて約三十試合分の記録。

 その上ほとんどが他の部活動から挑まれているようで、その大半を返り討ちにしている辺り地力が凄いのが見て取れる。


「厳しいな、コレ」


 将棋部が絡んだ部活戦争のルールがどんな傾向にあるかを調べようとしたが、得られるのはこちらの士気を下げそうな情報ばかり。

 俺は資料を読むのをやめ、休憩がてら夜天の淹れたコーヒーを口へと運んだ。

 ⋯⋯あー、相変わらずほっとする慣れた味だ。美味い。


「そーいや夜天ってカフェを開くのが夢だったっけか?」

「確かにそうですが⋯⋯あれ? 道安兄に言ったことあったですか?」

「いや。小学校の頃だかにお前が書いた作文を読んだだけだ。確か物置の奥にダンボールがあるだろ、あの中にあったぞ」

「人の作文を勝手に読まないで欲しいのです⋯⋯」


 怒られてしまった。悪い夢じゃあないと思うんだがな、別に。

 にしてもカフェか、思えばその辺の年齢くらいから既に、色々な種類のコーヒーや紅茶をブレンドしたりしていた気がしないでもない。


 夜天がまだ幼かった頃だが、研究と称して適当にブレンドしたコーヒーを飲まされまくった記憶があったり無かったり。

 妹の夢のために体を張って犠牲となる、なんと献身的な兄なのだろうか⋯⋯まあ全く嫌じゃなかったけどね。カフェイン中毒だけは怖かったけど。


「それはさておき。道安兄、夜天は出かけてくるのです」

「珍しいな、お前が日曜日以外に出かけるなんて⋯⋯まさか彼氏か? 彼氏なのか? 一体どこの馬の骨だ」


 夜天は土曜日に家を出ることは滅多にない。

 その理由を過去に一度聞いた時は、「家族との時間を大切にしたいのです」との理由が帰ってきて思わず泣きそうになったものだ。

 ⋯⋯となればまさか。俺という家族よりも大切な人、つまりは恋人が夜天に出来たという可能性が⋯⋯。


「心配しなくてもそんなわけないのです。コーヒー豆が切れそうなので買い出しに行くだけですよ」


 そう言って呆れたような視線を向ける夜天。

 実は俺も俺で冗談なんだけどね。だって正直夜天が他人と話してるところなんてほとんど見たことないし。


「買い物ねー⋯⋯お前がよけりゃ明日出かけるついでに買ってくるけど」

「お出かけ? 道安兄がですか?」


 キョトンとする夜天。何を言っているのか理解不能とでも言わんばかりの表情だ。


「そんな意外そうな表情すんじゃねえ⋯⋯部活メイト同士の交流会だとよ」

「なるほど、交流会ですか。とは言っても去年は行かなかったのに急にどうしたのですか?」

「別に大したことじゃねえよ。ただ単純に、今は気分が乗ってるだけだ」

「気分が乗ったから、ですか⋯⋯」


 オウム返しに俺の言葉をなぞる夜天。その表情は、ほんの少しだけ不満げなものだった。

 何か言いたそうに口をもごつかせながらも、何かを言うでもなくそのまま俺の座る椅子へと近づいてくる。


「夜天? 一体どうし⋯⋯っ!?」

「道安兄」


 気がつけば彼女の顔は目と鼻の先。

 グイッ⋯⋯とそのしなやかな両指で顔を引き寄せられ、俺は困惑する。


 肌が綺麗だなーとか、瞳が大きいなー、とか。

 毎日を隣で過ごしてきたからこそ気付けなかった情報が、視覚を通じて脳を侵す。

 ったく、年下の女子ってだけならともかく妹の顔が近いってだけでドギマギとしてしまう自分が情けない。これだから恋愛弱者は⋯⋯別に妹に変な感情は湧かないけど。


「なんだ。いきなり人の顔鷲掴みにしやがって」

「どうでもいいのです、そんなこと。ただ夜天が伝えたいのは⋯⋯道安兄には、素直になって欲しいのです」


 そう言って、夜天は俺を優しくその華奢な肢体で抱きしめた。


「⋯⋯そうかよ」


 椅子に座っている俺へと抱きついた事で、夜天は俺にもたれ掛かるような姿勢となっている。

 視線に入る首筋は白く、この少女の清廉さを感じさせた。


「素直になれない道安兄。寂しい過去に囚われた道安兄。夜天はそんな貴方を、支え続けてあげるのです」


 聞く人によっては告白かとも思ってしまうような、心を蕩かすほどの優しい言葉。

 俺は、それに言葉で返すことなく。彼女の軽い身体を優しく抱き締め返したのだった。





 新学期が始まってから初めての日曜日。天気は快晴。

 県で一番と言われている大型のショッピングモールには、新しく出来た友人達と楽しそうに笑い合う若者達でごった返していた。


 スマホを取り出して時刻を確認すると朝の九時まであと二十分といったところか。

 兎にも角にも、寝坊による遅刻は免れた。

