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第二話 集いし少年少女

至らぬ点があれば是非にお申し付けください。精進して参りたいと思います。

 無事滞りなく歓迎会の準備は終わり、あとは新入生を待つだけとなった。


「なかなか来ないね?」

「まあ入学式だしな。俺らの時も大体昼飯時までかかっただろ」

「そうだっけ。よく覚えてるね」

「逆に一年前のこと覚えてねえのかよ⋯⋯」


 俺は去年の入学式のことをよく覚えている。

 流石マンモス校、と思わず萎縮してしまうほどの大きな体育館で行われた入学式。常識的に考えると、入学式というものは式典であり厳かに行われるべきものだ。

 しかし、この学校では違った。

 確かに行われた場所こそは体育館の一角だった。だが、その時の雰囲気は入学式というよりも開会式、という方がしっくりと来るような雰囲気。

 壇上で話をする校長の後ろには、天井にまで届かんばかりのトロフィーが丁寧に並べられており圧巻されたものだ。


「例年通りならそろそろ入学式が終わる頃合いだと思うのだけれど」

「そっすね。⋯⋯新入生達、この場所分かるんすかね?」


 他の部活動とは違い、この場所は校舎内ではなくもはや外。隔離されている。

 去年クラス分けを見た後はたどり着くのに時間がかかったものだ。

 ただでさえクソ広い校舎をさまよい歩き、途方に暮れていたところを優しい先輩に案内してもらったのだ。

 この場所を見た時は絶望したけどな。

 だってまさか校舎外にあるとは思わないじゃん。時間返せ。


「おっと。話をしてたらもう昼時みたいだぞ」


 校内放送で正午の時間を知らせるチャイムが流れる。ということはあと少しで後輩が出来るってことか、少しワクワクする。

 どんな感じの子なのかなー、可愛い子だったら嬉しいな。その上で部長サマの暴走によって無限生成される疲れを癒してくれるような存在だとなおよし。

 そんな過ぎた望みをしていると、ガタリと突如夜椿が立ち上がり。


「一人目が来るみたいだよ!」


 そう言い放った。

 え、窓ひとつ無いこの部室に居てどうやって分かったんだろうか。野生の勘的な?


「ほらほら、心の準備。深呼吸して落ち着いて!」

「分かったからお前が落ち着けっての」


 さっきからずっとソワソワとしていて心ここに在らずと言った様子である。手元には緊張を紛らわすためか、先程持っていたハンディモップをなぜか持っているし。

 ⋯⋯明らかに意味を成さなそうなのでハンディモップは取り上げる。


「ああっ、私のお掃除セットが!」

「歓迎会の時にはいらんだろ。部長サマなら堂々と新入部員を迎えに行くくらいでいいんだよ」

「そうね。そのくらい、きっと夜椿さんなら出来るわ」

「足袋川先輩もこう言ってるしな。ほら迎えに行った行った」


 俺の言葉に背中を押されたのか、足袋川先輩の声援に勇気付けられたのか、はたまたその両方か。

 忙しなく部室をウロウロとしていた夜椿は覚悟を決めたように頷いた。


「うん。迎えに行ってくるね!」


 扉を開けて駆け出していく夜椿。

 その背中を見届けた俺と足袋川先輩は、互いに安心したかのように目を合わせたのだった。





「と、言うわけで。新入部員兼クラスメイト歓迎会を始めまーす!」


 殺風景な部室のど真ん中に、向かい合わせに並べられた長机が二つ。

 片方には拍手をする夜椿を挟むようにして俺と足袋川先輩が座り、そしてもう一方の座席には。


「とりあえずは自己紹介からね。私は部長の夜椿だよ、よろしくね! と、いうわけでーー」


 夜椿は対面に座る二人の後輩へと眩しい笑顔を向ける。

 なるほど、コレが純粋無垢な笑みってやつか。俺には真似できん。


「待て。俺らにもせめて自己紹介くらいさせろ」

「そうね、私達も一応先輩なのだから。礼儀くらいはしっかりしなきゃいけないでしょう?」

「ごめんなさい⋯⋯」


 足袋川先輩に優しく諭され、しおらしくなってしまった。部長としての威厳的に大丈夫なのだろうか?


