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第三話 後輩に頼られるというのは嬉しいものだ

 翌朝。いつものようにバスを降り、部室へと向かう。

 予鈴が鳴るのと同時に到着。遅刻ギリギリだ。

 睡眠欲は昔から俺の天敵である。

 ⋯⋯小学生のころはよく授業中に居眠りをしていたっけか。それを三者懇談の時に言われて血の気が引いたのを覚えている。

 だからこそ。朝はなるべくギリギリまで寝て、この時間に登校するのが日常になっていたわけだが。


「もー! 遅いよ、有ノ宮くん。みんな待ってたんだよ?」


 ドアを開くや否や、ずいと近づいてきてこちらを見上げる端正な顔があった。


「⋯⋯いつもこんな時間だろ」

「うっ、確かに」


 納得するまでが早かった。まあ変に駄々をこねられるより全然いいか。

 夜椿から視線を外して部室内を見回すと、当たり前だが全員揃っていた。

 あれ、これ本当に俺を待ってたパターンか。


「んで? 珍しくホワイトボードなんて出して何をするつもりだ」

「ふふふー。ずばり作戦会議だよ!!」


 そう言って手に持った水性ペンの先をこちらへと向ける夜椿。⋯⋯なんだろうか、この謎の不安は。

 椅子に座る他の面子を見るが、やはり何の作戦会議なのか知らないような雰囲気だった。


 このままでは埒が明かないと判断し、定位置へと座る。

 入口から最も遠い席。所謂上座に足袋川先輩が座り、間に夜椿を挟むようにして俺が座るのが普段の並び。

 しかし今日の部長サマはホワイトボードの前なので、珍しく足袋川先輩の隣だ。


「おはよう、有ノ宮くん。今日も相変わらずなのね」

「おはようございます。そっすね、いつも通りの俺ですよ」


 自分で言っておいてなんだが、いつも通りの俺とは。自意識過剰かよ。

 足袋川先輩は気にすることなく微笑みで返してくる。あー、いつも通りの足袋川先輩だわ。癒される。


「と。本鈴が鳴ったか」


 活動開始のチャイムが鳴ると同時に、夜椿はホワイトボードに文字を書き込んでいく。

 女子らしい丸文字で大きく書かれたそれを、彼女は口に出して読み上げた。


「じゃじゃーん! 第一回、オタ部会議を始めます!」

「オタ部会議? また安直だな」

「有ノ宮くんは余計なこと言わないの! 大事なことなんだから」


 怒られてしまった。

 まあ確かに内容も聞かずに安直とは言い過ぎたかもしれないな。名称は安直だが。


「そして第一回の議題は⋯⋯これだよ! めざせ部室大改築!」


 夜椿が出した議題。それは、簡単にまとめるとこうだった。


 今までは何とかしてこの何も無い倉庫のような部室で過ごしてきたが。

 後輩が増え、彼らのオタ部での活動を考えると長机とパイプ椅子以外にも必要なものが沢山ある。

 その上これから訪れる夏に備えて空調も欲しいとの事だ。


「それに、この部室広さだけならあるから皆が個人で過ごせる区画を作ってみてもいいかなーって。そしたらオタ活も捗るしね!」

「ああ。確かにそれは一理あるが⋯⋯。部費は?」

「⋯⋯えっとほら。日曜大工とかでぱぱっとなんとか」

「⋯⋯マジかよ」


 プランも何も無かった。DIYだけで何とかするつもりなのか?

