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あの夏の最後の日。  作者: 伊呂波 うゐ
8/22

■ 八.午後三時三十二分

■ 八.午後三時三十二分


 おっちゃんはあれから俺の持ってきた雑誌をずっと読んでいる。

 時々しかめつらをしながら。

 「おい、この・・・最新型・・・け・・・携帯?ってなんか」

 「電話だよ」

 「電話・・・?」

 この家には電話とかもないようだった。電話は知ってるようだったが

 「この小さい四角なのが電話・・・なんか?」

 「そうだよ」

 「・・・信じられん」

 フォーマだとかデジカメ機能、というのを読みながら

 「音楽・・・だ、ダウンロード・・・ってどういう意味か」

 「携帯に好きな音楽とか画像を入れられるんちゃ」

 「好きな音楽?・・・『同期の桜』とかか・・・?」

 「・・・何その曲」

 「この『きるメロ』というのは・・・」

 「ちゃくめろ!」

 ううん、とうなって

 「まったくわけのわからんものばっかりや。女は髪がみんな金色だし、目も青いし

・・・まさか占領されたら日本人の女は皆、米国に連れていかれるんか」

 「はあ?」

 「いや・・・日本が朝鮮を占領したとき、朝鮮の人間をこっちに連れてきたからな」

 「・・・なんのために?」

 「炭鉱や工場で働かせるためだ」

 「・・・韓国の人たちを?」

 連れてくる、ってどうやって連れてくるんだろうか・・・

 ・・・ジェット機とか??

