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第七話 机仕事は眠気を誘う

 新しい連絡先の追加というのは得てして少しばかり緊張するものだ。

 現に、俺は今自室で寛ぎながらも交換したばかりの天羽への連絡先に対する第一声を悩んでいた。


 ⋯⋯やはり無難に「元気か?」とでも言うべきか。

 だが昼間に元気な姿を見たばかりでそう書くのも違和感がある。果たしてこの疑問には正解なんてものは存在するのだろうか?

 相手は男子だろ、何緊張してんだとも思うがこれは俺にとって中々のイベントなのだ。

 なんせあの学校において他のクラス⋯⋯つまり違う部活動のやつと連絡先を交換出来る機会はそう無い。

 という事は、数少ない友人作りのチャンスなのだ。頑張れ俺。


「⋯⋯よし、これで大丈夫。行け!」


 気合いたっぷりに送信ボタンを押す。あとは既読がつくのを待つだけだ。


「やっぱ同性の友人は欲しいしなー⋯⋯」


 誰にでもなく発したその言葉が部屋に響く。

 ⋯⋯ちなみに結局送信した第一声は「元気か?」だった。

 自分の情けなさに思わず溢れる涙を寝巻きの袖で拭いながら、俺は深い眠りに落ちた。今夜はいい夢が見れたらいいな。

 そんな小さな想いを胸にする中。部屋には天羽からの返信であろう通知音が小さくひとつ響くのであった。





「痛っ!?」


 翌朝。特になんの夢も見ることなく熟睡していた俺は、腹への衝撃によって目が覚めた。


「道安兄、早く起きるのです」

「⋯⋯起こし方が雑なんだよ、夜天(よぞら)