 そう言えば竜胆のやつ、ものづくりが趣味とか言っていたがその辺はどうなのだろうか。


「⋯⋯機械専門」

「だってさ。で、どうする部長サマよ」

「えっと、がんばる⋯⋯」

「そうじゃない。大雑把でいいからプランくらいはーー」

「うう。皆で一緒に頑張ったら仲良くなれるかと思っただけなんです⋯⋯」

「⋯⋯」


 この部長、ポンコツすぎる。

 夜椿は見るからに落ち込んで、いつもとは逆に俺を足袋川先輩と挟むようにして座り机に顔を伏せた。

 軽くつついてみるが反応はない、ただのしかばねのようだ。

 ⋯⋯ダメだな、本当にコイツは。まあ多少抜けている所があるくらいが可愛いものかもしれないがな。


「⋯⋯はあ。聞け、鼓ヶ丘に竜胆。これからしばらくの活動方針を決める」

「し、承知致しましたっ! 有ノ宮殿!」

「らじゃ」


 うーん、個性的。

 だがまあ話を聞いてくれるならそれでいい。人となりはこれからどれだけでも知れるしな。

 動かなくなった夜椿と交代するようにして、俺はホワイトボードの前に立った。


「あー。とりあえずは部長サマの目標は俺も必要だと思う。なんせ夏場は地獄だしな、この部室」

「⋯⋯そうね。その通りよ」

「去年はほぼ全員夏バテでしたもんね。無事だったのは俺くらいでしたし」


 足袋川先輩は心做しか遠い目をしながらも賛同してくる。正直俺も思い出したくないな、あの環境は。

 皆が皆汗だくで、透ける夏服など気にする余裕も無いくらいの状態だった。

 唯一無事だった俺が部屋の換気や水分の補充、水撒きなどをしていたが焼け石に水。次の夏までには絶対にクーラーを手に入れねばと決意したものだ。


「鼓ヶ丘。お前の愛銃を灼熱地獄で放置するわけにはいかないだろ?」

「⋯⋯確かに我が愛銃は繊細で、メンテナンスが欠かせませんからな。空調含め自分の区画は出来ることならば」

「だろうな。現にお前、ガンケースを直置きせずにずっと膝上に抱えてるし。せめて畳とかマットがあればなんだが。すまん」

「いえいえ、滅相もない! 有ノ宮殿が頭を下げる必要なぞ!」


 何やら慌てだしたので大人しく顔を上げる。

 だが、この部室の状態のせいで不都合を生じさせているのは俺ら先輩の問題だ。


「⋯⋯で、竜胆。さっき機械いじりって言ったが」

「空調に、整備区画。ある程度の範囲でいいからほしい」

「了解。じゃあ当分はこの方向性で良いですか? 足袋川先輩」


 最後の確認として、唯一の三年生である足袋川先輩へと尋ねる。

 彼女はその細い人差し指を顎に軽く当て、少しばかり黙考。その後ものの数秒ほどして口を開いた。


「⋯⋯そうね。けれど、方法は? 区画程度ならパーテーションで区切れば可能だけれど。流石に空調は難しいのではないかしら?」

「そっすね。確かにその通りです。けれど、この学校にはありますよね。方法が、沢山」

「⋯⋯本気なの?」


 足袋川先輩は察したのだろう。珍しくその整った顔に浮かべた表情を燻らせる。

 部活動同士で競い合うことを是とする特殊な校風とカリキュラム。その中に用意されている、成り上がりのための道。


「部活戦争を他の適当な部活にけしかけます。まあ本気でやるか否かは、そこでこっそり耳を傾けてる部長サマ次第ですけどね」

「っ!?」


 突如、俺の発言に流されるようにして皆からの視線を受けた夜椿は、その肩を跳ねさせた。


「んで、どうする。諦めるか?」

「ううー⋯⋯」


 不安、期待、同情など皆の様々な感情が入り交じったその視線を振り払うかのように、夜椿は勢いよく立ち上がり。

 ーーそして、宣言をする。


「⋯⋯諦めない。私はこの代で、オタ部を救うんだから!」


 キッパリと言い放つその表情には確かな決意が宿っていた。


「だ、そうですよ。足袋川先輩、サポートお願いします」

「⋯⋯副部長だもの、当たり前よ。けれど夜椿さん、分かっているの?」

「へ?」


 酷く気の抜けた返事だなおい。

 しかしツッコミを入れる気にはなれなかった。

 なんせ、足袋川先輩の表情は固く張りつめていて。諧謔(かいぎゃく)のひとつも許さないような、そんな冷たい雰囲気を纏っていたのだ。

 初めて見るな、こんな足袋川先輩は。

 雰囲気こそ冷たいが、慣れ親しむとどこか暖かい。そんな彼女を知っているからこそ、そのギャップに俺は怯んでしまったのだが。


「この学校で上を目指す。その意味を⋯⋯本質を、貴女は分かっているのかしら?」


 再度問いかける。雰囲気は依然冷たいままで、その一言一句に重さが宿っているようだった。

 しかし、夜椿は。このオタ部が誇るべき部長は、あっけらかんと言ってのけた。


「大変なんだろうな、ってことしか分かんないです。でも⋯⋯私達の場所を、信じてますから」


 照れくさそうに少しはにかんで言う夜椿に、足袋川先輩は諦めたように息をつき。


「⋯⋯そう。分かったわ」

「最終的になんの根拠も無かったですけどね」

「本当にね。貴方が焚き付けたのだから、責任はとるのよ?」

「⋯⋯善処します」


 ヤバい。足袋川先輩の目が笑ってない。

 だがしかし、ここまでお膳立てしておいて俺は不参加というのはあまりにも無責任だしな。仕方ないか。


「よーし。じゃあ作戦会議再開だよ!」


 このお気楽で能天気な部長サマが目指すオタ部とやらを実現させるために。

 ⋯⋯俺も、無難に頑張るとしますかね。





「じゃあ部活戦争について説明をお願いします、足袋川先輩!」


 普段の座席の配置に戻り、平常運転に戻った夜椿の指示で足袋川先輩が説明を開始する。

 とはいえ、俺含む二年生以上の上級生は誰もが理解している内容だ。つまりは後輩二人に向けての説明会となる。


「ええ、任されたわ。皆、手元の資料⋯⋯この学校のシラバスからーー」


 着々と説明が進んでいく。

 シラバスに書いてある部活戦争についての項目のうち、必要な箇所を取捨選択して解説。

 さらに足りていない説明は、ひとつひとつ足袋川先輩が付け加えていった。


「⋯⋯下手な教師より教え方上手いですね?」

「そう? ありがとう。でも簡単なことよ、しっかりと教える側が理解していれば誰だって出来るわ」


 思わず口に出てしまったその言葉にも、照れることなく至極当然のことのように淡々と返答する足袋川先輩。流石。

 そんなこんなで会議、もとい説明会はある程度終わり。

 ホワイトボードに軽くまとめられた内容を俺達は反芻した。


 まず第一に、部活戦争を始める際には立会人と監督官が必要ということ。これは公平を期すために当然のことで、その目的からそれぞれは私情を挟まぬ第三者でなければいけない。


