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第五話 いざ行かん、紛争地帯へ

 俺は今、夜椿を連れて再度校舎内へと足を踏み入れていた。

 今朝方に職員室へと向かった際は昇降口から近かったこともあり問題なく到着したのだが。


「ああクソ、遠すぎんだろ⋯⋯!」


 この学校は、膨大な敷地面積を保有している事をすっかりと忘れていた。

 校舎自体が複数に分かれていることはままある事だが、問題はその校舎間の距離である。

 一つ目の校舎を抜けたと思えば、目に映ったのは屋外競技のための場所。テニスコートやストリートバスケ用のコートまでもが広がっており、次に向かう校舎はまるで豆粒かのように小さく見える。


「ちょっと休憩するか」

「賛成! 久々にこんなに歩いたよー⋯⋯」


 俺達は近場にあった手頃なベンチに腰掛ける。

 周りから他の部活動によるかけ声が聞こえる中、夜椿が話しかけてきた。


「ねえねえ。そういえば、対戦相手のこと聞いてなかったなって」

「あー、気になんのか?」

「当たり前だよ!? むしろ気にならない方がおかしいでしょ⋯⋯」


 まあそうだわな。

 しかもコイツこれでも部長だし。気にしてもらわなかったらむしろ困る。


「今のところ、挑むべきだと思ってるのは将棋や囲碁、チェス部とか。そう言ったボードゲーム系だと思ってる」

「なるほど?」

「疑問形のその返答ほど不安になるものはねえな⋯⋯」


 少なくとも理由を理解していないことは理解した。

 あっ。今のセリフ少し語感が良かったな、韻踏んでる感があって。踏んでないけど。

 そんなどうでもいい事はさておき、俺は説明を続ける。


「今回の部活戦争は相手側に有利なルールで始まることが確定してるだろ?」

「うん、厳しい戦いになるって足袋川先輩も言ってたよ」

「まあな。だが、裏を返せば⋯⋯むしろ今回はそのルールのおかげでルールの範囲が読みやすい」

「つまり相手に合わせて何かのボードゲームになるってこと?」

「ああ。なんだ、ちゃんと分かってんのか」


 俺の意外そうなその反応に夜椿は少しムスッとするが気にしない。だって素直に驚いただけだし。


「とはいえこれまでの部活戦争について軽く調べた上での足袋川先輩と俺による憶測ってだけだ。確実なんてものは無いしな、油断はするなよ?」

「うん。気をつける!」

「よしオーケイ。ま、とりあえずの目標はそもそも部活戦争の約束を取り付けるところだけどな」


 話を切り上げた俺はベンチから腰を上げ、近場にある自動販売機で適当な飲み物を二つ購入する。

 ⋯⋯今朝からずっと話していたからか喉がやけに乾いたな。

 片方のペットボトルを夜椿へと放り、手元に残ったスポドリは一気に飲み干した。


「おー、いい飲みっぷりだねえ」

「⋯⋯」


 突如声をかけられ、思わず振り向いた。

 少なくとも夜椿の声ではない。


「あらら、そんなに警戒しなくてもいーのに。おねーさん悲しいなー」

「⋯⋯あー。三年生の方っすか?」

「そうだよ。よろしくね」


 そう言って、テニスラケットを持った彼女は悪戯っぽく笑う。

 にしてもテニス部のユニフォームってのはなんでこんなに魅惑的なのだろうか。思わず目を逸らしてしまう。


「あはは、可愛いなあ。それで君はあそこの彼女さんとどこに行くのかな?」

「B校舎の方っすけど⋯⋯それが何か?」


 一体この先輩は何を言いたいのだろうか。というか別に夜椿は彼女でもなんでもない。

 俺が問い返すと、先輩は携えたテニスラケットをB校舎の方へと向け。


「部活戦争をけしかけるのはいいけど。あっちの校舎は地獄だよ」

「⋯⋯大丈夫ですよ。そのくらい把握しています」

「ふーん。ならいいんだけど⋯⋯」


 最後に観察するようにしてこちらを見上げ、先輩は踵を返して去っていく。

 少なくとも俺に向けられていた視線はこちらを心配するものだった辺り、あの先輩も中々の世話焼きなのだろう。