「こうでもしないと起きない道安兄が悪いのです」


 そう言って呆れたようにため息をつくのは有ノ宮夜天。俺の妹だ。


「俺のせいなのかよ。⋯⋯まあ軽いからいいけど」


 ダイブしてきてから引っ付いたままの夜天を剥がし、寝起きでだるい身体を無理やり起こす。

 ベッドの軋む音を耳に入れながら大きく伸びて関節を鳴らし、凝った身体をほぐして起床完了。

 段々と明瞭になっていく意識がほのかに香る朝食の匂いを鋭敏に感じとった。


「何から何まで毎朝悪いな、夜天」

「そう思うなら自分で起きて欲しいのです」

「つってもなあ。目覚まし程度の音量じゃ起きれなくてな⋯⋯まあ努力はしよう」


 努力はする。出来るとは絶対に言わないが。


「まったく⋯⋯道安兄のことを貰ってくれる人が早く見つかるといいのですが」

「え、夜天が貰ってくれるって? そいつは嬉しいね」

「そんなこと一言も言ってないのです。とうとう聴覚も失ってしまったのですか?」

「手厳しいなー⋯⋯。ま、そうそう俺なんぞを貰い受けようなんて物好きは現れんと思うがね」

「⋯⋯それはどうでしょうか。ともかく、とりあえずは朝ご飯です」

「あー、そうだな。折角毎朝作ってくれてるんだ、温かいうちに食べなきゃもったいないしな」


 すたすたと先に歩く夜天の後ろを遅れてついて行く。

 こんな光景が有ノ宮家における毎朝の日常。出来のいい妹に家事の全てを任せて兄はぐうたらとする家庭。

 あれ? こう言ってみたら中々に俺ってヒモっぽくね? ⋯⋯仕方ない、なるべく自分でも起きれるように善処するか。


「あー、コーヒー淹れてくる。先座っといてくれ」


 そう言って俺は夜天と別れ台所へ。


「夜天ー! お前もブラックコーヒーでいいか?」

「そうですね。出来ればシロップも置いておいてくれると助かるのです」

「了解。⋯⋯将来的に俺もお前も、結婚相手とこんな会話をしたりするのかねぇ」

「⋯⋯道安兄が誰にも貰われなくても、私はいいのですが」


 ボソリと呟かれた愛すべき妹のその言葉は、俺の耳にまでは届くことの無い声量だった。

 俺は無駄に最新モデルである全自動のコーヒーメーカーを起動して適当に淹れる。

 ⋯⋯本当便利だなコレ、豆さえ入ってればボタンひとつで勝手に作ってくれるんだぜ。最新設備様々だ。


「出来るまで少し暇だなー。⋯⋯ああ、そーいやスマホ確認してなかったな」


 少しの待ち時間の中、俺はスマホのスリープモードを解除する。

 すると珍しく通知が数件。天羽からの返信だった。


「おお⋯⋯!」


 初めての同性同学年間でのやり取りに思わず感嘆の声が漏れてしまった。

 内容を確認するとたわいないものばかりだ。実にいい。


 友達がいないという状況から脱したことで気分を高揚させたまま、俺は出来たてのコーヒーをダイニングへと運ぶ。


「ありがとうございます。では、いただくのです」

「おう、俺もいただくわ」

「⋯⋯? どうしたのです道安兄。朝はいつも気だるげなのに今日はご機嫌です」

「あー、それはだな⋯⋯」


 俺はスマホを取り出して、ほとんど使ったことの無いSNSの画面を見せる。

 一体何がと画面を覗いた夜天は硬直し手に持ったフォークをカラリと落とした。


「あの道安兄に、友達⋯⋯?」

「あのってなんだよ。そこまで大袈裟な反応されると流石に傷つくんだが」

「本当に友達なのです!? 高校に入ってから一年間交友関係を広げることなく、毎日寝てばっかりだった道安兄にっ!」


 興味津々といった具合に詰め寄ってくる。

 ⋯⋯兄の心は深く傷ついたぞ、夜天。たった一人と連絡先を交換しただけでここまでのリアクションをされると思わなかった。


「近い近い。早く飯食えよ、遅刻すんぞ」

「それは道安兄の起きる時間が問題だと思うのです⋯⋯」


 それを言われたら黙るしかないんだけどな。俺に出発時間を合わせてまでして朝食を作ってくれている夜天には頭が上がらない。


 数分後、無事に朝食を食べ終えた俺達はそれぞれ登校の支度をする。


「道安兄。寝癖がついたままなのです」

「お? あー、悪い。助かった」

「身だしなみはきちんと、なのです。脱いだパジャマは洗濯するから回収です」


 中学校の制服を身につけた夜天が俺の背後にまわり、寝癖のついた髪を整える。

 ⋯⋯マジでコイツは将来いい嫁さんになりそうだな。


 実際、この家の家事はほとんど夜天に頼りっぱなしだ。そりゃたまには手伝いはするが、やはりそれでも全体の八割以上は夜天の家事スキルによるものだろう。

 いかんな、このままでは俺が段々とダメになっていってしまう。一家に一台夜天ちゃんってレベルだ。


「⋯⋯うし、行くか」

「ですね。今日は思いのほか道安兄の動きがキビキビとしていたので早く家を出れそうです」


 時計を見ると確かにいつもよりも少し早い。

 たかだか同性からのメッセージひとつでどれだけテンション上がってんだ俺。


「あー。やっと高校生活が始まるのかって感じだわ」

「もう二年生のはずなのですが⋯⋯そうですね。道安兄が楽しそうなので何よりです」

「楽しそうか? いつもこんなもんだろ」

「まあ確かにそうではあるのですが。今日は一段と、という感じですね。夜天は今日の道安兄、素敵だと思いますよ?」


 夜天はクスリと笑いながらそう言って、いつものように玄関のドアを開けたのだった。





 春眠暁を覚えず、とは言うが。あれは少しばかり訂正した方が良いのではなかろうかと個人的には思う。

