■ 七.午前十時四分
■ 七.午前十時四分
「俺は2005年。平成17年からきたんだ」
その言葉におっちゃんは少し考えて
「・・・平成、というのは。どこの国のことだ?」
「日本だよ」
「・・・昭和はどうなるんか?まさか・・・陛下がお亡くなりになるとかか?
まさか」
「昭和・・・昭和は64年までだよ。俺が生まれたんが昭和64年の
一月で、昭和64年は平成元年になるんやけど・・・」
「64年・・・?じゃあ、昭和というのは続くんか?」
「う、うーん・・・たぶん」
「・・・どっか頭を打っとるんかお前?」
「・・・」
そう思われるかもな・・・俺も説明のしようがない。
というより。
・・・俺は改めて歴史とか、まったくわけわかってないことに気がついた。
「じゃあ、この戦争は勝つんやな」
「え」
「昭和が続いて天皇陛下はずっとおられるということは、戦争には勝つんだな」
「・・・いやそれは」
日本って『戦争には負けた』よな・・・たぶん。
「・・・戦争には負けるよ」
「どうしてだ!?」
「ど、どうしてって・・・理由は知らんけど」
「どうして日本が負けるんか?一億特攻・・・最後の最後まで我々は戦うのに」
「・・・はあ?」
何ソレ・・・なんかおっちゃんがわけわからんことを言っている。
「・・・じゃあ、戦争はいつ終わるんか?来年か?再来年か?」
「・・・さあ・・・」
いつ終わる・・・終わった・・・そういうことは知らなかった。
「ヘイセイ・・・という時代はどんなところなんか?」
「・・・どんなって・・・少なくとも今よりは色々あるよ。コンビニとかさ」
「こんびに?」
「あー。24時間店があいてて・・・パンとかおにぎりとか弁当とかいろんな
もんが売ってて。辰ちゃんもそこでバイトしてるよ」
「24時間、店があいちょるやと?いつ店主は寝るんか」
「だからバイトとかいて」
「バイト?」
「店で朝とか夜とか時間ずらしながら働いとるんちゃ」
「・・・そんな国からきたんか?」
「ほかには・・・自販機とか」
「じはんき?」
「お金入れたらコーラとかジュースが出てくるんちゃ」
「コーラ?」
「・・・炭酸飲料っちわかる?ソーダとか」
「サイダーならわかるけんど」
「まあ、そんなもん。とにかく飲み物が売ってる機械がそこいらに
置いとるんちゃ。この神社の前にもたくさんあったけど」
「・・・その国は物資が豊かなんか?」
「物資が豊か・・・まあそうだろうけど」
「じゃあ、そんなふうになるんか?戦争に負けても?」
「・・・」
どうして日本がこんなに豊かなのか、とかそんな理由は俺にはわからない。
手に届くところでなんでも手に入る。
「戦争に負けたら連合軍・・・アメリカが占領するんじゃないんか?」
「ああ・・・それはそうかも。なんかみんな、英語とか勉強しとるし」
「え、英語で喋らんといけんくきなるんか?」
「いや、そーゆーわけじゃないけど。中学から英語の授業があって・・・」
「・・・戦争に、負ける・・・」
がっくりとうなだれておっちゃんは
「じゃあ、何のために数馬は死んだんかっちゃ?負け戦のために戦ってきたんか?
・・・なんのために」
「・・・」
「しかし・・・いまいち信用もできない。未来からきた・・・というならその
証拠は無いんか?ヘイセイとかいう世界になるのなら、そのヘイセイのもの
とか・・・」
「・・・ヘイセイのもの・・・」
うーん、と考え込んだ。そして
「あ、これこれ!雑誌!」
「!?・・・なんだその写真は。色がついちょるんか!」
「え?あ?」
「どうやって彩色しちょるんか?」
辰ちゃんから買ってもらった情報雑誌・『No-A』を見せるとカラー表紙は
当たり前なのだが、驚いていた
「ほら、ここ。2005年8月号・・・」
「・・・」
おそるおそるおっちゃんは雑誌をめくった。すると
「なんだこれはー!?こ、こんないかがわしい・・・」
「あ?」
なんてことないフツーの水着特集とかのページだったが
「こ、こ、こんな格好をしちょるんか?女が・・・」
「・・・水着?」
ビキニを着たモデルが海で遊んでる写真だが
「あー、信じられん。どうなっちょるんか!」
「・・・」
「まったく・・・」
こんなので驚いてたらエロ本見せたらこのおっちゃんキレるかもだ・・・
ほかにもパソコンや映画特集、などを見せる
「ほらほら、コレが今度出るパソコン」
「ぱそこん?」
「えーと・・・なんつーか、機械で文字を打ったりメールしたりテレビが
見れたりするん」
「・・・」
映画特集、というのを見て
「な、なんだこれは!?河童・・・?」
「え?あ?・・・CG?」
「なんだそれは」
「パソコンでつくれるんちゃ、こういうんが」
その写真はCG合成で人間の手にヒレなんかがついて河童になってるようだったが
まじまじと見て
「ヘイセイにはこんな化け物がおるんか?」
「おらんて・・・だからCGっちいいよるやん・・・」
ほかにも『夏のデザート特集』『バーゲン特集』『温泉特集』なんかを見て、声を
あげたり、驚いたりしていた。
「・・・お前は本当に、未来からきたんか?」
「・・・」
「これは連合軍のものじゃないんか?」
「れ、連合軍?」
「アメリカとか・・・ロシアとか」
「違うっちゃ!・・・まあ信じてもらえんかもっちいうんもわかるけどさ・・・」
テレビ欄をまじまじと見て
「戦後60年・・・靖国を考える・・・?・・・戦後・・・」
「なっ、ほら。こういう番組があったら、信じるっちゃろ?」
「これはなんだ?」
「テレビだよ。NHK特集ってなっちょる」
「テレビ・・・」
考え込んでおっちゃんは
「・・・未来から・・・きた」
「そう。それで・・・俺はどうやったら、元の世界に戻れるんかな、と」
「・・・」
「なんかわかれば・・・」
「・・・」
ふらふらとおっちゃんは雑誌を持ったまま部屋を出て行く。なんかショックだった
みたいだ。・・・『戦争に負ける』ってやつか?
それがよっぽどショックだったとか・・・
「・・・戦争、か」
俺は当たり前だがそんなもん知らない。
『戦争』なんていっても映画とか、外国の世界の話のようだ。
でも今から60年前はその『戦争』が普通で
その世界で生きてる・・・
「・・・ん?」
サイレンが鳴り始めた。・・・また空襲、ってやつかな。
不気味に鳴り響く音を聞きながら空を見上げる。銀色の飛行機が
何体か空を飛んでいた 。
「・・・」
何人かが境内にやってきて裏の防空壕に走っていった。俺も行ったほうが
いいんだろうか・・・
「古閑さん、何やっちょるんですか!早く中に」
「あ・・・うん」
今泉・・・千鶴子だ。なんか頭からかぶっていた。あとで聞いたら
防空頭巾、というらしい。
薄暗い防空壕に十数人が入っていた。今日は爆弾の音とかしなかった。
30分くらいして外に出る。
空の色や木の色は
何も変わって無いように見える。
けれど俺は
俺のいた時代から60年前の世界にいる・・・