 「でもいま、韓流ブームっつってさ。日本のおばちゃんたちはほとんどみんな日本の

俳優より韓国の俳優追っかけてるぜ」

 「・・・朝鮮人の俳優?」

 「ペ・ヨンジュンとかイ・ビョンホンとかさー。チェジウって女優とかもすっげー人

気あるみたいだけど」

 「朝鮮人の役者が日本の役者よりも人気がある?信じられんな」

 「ほら、ここ」

 韓流特集、というページを見せた。顔をしかめておっちゃんは

 「クォン・サンウ・・・?日本名ではなんちいうんか?」

 「日本名??」

 「姓氏改名、といって朝鮮人の名前はすべて日本名に変えちょるはずや」

 「はあー?」

 「だからこの朝鮮人には日本の名前があるはずっちゃ?」

 「・・・そんなん聞いたこともないけど・・・」

 ・・・そんなことしてたのか日本って・・・まったく知らなかった。おっちゃんは

韓国特集、というのを見てイヤそうな顔をしていた。

 「日本が戦争に負けたら・・・朝鮮はどうなるんか」

 「え」

 「満州国だとか」

 「・・・さあ・・・でも俺は満州国なんて聞いたことないし、ただ・・・詳しくは

知らないけど朝鮮、っちいうのはたぶん『韓国』と『北朝鮮』ってなるんじゃない

かな」

 「韓国と北朝鮮?」

 「うーん・・・北朝鮮っつーのはとにかくわけわかんねー国で核とか隠してるとか

らしいけど」

 「かく?なんかそれは」

 「爆弾・・・かな。核っていう・・・」

 「・・・爆弾?」

 どういう爆弾だ?と聞いてきたが俺にはわからなかった。核のしくみ、だとか

まったくわけわからない。

 それからもおっちゃんは雑誌をめくりながらわからない言葉を何度も聞いてきた。

でも俺もわからない言葉も結構ある。CO2の削減、だとか、郵政民営化とか。

 「60年後は二酸化炭素がそんなに多くなっちょるんか」

 「車ガンガン走っちょうし」

 「車・・・」

 「一人一台、とかってザラなんじゃねーの」

 「一人に一台!?」

 この辺で車というのは、よほどの金持ちしか持ってないみたいだった。

なにもかもに感心しながら

 「戦争には負けるが、豊かな国にはなるんだな」

 「・・・うーん・・・」

 豊かな国

 それがどういうことだかよくわからなかった。

 「宮司さーん、いらっしゃいますかー」

 時折、おっちゃんを訪ねて近所の人たちがあれこれ持ってきてくれていた。

 「カボチャがとれたんで食べてください」

 「すみませんね」

 「それと、先生の親戚の子。たまには顔を出してくださいよ」

 「あ、ああ。そうだな・・・」

 「じゃあ失礼しますね」

 もらったさつまいもを見つめる。ここにきてから毎日食べるのはふかしいも

とか、かぼちゃの煮たやつだとか。そういうのばっかし。最初はまあ、煮付け

とかもおいしいかも、と思っていたけれどだんだん飽きてきた。というか

毎日煮付けしか調理法として出ないのだ。かぼちゃは蒸すかふかすか煮るか

でじゃがいももそう。しかも砂糖がないとかで全体的に薄い味だ。塩とか醤油も

配給っていって、国が管理してみんなで分けてるらしい・・・ありえん。

スーパーに行けばいくらでもいろんな種類の砂糖や醤油があるというのが俺から

してみれば当たり前のことだったのに、ここではそういうものが全部、配られて

いて、しかも『足りてない』らしい。マヨネーズとかソースとか、そういうのが

あれなまだましな気もするけど、おっちゃんは昔はそういうのもあったけれど

戦争になってからは見てない、なんて言うし。

 「肉とか魚とかないの?」

 「肉・・・鶏を絞めるんは盆か正月くらいやな。魚は空襲がなければ釣りに

でもいけるかもしれんけど」

 「に、にわとり?をしめる?・・・それ自分でやるん?」

 この辺では鶏を飼っている家は結構あるみたいだったけれど、あれを自分で

殺して食べる、なんてことが考えられなかった。鶏も魚もスーパーに行けば

綺麗にパックされているのが売っている。ハムやソーセージ、牛乳にタマゴ。

・・・そういうもののすべてがここでは自分で作るとか、自分でどうにか

しなければ手に入らないらしい。

 「お前のいたところではそんなに肉とか魚を食べれたんか?」

 「・・・まあ、魚か肉は夕飯のときにでるけど」

 「・・・そりゃすごいな」

 あと、米をここにきてからは食べてない。雑穀とかっていうヒエとかアワとかって

やつを粥みたいにして食べていた。最初は珍しかったんで美味いかも、とも

思ったがそのうち飽きてきた。なんというか、粗末だ。でもそういうのも俺の

いた60年後では逆に健康ブームとかでもてはやされてた気もするけど、

『それしかない』生活は辛い。

 「米はねえの」

 「作ってるが全て戦地に送るのが先だ」

 「はー・・・」

 「お前のいたとこは毎日、白い米が食えたのか?」

 「うーん・・・朝はパンが多かったけど。フツーに炊飯器に米はあったよ」

 「朝はパン??」

 やはり占領されると、向こうの文化を植えつけられるのか、とおっちゃんは青い顔

をした。・・・そういうわけじゃないと思うけど、俺は朝はパンのほうが多かった。

トーストにカフェオレにスクランブルエッグ、ジャムにバター、オレンジジュース。

母親にはこれだけしかないんか?と文句をよく言ってたけれど、そういうもので