 なんせあの言葉は春の朝は心地よく寝過ごしてしまうという意味だが、春の陽気は朝も昼も関係なく眠気を誘ってくるのだ。

 ⋯⋯まあ文章の意味合い的には、春は夜が短いからって理由もあるだろうし全面的に否定するのは難しいが。


「そこの所どう思いますか、足袋川先輩?」

「⋯⋯有ノ宮くんの場合はそもそも暇があれば寝てるじゃない。それも春だなんて関係なく」


 困ったようにこめかみを抑えながら、足袋川先輩は俺の下らない質問に答える。


「うっ、そう言われてしまったら否定しにくい⋯⋯ですが。最近の俺は若干働きすぎなんじゃないかと思うんですよね」

「確かにそれはそうだと思うけれど。⋯⋯それで、その働きすぎという事実を交換条件に有ノ宮くんは何を求めているのかしら?」


 その質問を待ってましたと言わんばかりに俺はひとつ咳払いをし。

 まっすぐと足袋川先輩の目を⋯⋯ではなく、机の上に置かれた大量の紙束を見て。


「この延々と資料を読み込む作業から開放されたいな、なんてお願いは⋯⋯やっぱダメですかね」


 今目の前には山のように積み上げられている紙束。

 その正体は、今までにこの学校内で行われてきた部活戦争の履歴が書かれた過去分の統計だ。

 一枚一枚にその時の対戦相手や賭けた物、そしてその時の試合内容が事細かに書かれている。


 本来であれば今日もB校舎へと向かおうかと考えていたのだが、今朝登校したらこの紙束があったのだ。

 どうせ部活戦争が始まる前には調べようと思っていたので、先にそちらを整理することにしたのだが。


「しかしこんな量の資料、よく見つけてきましたね。当たり前のように数百枚は超えてますよ?」

「正確には千と九百ほどかしら。この学校で去年行われた部活戦争の記録だけ借りてきたわ」


 一年間で行われた量とは思えない。

 いやまあ確かに計算してみれば、日に約五回ほどか。そう考えてみると全然有り得る数字なのだろう。


「⋯⋯有ノ宮殿、お手伝い致しましょうか?」

「おー、鼓ヶ丘か⋯⋯頼むわー⋯⋯」


 この資料一つ一つとのにらめっこが始まってから既に二時間は経っていた。

 正直クソ眠いし、なんなら今すぐに机へ突っ伏したいまである。だがしかし隣に座る足袋川先輩がそれを許さない。

 いや、本当は机に顔を伏せたところで特に何も言われないんだけどね? でも隣で人が働いてるのに自分だけが休むのってなんか気まずくない?


「ほら竜胆。ルービックキューブの分解なんかしてないでお前も手伝え⋯⋯」

「やだ」

「わお、シンプルな拒絶」


 ⋯⋯泣きそうになった。まあ無理に手伝わせるつもりも無いんだけどな。


「帰りてえ⋯⋯」

「残念ながらまだ下校時刻では無いわ。無事に終わったらご褒美をあげる、とでも言えばやる気が出るかしら?」

「⋯⋯ご褒美」


 健全な男子高校生に対して綺麗なお姉さんがそんな事を言っちゃいけません。いけない想像をしちゃうでしょうが。


「ええ。私のできる範囲で、だけれど」

「⋯⋯うっす、頑張ります」


 決してご褒美につられた訳では無い。きっと。


「有ノ宮殿。この読み終えた資料はどうすれば?」

「あー、順番が崩れないようにファイリングしてくれ。後で学校に返す時にバラバラだとどんなペナルティを貰うか分からん」

「承知致しました!」


 アイツよく動くなー。元気なのはいい事だ。

 それに比べて竜胆のやつは手伝う気が一切無い。

 なんというかやはり、この後輩達は中々に個性的すぎる。

 はたして連携が必要となった際に、ココの部長サマは彼等を扱いきれるのだろうか?


 ⋯⋯そういえば夜椿がやけに静かだと言うことに今更気付いた。


「おい夜椿⋯⋯って処理落ちしてやがるよこの部長サマ」

「うあー⋯⋯」


 俺達と同じく資料に目を通していた夜椿だが、気付いた時には時すでに遅し。オーバーヒートしたのか目を回してぐったりとしていた。

 ⋯⋯このアホの子には厳しかったか。


 ぺちぺちと軽く頬を叩いてみるが反応が無い。


「ご臨終です」

「⋯⋯仕方ないわね。夜椿さんの分も私が処理するわ」

「半分は俺が引き受けますよ⋯⋯足袋川先輩も無理しないでくださいね?」


 適当に半分ほど資料を掻っ攫い座席へと戻る。

 さて、あとどれほどの時間がかかるだろうか。今日丸一日は使う可能性だってある。


「⋯⋯うし」


 カバンを開けてペットボトルを取り出して水分補給。

 一息入れて再スタートを切ろうとした時に、ふとスマホに通知が来ていたのが目に入る。


「ん? ⋯⋯ほー、いいじゃねえか」


 思わずニヤついてしまった。

 通知画面に表示されているのは今までに使うことの無かったSNSのアイコン。

 そしてメッセージの差出人はやはりと言うべきか天羽だ。


「足袋川先輩。資料の整理、だいぶ短縮出来そうですよ?」

「⋯⋯? 何かいい事でもあったのかしら?」

「まあそんな感じですね。ほら⋯⋯」


 スマホの画面を足袋川先輩へと向ける。


「どうやら部活戦争の相手が見つかったみたいですよ?」


 ⋯⋯その画面には。部活戦争を受けてくれる部活動がひとつ見つかったとのメッセージが書かれていた。

 目の前に座る足袋川先輩はそれを見て息を飲む。


「じゃあ⋯⋯勝つための準備を始めましょうか」


 オタ部復興のための栄えある初戦は対将棋部。

 折角訪れたチャンスをみすみす逃すわけにはいかない。

 となると午後からは直接相手と会って話し合う必要が出てくるだろう。⋯⋯忙しくなるな。

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