 ⋯⋯実を言うと、セットしておいたアラームでは起きれずに、結局いつも通り夜天に起こしてもらったのだが。妹様様だ。


「んで、どこいんだよアイツら」


 待ち合わせに指定した場所はゲームセンターだったはずだが。

 着いてみれば、ただただ広い。たかがショッピングモール内のものだろうと舐めてかかってしまったのを早くも後悔している真っ只中である。


「ああクソ、UFOキャッチャーとかが障害物になってて視界が悪すぎるな」


 ていうかゲーム台のピコピコ音が聴覚で得られる情報の九割を持っていくせいで頭が働かねえ。

 まだ混雑していないとはいえ、人がいる中で大声を張り上げてまでアイツらの名前を叫ぼうとも思わないし、結果ひたすら歩いて探すしかない。

 ため息混じりの息を吐いて仕方なしに皆の探索を再開⋯⋯しようとした時。


「ふわははははっ! 我のAK小銃にかかればゾンビなぞ一網打尽よ!!」


 突如、すぐ真横から聞こえるのは耳に馴染みのある特徴的な一人称。

 まさかと思い声の方へと視線を向けると、そこにあったのはゾンビシューティングものと思われる箱型のゲームだった。

 中から聞こえてくるのは、合成されて作られた人工の銃声。


「C地点無事突破ァ! ならば効率的に次はF地点へと⋯⋯何っ、強制的にD地点? そっちには、そっちには行くなァァぁああッ!?」

「何やってんだお前」

「ぬおおおおっ、3Dエネミーだとッ!?」


 誰がエネミーだ、誰が。

 こちらに気付かせようと肩に手を置いて話しかけたは良いが、そこまで反射的に後ずさりされると悲しくなる。


「ん⋯⋯? おお、有ノ宮殿では御座いませんか。待っておりましたぞ!!」

「ああ。俺だ。腐ってもその画面に映ってるゾンビと一緒にすんじゃねえぞ」


 指さす先にはゲームオーバーの文字の裏で群がるゾンビのアニメーション。

 百円を入れてコンティニューをするかどうかを決める画面のまま止まった世界を無視して、俺は再度ゲーム台の外へと降り立つ。


「いやはや申し訳ない。ゲームにて銃を扱うのも随分と久しぶりで、いつに無くテンションが上がっておりました」


 そう言いながら俺の後ろに続くのは、オタ部の後輩かつ唯一の同性である鼓ヶ丘だ。ゲーム中は暗くてよく見えなかったが、外に出てみると彼の全貌がよく見える。

 カーキ色のカーゴパンツにはタクティカルベルトを装着し、機能性を重視。ベルトの着いた上着はイタリア製のパラシュートジャケット、つまり軍用ジャケットと言った感じの装い。


「なんつーか⋯⋯機動隊的な感じするわ」


 海外でバスジャックとか相手に銃を持って突撃してそうな見た目だ。この上に迷彩柄のヘルメットを被せてゴーグルさえつければ、軍人と言われてもさほど違和感が無いだろう。


「流石有ノ宮殿。貴方ならこのセンスを分かってくれると信じておりましたぞッ!」

「分かったから顔を近付けんな。⋯⋯ったく、どいつもこいつもよ⋯⋯うん?」


 鼻息荒く叫ぶ鼓ヶ丘をげんなりとしながら引き剥がしていると。


「ここに居たのね、二人共。時間的に考えると、まだおはようで良いのかしら?」


 視線の先から歩いて来るのは、足袋川先輩と。


「⋯⋯眠い」


 はぐれないように足袋川先輩の羽織っている上着の裾を掴みながら、竜胆が眠そうに目を瞬きさせているのだった。


「おはようございます、でいいと思いますよ。にしても意外な組み合わせですね? どこで拾ったんですかその竜胆」

「⋯⋯」


 眠そうにしながらも竜胆はジト目を向けてくる。器用なやつだ。


「残念だけれど拾ったわけじゃないわね。途中で合流しただけよ」

「為す術なく連れてこられた」

「帰ろうとしていた竜胆さんが悪いと思うのだけれど⋯⋯」


 嘘だろ、俺を差し置いて眠いから帰るってか。

 ⋯⋯俺も帰ろっかな、眠いし。


「とりあえず後は夜椿さんだけね。二人は⋯⋯見てないみたいね」

「あー、俺も鼓ヶ丘と会っただけですね。鼓ヶ丘は夜椿のやつ見なかったか?」

「うーむ、我も同じくと言ったところですな」


 なるほど。⋯⋯迷子センターにでも居るんじゃないだろうか。

 正直あの部長サマは自由奔放な節があるからな、一箇所に留まっているとも思えない。


「手分けして探しますか?」

「⋯⋯そうね。なら十分後、またここで落ち合いましょう」

「了解致しましたぞ」

「えっ、私も⋯⋯?」


 とまあ、こんな風に。

 俺達の交流会はとても順調とは言えない始まり方をしたのだった。

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