3.四剣神ファンを名乗る少女
まさかこんなにも大胆に声をかけられるなんて思ってもしなかった。
周りの生徒たちは心配そうな表情でこちらを注目しているが、駆け寄ってきた少女は構う様子もなく声を出す。
「四剣神のケレス・トリアード様だよね!? すごい! 本物だ!」
「えっと……」
俺は急に話しかけられてしまい言葉が詰まってしまった。
彼女は目をキラキラとさせながら続ける。
「私はマナ・アレインと申します! 四剣神の大ファンなんです!」
彼女はそう自己紹介をした。
緊張感のある空気の中でマナ・アレインと名乗った少女は止まることなく口を開く。
「ほら! これは四剣神の缶バッチとトリアード様のキーホルダー!」
彼女はカバンにつけられていた四剣神のグッズを俺に見せた。
俺の姿がデフォルメで書かれている四剣神のファングッズだ。
四剣神にはファンが多くいるようで、こういうグッズなどが大量に売られている。
「四剣神のヘアピンにステッカーに他にもいっぱいあるの!」
「そ、そうか……」
俺はそう答えるしかなかった
よく見るとアレインさんの身に四剣神に関するグッズがたくさんつけられている。
彼女は感激したように続ける。
「この学校に四剣神が入学するって噂だったけど、まさか本当だったなんて!」
「あ、あぁ……」
ぐいぐいと距離を詰められてそう言われてしまう。
アレインさんは世間で問題となっている『四剣神の痛いファン』というものだろうか。
空気を読むことなく四剣神に関わっていくファンの総称で、同じ四剣神の一人であるデーテさんが異常に嫌っている存在だ。
俺はファンのことを嫌だと思うことはないが、俺には四剣神としての実力がないので騙すようなことになって申し訳ない気持ちになる。
「ぜひ握手してください!」
アレインさんは脈絡もなくそう言って、俺の返事を待たずして手を掴んできた。
「私は小さい時から四剣神のファンで、四剣神のような強い人になりたくて剣士を目指してるんです!」
彼女は俺に向けて満面の笑みで言った。
「うっ……」
至近距離でそんなことを言われてしまい動揺が出てしまった。
「どうかしたの?」
「あ、いや……」
顔を近づかせられてそう言われた。
俺は四剣神のケレス・トリアードで、そのキャラはいつだってスカした態度をする少年だ。
しかし、アレインさんはとてもフレンドリーで、同世代の女の子にこんな軽々しく接しられることはほとんどなかった。
さらに、アレインさんはとても可愛い。
初めての経験で戸惑ってしまう。
誰かと話をするときはしっかりとキャラ作りをしてからなのに、急に話かけられたせいで心の準備ができていない。
俺は小さく息を吸って声を作って言う。
「……何でもない。入学式がはじまる。お前と話している暇はないんだ」
冷たくあしらうように言ったが、彼女は笑顔のまま言う。
「まだ時間は大丈夫だよ! もっと話したいことがあるの!」
「い、いや……」
まずい。
またも動揺が隠せななくなってしまっている。
と、アレインさんと一緒にいた女子生徒が心配そうにやってくる。
「ま、マナ……トリアード様にそんな失礼な態度を向けたらダメだよ……」
「ちょっとぐらい大丈夫だよ! せっかく会えたんだからもっとたくさん話したいの!」
「ダメだってば! ほら、早くいくよ!」
女子生徒はそう言ってアレインさんを引っ張っていく。
「ま、待って!」
アレインさんはそう懇願したが、女子生徒はアレインさんの体を掴みながら俺に向けて頭を下げる。
「トリアード様、マナ・アレインによる不躾な行為、本当に申し訳ありませんでした。アレインには厳しく言っておきますのでどうかお許し下さい」
「……問題ない」
「ありがとうございます」
彼女はそう言って、アレインさんを連れてホールの中へと入っていった。
「トリアード様! また今度お話しよー!」
アレインさんの大声がホールの中から聞こえてきた。
「ふぅ……」
まさか第一高校に入っていきなりこんなピンチを迎えるなんて。
アレインさんの声が聞こえなくなると周囲は再びザワザワとなる。
俺に丁寧な謝罪をした女子生徒が四剣神に対する普通の反応だろう。
四剣神に向かってフランクに話しかける人は本当に珍しい。
正直アレインさんのように接してくれた方が嬉しいのだが、俺の場合は弱いという事実を隠さなければならないので、あまりアレインさんとも関わりを持つべきではない。