さえこの時代にはない。嗜好品・・・タバコとかも配給じゃないと手に入らない

らしいし、コーヒーなんてものはおっちゃんは飲んだこともないらしかった。

俺はこの時代の新聞というのを読ませてもらったのだが、何を書いている

のかまったくちんぷんかんぷんだ。

 『貫き通せ骨體護持』

 だの

 『國運を将來に開拓』

 だの読めない漢字が多い・・・文章も何をいいたいのかわからないし。それに

なんだか嘘ばかり書いてる気がする。どこかで誰かが立派に戦って死んだとか、

全滅したとか・・・

 『立派に戦って死ぬ』・・・

 そういうことが、よくわからない


 「・・・」

 それにしても、俺からすればわけわからんことばかりだ。

 娯楽もこれといってないし、(テレビも音楽も、雑誌すらもない)みんな畑仕事

してたり工場に行ってるとからしい。

 空襲警報はしょっちゅうだし、たまに遠くで爆弾の落ちる音がする。

 なんだかモノクロの世界にいるみたいだった。


 「古閑さんは、戦争に行かれるんですか」

 「へ」

 今泉千鶴子にそんなことを聞かれた。

 「古閑さんっておいくつくらいですか?20・・・」

 「まさか・・・俺まだ17とかやけど」

 「ええっ!?ずっと数馬さんと同じくらいやと思ってました」

 「・・・数馬っていうのはいくつくらいやったん?」

 「今は23歳です。・・・徴兵されたのは21歳の、大学のときでした。

・・・歴史の先生になるのが夢だといって、勉強ばかりしてました」

 「ああ・・・」

 「てっきり数馬さんのご学友だと思っていたので。17だったらうちと同じなんです

ね」

 「あ、そーなんか。俺たちタメなわけね」

 「ため?」

 「同い年って意味」

 今泉千鶴子は

 「・・・4年前に戦争が始まったけれど、いやなことばかり。・・・近所にいる友達

はみんな、一緒に工場に通って。昔は・・・学校も楽しかったのに」

 「・・・工場?」

 「部品をつくってるんです。バネみたいなやつ」

 「・・・学校では勉強とかしないの?」

 「昔は・・・空襲とかなかった頃はまだやってたけど、今はほとんど工場での作業

ばかり。・・・男の人たちは皆、戦争に行ってしまったから残った私たちが頑張らな

いと。古閑さんもお国のためにいつかは戦争に行かれるんでしょう?」

 「・・・マジで?」

 ありえない・・・国のために戦争に行く、だと?そういう発想すら思いつかないのだ

が。

 「ねえ、古閑さん。広島って行ったことあります?」

 「広島?・・・修学旅行で行ったことあるけど・・・」

 広島は小学校の修学旅行で行った場所だった。宮島に渡って、広島球場で野球を見て

それから、原爆ドームなんかに行った気がする。

 「・・・私、来月、三番目の兄が呉の海軍学校にいるんで会いにいくん。・・・

とても楽しみ」

 「・・・兄弟、何人?」

 「兄が四人おったんやけど・・・でも一番上の兄は千島沖で亡くなったん。船に乗っと

ったんやけど、魚雷にぶつかって船が沈んで・・・何も戻ってこんやった・・・」

 「・・・」

 「二番目の兄は中国に行ったっきり。満州に行ったんやけど、戦争が激しくなって手紙も

こんくなったん。・・・三番目の兄は一年前から海軍学校に行っちょるん」  

 「・・・そう」

 「でも来月会えるんが楽しみ」

 「・・・」

 「三番目の兄は・・・数馬さんと、とても仲がよかったんよ。やから・・・会った時に

何をどう言えばいいんか・・・」

 「・・・」

 兄弟が死ぬ、ってどんなかんじなんだろう。

 俺には兄弟がいないからわからない。

 身近な知り合いさえ死んだ人間はいない。  


 郵便局員が、小さな桐の箱を持ってきたのはその日の夕方遅くだった。

 まるで闇の中からぬっとやってきたその男は、なんだか不吉で俺に箱が渡された。


 辰宮数馬 遺品


 とだけあった

 「・・・」

 軽い。ものすごく軽い。何が入ってるんだと考え込んでしまうくらいに。

 ・・・こんなもの受け取っても意味がないくらいに何も重さを感じない。

 箱を見ておっちゃんは顔をしかめた。俺の手から箱をとって中をあけた。

 「・・・数馬・・・」

 時計がひとつ、入っていた。・・・数馬のだ、とおっちゃんはにぎりしめた。

 「・・・わしが結婚したときに妻と買ったもんや。・・・門司の山城屋で買った。出征した

ときに渡した。小さい頃からずっと、欲しがっちょったんや」

 「・・・」

 「本当に数馬は、死んでしまった・・・」

 「べ、別人のとかさ・・・だって・・・そんな時計・・・」

 辰宮、と蓋の裏に彫られていた。・・・このことは千鶴子にはいうな、といわれた。

 「千鶴子は、数馬の婚約者やったんや」

 「え」

 「戦争が終わったら祝言をあげるはずやった。戻ってきたら・・・」

 「・・・」

 「でも、もう数馬は戻ってこん・・・もう、二度と」

 ぞっとした。

 戻ってきたのは時計だけ。

 あとは何も、ない。

 「まだ、遺品があるだけマシだ。何も戻ってこん人間のほうが多い。・・・でも」

 本当に、とおっちゃんはすわりこんだ。

 「本当に数馬は、おらんくなってしまったんか・・・」


 俺は

 何も言えなかった。


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