「とまあ、部長サマと同じく二年生の有ノ宮だ。よろしく頼む」

「足袋川葛葉、三年生よ。一応副部長をやっているわ」


 俺に続き自己紹介をする足袋川先輩。

 というか知らなかった事実を知ってしまったのだが。


「足袋川先輩って副部長だったんですか」

「そうよ? どんな部活でも部長の補佐は必要だもの」

「マジすか。全然知らなかったです」

「それは有ノ宮くんが部活動に興味を示さなさすぎるからなのだけれど⋯⋯」


 おっと、珍しく素で呆れられたぞ。


「よし。じゃあ俺と足袋川先輩の自己紹介も終わったってことで。次だ次」

「あっ、逃げた」

「逃げたわね⋯⋯」


 悪いか。逃げるが勝ちってやつだ。

 俺は二人から視線を逸らし、代わりに未だ一言も発しないでいる後輩達を軽く観察する。


 片方は男子生徒。既に冬も終わり暖かくなってきている中、この空調も何も無い室内で迷彩柄の暑そうな服を着ている。

 軍用ジャケットと言うやつだろうか?

 というか物凄い汗だぞ、大丈夫か。熱中症で倒れたりしないよな?


 そしてもう片方の椅子に座るのはポニーテールの女子生徒だ。

 第一印象は⋯⋯こうなんというか、小さい。全体的に。子供じみた雰囲気だが、その顔はこの部屋に入ってからというもののずっと無表情。

 何を考えているのか分からない、掴みどころのなさそうな少女だ。


「じゃあ気を取り直して。自己紹介お願いできるかなっ?」

「⋯⋯」

「⋯⋯」

「⋯⋯あれ?」


 夜椿の声に反応がない。一体どうしたのだろうか。

 男子生徒の方を見てみると、視線が部屋の隅へと向いていた。

 ⋯⋯ああ、分かるぞその気持ち。いきなり自己紹介しろって上級生に言われたら緊張するよな、分かる分かる。


 一方の女子生徒は相変わらずの無表情。

 視線があったので、何か喋れの意で軽く指をクイクイと曲げると少女は首を傾げた。ダメだ、意思疎通が出来そうもない。


「うう。どうしよ⋯⋯」


 こっちはこっちで泣きそうになってるし。

 ⋯⋯しゃあねえな。


「なあ後輩クン。その服、かっけえな。軍用ジャケットってやつか?」

「わ、我のことでしょうか!?」


 うおっ、一人称が我ってすげえな。

 だがコレで話のとっかかりは掴めた。後は会話を広げればいいだけなのだがーー、


「おう。見た目からしてミリタリー好きって感じだな」

「おお! そうでございますぞ、有ノ宮殿はよくお分かりで。最初にこの場所を見た際はどのような不良のたまり場かと思いましたが⋯⋯。有ノ宮殿のように理解のある方が居られるとは!」

「⋯⋯ああ、そうだな!」


 どうしよう。この後輩、熱気がすごい。

 よく見たら他の全員が少し引き気味に距離をとってるし。

 まあ引っ込み思案なだけで悪い奴では無さそうだし、オタ部でなら馴染めるだろ。


「んで、名前は?」

「おっと失敬。敬愛すべき上官に対し名乗るのを忘れるなど」


 忘れてたというか言い出せてなかっただけな気もするが。まあ言わぬが花ってことで。


「我の名は鼓ヶ丘國弘(つづみがおかくにひろ)。愛銃と共にこの戦場で名を轟かせるために馳せ参じたのである!!」


 鼓ヶ丘國弘と名乗った男子生徒は、ドドンとSEの付きそうなポーズをとる。

 ⋯⋯うん。中々個性的な後輩が出来たな。


「鼓ヶ丘くんか。ありがとうな、流石にずっと後輩クン呼びはキツい」

「むう。私、ほとんど部長サマとしか呼ばれたことないのに」


 部長サマが何か言ってるが聞き流す。

 だって言い慣れてしまったんだし仕方ないじゃん。

 上手く名乗りを上げれてご満悦なのだろうか、鼓ヶ丘は荒い鼻息をたてている。


「んじゃあ次だ。ホラそこの椅子の上で体育座りしてる子」

「⋯⋯竜胆鈴(りんどうすず)

「よしオーケイ」


 竜胆ね、完全に把握した。

 うんうん。コンパクトな自己紹介で良かったと思うよ、俺は。


「ストーップ! 他にまだ無いの!?」

「⋯⋯」

「無いってさ」


 竜胆はこくりと小さく頷く。

 けれど、夜椿は納得いかないのか口元をもごもごとさせていた。

 一体何が不満なのだろうか⋯⋯とは言うまでもないか。この部長サマのことだ、初めて出来るオタ部の後輩のことをもっと知りたいのだろう。

 はあ、めんどくせえ。


「竜胆。お前の好きなことはなんだ?」

「⋯⋯ものづくり」

「だ、そうだぞ部長サマ」

「おー! ものづくり、私も好きだよ。どんなのを作るの?」


 嬉々として竜胆に飛びついて行った。

 抱きしめられている竜胆は相変わらず表情が読めないが、振りほどく素振りは無いし大丈夫だろ、多分。


「⋯⋯」

「あれ、足袋川先輩。その書類は?」


 先程からやけに静かだと思えば、何やら手元に資料のようなものを持ち、興味深そうに目を通していた。

 声をかけられた足袋川先輩は俺を手招きする。一体なんだろうか?