「これって確か適当な手の空いてる先生でもいいんでしたっけ?」

「大丈夫のはずよ。忙しい時期でもない限りは困ることは無いわね」

「⋯⋯なら大丈夫そうですね」


 次の項目に目を向ける。

 第二に、互いに何を賭けるか決めねばならない。備品、労働力、果てには部室の権利まで。

 賭けるモノの条件としては、まず互いに対等であることが大前提。しかし個人の尊厳を貶めることになるモノや、学外での生活に支障を及ぼすモノは不可となる。


「真剣勝負だもんね。フェアじゃないと!」

「そうだな⋯⋯で、部長サマよ。このオタ部が賭け金として出せる価値のあるモノってなんだ?」

「えっ? えーっと、労働力⋯⋯くらいかな⋯⋯」

「ああ。だが、ココの存続に影響が無い程度の労働力なんてたかが知れてるからな。そこで次の項目だ」


 第三に。当事者同士が了承した場合のみ、賭けるモノの価値に差があれど部活戦争自体は可とする。

 だが、その場合は戦争自体のルールがより価値の高いモノを賭けた側へと有利に働くよう、監督官が自らの裁量を以てそのルールを決めねばならない。


 ⋯⋯つまり、こちらが労働力しか出せなくても。

 采配次第では備品どころか学校からの部活動に対する支給金、それそのものを得ることだって十分に可能だ。

 ならばこのルールを取っ掛りとして、わらしべ長者のごとくより良いモノを手に入れる、と。


「とりあえずはこんな感じね。何かわからないことはあるかしら?」


 足袋川先輩は確認がてら、座っている俺達へと視線を投げる。

 まあ俺はもともと知っていた上にこの作戦の立案者だ。分からない、などとは口が裂けても言えない。


「あ、あのー⋯⋯」


 おずおずといった感じに挙手をする人影がひとつ。鼓ヶ丘だ。


「どうしたの、鼓ヶ丘くん。聞きたいことがあるなら遠慮せずに聞いていいのよ?」

「わ、分かりました。その⋯⋯言いにくいのですが、我がとてもとても戦力になるなどとはどうしても思えず」


 彼は自信なさげに俯いて、そう言った。

 ⋯⋯まあ分からんでもないが。

 なんせ、不利な条件を敢えて飲み。相手の土俵となるかもしれない勝負を受けるのだ。

 少なくとも入学したての一年生には荷が重いだろうしな。怯えるのも仕方の無いことだろう。


「あー、鼓ヶ丘?」


 俺は諭すようにして語りかける。

 ⋯⋯本当ガラじゃ無いんだけどなあ、こういうの。


「少なくとも勝算がゼロの内容は学校も出さない。ただこっちが勝つ条件の方が厳しいだけだ」


 突破口があるなら死にもの狂いでそれを見つけるだけ。そう伝えるも、未だ表情からは不安が拭えない。


「あとはアレだ、アレ」

「アレ⋯⋯、といいますと?」

「鼓ヶ丘ひとりで頑張るわけじゃねえ。怖かったりしたら俺ら先輩を頼れ。⋯⋯だってお前、俺らの後輩だろ?」


 安心させるように言うが、死ぬほど恥ずかしい。⋯⋯今すぐ適当な理由つけて帰ろうかな?

 だがしかし、まるでその行動を許さないかのように。


「うおおおっ⋯⋯! 有ノ宮殿お!!」

「あ? ⋯⋯って泣くな、抱きつくんじゃねえ!」

「うおおんっ⋯⋯」


 聞こえていないのだろうか? 全く腰に回された腕を引き剥がせない。


「ちょっ⋯⋯夜椿、足袋川先輩? 見てないで助けて⋯⋯」

「⋯⋯えへへ」

「あら。後輩に頼れるところを見せた方がいいのではないかしら?」


 駄目だこの人達。助ける気が無いどころか楽しんでやがる。

 少なくとも俺には男に抱きつかれて喜ぶ趣味は無い。


「ああクソ、竜胆! どうにかしてコイツをっーー」


 そう思って視線を竜胆の座る椅子へと向けるが。


「ぐっどらっく」

「お前もかよっ!」


 最期の頼みの綱が消え、俺は膝から崩れ落ちた。

 その衝撃で鼓ヶ丘による熱烈なホールドは解け、無事に解放されたのだが。


「有ノ宮殿お⋯⋯」

「⋯⋯」


 多大な疲労感と羞恥心。そして圧倒的なやるせなさが、俺の中には残されたのだった。

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