「おい部長サマ。そろそろ行くぞ」

「へっ? うわわ、待って!」

「午前十時か。昼時までには帰りてえな⋯⋯」


 慌てて追いかけてくる夜椿の気配を感じながら。俺はのんびりとした足取りで、目的地であるB校舎へと向かうのだった。





 この学校こと国立黎明研鑽学園には、大まかに分けると四つの校舎がある。

 それぞれA校舎からD校舎の呼ばれ方をしており、オタ部の部室が隣接する校舎がA校舎。


「⋯⋯なんつーか、雰囲気はあんま変わんねえみたいだけど」


 そして、今俺らの眼前にそびえ立つ校舎こそがB校舎。

 見た目こそはA校舎とほとんど違いは無い。

 強いて違いをあげるとするならば、外からでも分かるほどに敷地面積があちらに比べると少ないのと、隣接する体育館らしき場所が見当たらない。


「ねね、有ノ宮くん」

「なんだ質問か?」

「えーっとね。質問というか確認なんだけど⋯⋯B校舎って変な呼ばれ方してなかったっけ」


 そう言って不安そうな視線を俺へと向ける夜椿。

 変な呼ばれ方、ねえ。


「紛争地帯ってやつか? 物騒だよなー、怖い怖い」


 B校舎に部室を構えるということは、総じてその部活動は実績不足であるという証拠となる。

 つまりこの校舎内の部活動は皆、学校からのバックアップを満足に受けれていない状態だ。

 その結果どうなるかと言われれば、もちろん。


「てめゴラァ、軽音部ぅ! 今日こそ部活戦争を⋯⋯って逃げんなァ!!」

「はははっ脳筋共め! 残念ながら今月中は勝ち逃げさせてもらうよ!」


 ギターケースを背負った女子生徒が筋骨隆々の男子生徒に追いかけ回されていたり。


「ちくしょお⋯⋯勝てる気がしねえよお⋯⋯!」

「部長っ、しっかり! 次の戦争で負けたら部室の中がすっからかんになりますよ!?」


 道端で頭を抱えながらうずくまり、呪詛のごとくマイナス感情を吐露する男子生徒がいたり。


「うわぁ⋯⋯」

「これは酷いな。なんつーか、無法地帯って言葉がこんだけ似合う場所もなかなか無いぞ」


 兎にも角にも、実績の無い部活動がより良い環境を得るために頻繁に繰り返される部活戦争。

 その末路である悲惨な光景が目の前には繰り広げられていた。


「⋯⋯どうしよっか?」

「どうするも何も入るしかねえだろ。ほら行け部長サマ」

「ええっ、私からなの!?」


 先程のあまりにもな光景を見て気後れしたのか、夜椿は中々一歩を踏み出せない。

 ⋯⋯というかオタ部の状況ってコイツらよりも悪いはずなんだよな。こんなにのんびりしてて大丈夫なのだろうか。


「まあなんとかなるだろ。入った入った」

「そんな雑なっ!? ⋯⋯うー。お邪魔します⋯⋯」


 校舎内に入るとより一層喧騒が強まる。

 その聞こえるほとんどが部活戦争関連のものという辺り、このB校舎における現状が見て取れるというものだ。

 さて、ひとまず俺らの目的を果たすためにはこの校舎内での部室の場所を把握しなければいけないわけだが。


「⋯⋯どうしたもんかね。下手なヤツに聞いたらそのまま部活戦争を挑まれそうなレベルなんだが」

「目と目があったら部活戦争だ! ⋯⋯みたいな?」

「実際そのレベルでもおかしくはなさそうだけどな。ほら、現に俺らのことをターゲットしてる奴らも⋯⋯」


 ⋯⋯あっ、マズイ。


「おい逃げるぞ夜椿! 同じ場所に留まってたら捕まっちまう!」

「うえっ!?」


 俺らが脱兎のごとく逃げ出すと同時、こちらを伺っていた様子の人影も走り始める。

 幸い足が早いわけでもなく、追いつかれる様子は無さそうだ。


「ちょっとそこの御二方ぁ! 少し話を聞いていきませんかぁー!?」

「大丈夫です、怪しい者ではありませんからっ!!」


 宗教勧誘かよ。そんな誘われ方に乗るはずねえだろ。


「ねね、有ノ宮くん。お話を聞いてあげるくらいなら⋯⋯怪しくないって言ってるし⋯⋯」

「馬鹿がここに居た!!」


 こいつ脳内お花畑かよ。そのうち変なツボ買わされるんじゃねえの?