「あの二人、中々面白い人材ね? ほら、この二枚。読んでみて」

「へえ。ならお言葉に甘えて見せてもらいます」


 手渡された二枚の紙は、彼らの履歴書の写しだった。

 住所や家族構成などの個人情報は消されているが。彼らの学歴や持っている資格、過去に取った賞などの情報が得られる。

 ⋯⋯ざっと目を通した俺の頬は引き攣っていたに違いないだろう。


「どうやらこの部活動は安泰そうね?」

「⋯⋯どうでしょうね。けど、まあーー」


 ーー少なくとも、廃部なんてことにはならなさそうだ。





 今日の授業、もとい部活動は終わり。

 部室を出てグラウンドを横断し昇降口へ。

 この校舎にほとんど入る事が無いのに昇降口を利用する必要があるのだろうか。


「これもどうせ見せしめみたいなもんなんだろうけどな」


 オタ部ーー『趣味研究部』が廃部寸前の危機というのはこの学校でも有名な話だ。

 設立当初は部員それぞれが様々な賞を取り、この学校においても上位の成績を収めていたようだが。

 今はもう見る影もなく、ここ数年目立った実績はほとんど無し。その結果は待遇の悪さを見てもらえればわかるだろう。


 だが部活動単位での地位向上を目指す方法は他にもある。

 特殊定期考査、と呼ばれる試験だ。

 部員同士での連帯感をより高めるために、数ヶ月に一度行われるその試験内容は多岐にわたる。

 そのどれもが部員同士で連携することが必須となる過酷なものだ。けれど、好成績を残すことさえ出来ればーー、


「ーーひとまず廃部を(まぬが)れるための最低ラインは超えることが出来る」


 しかし、この学校の特殊定期考査で確実に上位をとる方法は存在しないとすら言える。

 何せ毎年内容が全く違うのだ。試験内容の発表もその前日という手の込みようだから、予測して練習するのは不可能に近い。

 まあ完全に手が無いかと言われれば嘘になるが⋯⋯ん?


「あれ、有ノ宮くん。まだ帰ってなかったの?」

「あー。まあな」


 部活のこれからの事を心配していたなんて言えない。言えば絶対にしつこくなるのが目に見えている。

 ⋯⋯ったく、こんなタイミングで夜椿と出会うとはな。長居しすぎたか。


「んで部長サマ。わざわざ話しかけてきたみたいだが、なんか用か?」

「用事? 特に無いよ。暇そうだったし一緒に帰ろうかなー、って!」

「さいですか⋯⋯」


 まあ察してたけどね。用事があるなら出会い頭にまだ帰ってなかったのかなんて聞かないし。

 実を言うと、夜椿とは去年の間ほとんど喋ったことすらなかった。だって俺部活中は基本寝てるか雑用こなすかだし。

 絡まれるようになったのは今年から。つまり、二つ上の学年の先輩達が卒業してからだ。

 当時の部長に対し、夜椿はよく懐いていた。

 いや、正確に言うのであればーー、


「⋯⋯? どしたの?」

「いやなんでもない。ただ⋯⋯印象って変わるんだなーって」


 前部長の後ろにずっと隠れ、オドオドとしていた印象が強かった。

 足袋川先輩とは違うタイプの美人で、頼りになる人というイメージが当時の部長にはあった。

 常に気丈に立ち振る舞い、周囲の差別的な視線に怯える夜椿を護るようにして常に先頭を歩く。そんな先輩。

 ⋯⋯彼女が卒業する際は大号泣していたな。この部長サマは。


「印象、かあ。確かに変わるかもねっ」


 空が橙色に染まりゆき、足元から伸びる影も長い時間帯。

 昼間に比べてやはり薄暗くて見えにくかったが、隣を並んで歩く夜椿は楽しそうに。


「お互い様だよ? 有ノ宮くん」


 ーーきっと楽しそうに、そう口にしたのだった。

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