 多大なる不安に駆られるが今はそんな事を考えている暇はない。


「チッ、まだ追いかけてきてやがる⋯⋯おい夜椿!」

「ひゃいっ!? 何かな!?」

「少し耳貸せ」


 なるべく追っ手に聞こえないように声のボリュームを落とす。


「構造的に次の曲がり角の先は階段だ。何度か昇り降りしてるが幸いにもここは二階、そこで撒くぞ」

「了解だよっ。⋯⋯ちょっと疲れたね」

「言ってる場合かっての。よし、曲がったら直ぐに階段を駆け降りるぞ」


 ちらりと後ろを見るとまだ着いてきている。⋯⋯しつこいな、ここまで来ると。

 もはや一種の執念だなと内心毒づきながら、夜椿と共に階段を急いで駆け降りる、が。


「きゃっ!?」

「夜椿っ!? ⋯⋯クソがっ!!」


 最後の最後で夜椿が足を踏み外し、危うく大怪我をするところだった。

 すんでのところでその小柄な身体を地面との衝突から守ることが出来たが、いかんせん体勢がマズイ。

 どこか教室のドアの裏で夜椿の口を手で塞ぎ、抱きしめている。転ばないように夜椿の身体を支えつつ、咄嗟に身を隠したせいだ。


「んむーっ!」

「静かにしろ。アイツらがまだ、すぐ近くで俺らを探してる」


 勢いで逃げ込んだ教室だが、何故か覗きには来ないようだった。

 このまま身を隠していれば撒くことが出来そうだな、と一安心したところで。


「⋯⋯ん?」

「やっと気づいてくれたみたいだね」

「うおっ! 誰だっ!?」

「まあまあ、そんなに警戒しないで。それよりその手、離してあげた方がいいんじゃない?」

「手、って⋯⋯あ」


 手元を見ると、胸元で抱き抱えられて口元を塞がれた夜椿が涙目でこちらを見上げていた。

 ⋯⋯やべ、忘れてた。これ俺訴えられるかな。

 急いで手を離す。明らかに夜椿の顔が赤いが、やぶ蛇だろうから触れないでおく。


「⋯⋯すまん」

「むう。恥ずかしかったんだよ? ずっと見られてるのに抱きしめてくるし」


 マジかよ。

 俺は先程目が合った男子生徒に視線を向ける。彼は爽やかな笑顔を浮かべ、手をヒラヒラと振ってきた。

 ⋯⋯くっそ、声のひとつでもかけてくれりゃ良かっただろうに。


「あはは、君達面白いね。それでどうしたの? そんなに息を切らして」

「あー、実はな⋯⋯」


 かくかくしかじかとこれまでの経緯を軽く説明する。

 部活戦争を特定の部活動へと仕掛けに来たこと。油断をしていたらターゲットにされ、追いかけ回されたこと。そして、その結果怪我をしかけた夜椿を庇ってこの部屋に入ってしまったこと。


「なるほどね、納得したよ。確かに鬼気迫る風に追いかけられるのは怖いし、何より嫌だ」

「ああ、ごもっともだ。⋯⋯んで、ここは? 見るからに空き教室ってわけじゃないんだろ?」


 周りを見回してみると、ソファにテーブルなどなど。生活感が感じられる部屋だった。

 目の前で寛ぐ謎の人物に至っては、優雅にティーカップへと紅茶を注いでいる。


「とりあえず座りなよ。自己紹介をしようか」


 招かれるままに俺と夜椿は座席へと座る。

 目の前の男子生徒は紅茶を人数分淹れ終えると共に、その口を開いた。


「僕は天羽扇(あもうおうぎ)、二年生だ。天羽でも扇でも好きなように呼んでくれて構わない」

「夜椿らくだだよ!」

「⋯⋯有ノ宮、道安だ」


 夜椿に続いて自己紹介。

 互いの名前を知ることは、交流を深める上でのスタートラインだ。

 だが、今の俺はそんなことよりも。


「なあ、天羽。ひとつ聞いていいか?」

「どうしたんだい? 僕に答えられることなら何でも聞いてよ」

「ああ。じゃあ遠慮なく聞かせてもらうが⋯⋯ココは、何の部室だ?」


 俺の質問に対して天羽はひとつ、クスリと笑い。


「説明の前に僕の肩書きから。先程言ったように僕は天羽⋯⋯このチェス部にて、代理で部長を務めさせて貰っているよ」

「⋯⋯マジかよ、そう来たか」

「良かったじゃないか、目的の部活動が見付かって。とりあえずはようこそチェス部へ、歓迎するよ」


 想定外ではあったが嬉しい誤算だった。

 あんなメリットの無い鬼ごっこを続けながら部室をひとつひとつ当たっていくのは流石に勘弁だったからな。

 俺はひとつ息をつき、天羽へと向き直り。


「んで、だ。さっき軽く説明したが⋯⋯部活戦争を、受けてくれないか?」


 部活戦争の提案。ここに俺達が来た理由だ。

 話してみれば天羽は話が通じるタイプの人間だ。ならば交渉の余地はある、と踏んだのだが。


「ごめんね。今、僕達チェス部は部活戦争を受け付けていないんだ」


 ⋯⋯返ってきたのは、拒絶の言葉だった。

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