■ 伍.午前八時十五分
■ 伍.午前八時十五分
目を覚ますとそこには薄いグレーの天井
4畳一間の俺の部屋
狭いけれど機能的なアパート
隣人の顔は知らない
それが俺の日常
目が覚めるとそこにあったのは木目の天井
畳の匂い
そして
日なたのにおいがした
「起きたん?」
「・・・」
昨日のあの女だ・・・夢のつづき?
「・・・あの」
「はい?」
「・・・おっちゃんは・・・」
「宮司さんは神社のほう。今日は出征する人がおるけ、お祓いを」
「しゅっせい?」
「戦争に行くんよ」
バンザーイ、バンザーイと運動会みたいに万歳三唱をして
俺よかちょっと年上くらいの男を何人もが見送っている
・・・しゅっせい?
出世???
戦争に行く?
戦争って・・・
頭にはハチマキ。しかも日の丸だし。(受験生???)
・・・そう、日の丸に寄せ書きというか、色紙に寄せ書きをするように
墨で色々なことを書いている・・・
・・・わけわからん
「数馬さんもこうやって、出征したん」
「え」
「桜の時期やった。・・・数馬さんは学徒出陣したんよ。・・・私はまだ
数馬さんが亡くなったっち信じられんわ。あんたもそう思うやろ?」
「・・・」
なんといえばいいのかわからない。神主姿のおっちゃんがやってきた
「目が覚めたんか」
「・・・はあ」
「きなさい。数馬の服がある」
「え」
「その服ではおかしい。だいたいどこの服なんか。その服は」
「・・・」
俺が寝かされていた部屋のたんすにあった服を渡された
シャツとズボン。
「数馬さんの服がちょうどぴったり。・・・学生のときに着ていた服なん」
「・・・ふうん」
綺麗にアイロンをかけてある。俺の着ていた服は洗濯機で洗ってもらおうと
探したが
「洗濯機は?」
「え、それ、なん?」
「・・・洗濯機」
「・・・服は手で洗うけど?」
「・・・手?」
マジかい。・・・洗濯機壊れてんのかなあ・・・そういや目が痛い。
カラーコンタクトを入れっぱなしだ。目に悪い。
「顔洗うとこは?」
「あ、こっち」
「・・・」
タイル張りの洗い場にポンプ式のくみ上げ井戸?があった。
・・・いくらレトロだといってもこれはなかろう。テレビでしか見たことがない。
使い方がまったくわからなかった。
「あの・・・」
「え」
「こ、これどう使うん?」
ポンプを押すと勢いよく水があふれてきた。冷たい。
「うひゃっ」
「顔を洗うん?」
「うん、あとコンタクトはずさんと」
「こん・・・?」
「コレ」
コンタクトを外すと女は叫んだ。
「ぎぃゃぁぁぁっ!?め、め、め・・・」
「んあ?」
「あんたの目、外れるん!?」
「・・・知らんの?コンタクト・・・」
「こん・・・?」
「これはレンズになってて、これを目に入れてるから目の色が変わる
んちゃ」
「・・・そ、そんな小さいもんを目に入れるん!?」
俺の指先にあるレンズを見て女は驚いている。
「・・・ドイツではみんなそうなん!?」
「いや・・・違うと思うけど・・・」
両目外した。目の色が違う、と
「・・・不思議・・・髪の色は違うけれど目の色が同じだけで安心するわ」
「・・・髪は染めてんだよ」
「染める?」
「こういう色にできるのがあって」
「ええっ!?白髪染め以外に髪を染めるなんてことができるん!?」
「・・・ほとんどやつがしてるけど・・・」
なんなんだこの世界は?すべてがおかしなことだらけ。
でも夢にしてはリアル過ぎる・・・
ぐう、と腹が鳴った。
「・・・メシ」
「あ、じゃがいもならあるよ」
「じゃがいも?」
「ふかしたの。食べる?」
「・・・うーん・・・」
リアル
・・・俺は一体、どこへきてしまったのだろうか?
ここは
日本のどこなんだ?
「テレビとかないの?」
「は?」
「テレビ」
「・・・なんそれ?」
テレビないのかこの家。まあ、そういう家もあるかもだが。
「じゃあラジオとか」
「ラジオならあるよ、そこ」
そう言って居間にある見たことのない形の四角い箱を
指差された。
「・・・」
なんだコレ・・・コレがラジオなのか・・・?
「音楽とか・・・どうやって聞くん?MDプレイヤーとかは?妥協して
CDでもラジカセでもいいけどさ」
「おんがく?」
「・・・ちなみにあんたってどういう曲聞くの?」
「?・・そうやねえ・・・よくラジオから流れとるんは軍歌とか?」
「・・・は?」
軍歌?どういうジャンルだソレ・・・
「ほ、ほかには?有名な歌手とか・・・ミュージシャンとか」
「・・・李香蘭とか?」
「・・・」
知らん・・・
・・・それは演歌歌手?・・・か?
「古閑さんはどんな曲が好きなん?」
「え、うーん・・・『ゆず』とか、『オレンジレンジ』とか・・・」
「・・・それはどういう音楽?童謡?外国の音楽?」
「・・・いや・・・」
まあ氷川きよしも人気あるみたいだから演歌?が好きなのは
仕方あるまい・・・台所に置いてあったじゃがいもをふかしたやつを
貰う。こういうにってすごく久しぶりに食べる気がした。
「そーいやあんたの名前なんてーの?」
「千鶴子といいます。今泉千鶴子」
「・・・」
どっかで聞いたことある気がしたが、わからなかった。
「千鶴子・・・ちゃん?高校生?」
「高校・・・?それはよくわからんけど、うちは、女学校に行っとるよ」
「ふーん」
俺と同じ年くらいかな・・・
「どこの学校?」
「精華女子」
「・・・」
ってあのお嬢学校か?まさかなー・・・なんか制服違うし、まあ
確かに金持ちっぽい雰囲気はあるけど・・・。
「・・・この家のおっちゃんと親戚とか?」
「・・・まあ、そんなものやね」
そう言って千鶴子が悲しげに笑った。
俺はその笑みの意味が、わからなかった。
「ここにいたんか」
「あ」
お祓い?を終えたらしいおっちゃんがやってくる。お茶をお持ちしますね、と
千鶴子が出て行った。
「古閑くん・・・昨日、数馬の遺したものを読んでみたんやが」
「はあ」
「・・・これはどこで手に入れたものか、本当にわからんか?」
「・・・卒論用に書いたものだと思うんですけどそれ以上は」
「卒論・・・どこかに提出するためのものなんか?」
「・・・だから大学・・・とか?」
「・・・」
ううん、とうなって
「・・・まあ、最初のほう・・・昭和19年6月15日、北九州の
八幡製鉄の空襲・・・というのはわかる。しかしそれ以降・・・
7月18日の横浜、横須賀7月27日の新島、28日板橋・三鷹・調布・五日市
・・・なぜ『これから先』に起きることがわかるんか?推測なのか、それ
とも・・・?」
「・・・これから『先』・・・って」
何いってるんだ?これから『先』の空襲・・・
「・・・今日は何日・・・」
「16日だ」
「・・・7月ですよね」
・・・いつの?
「昭和20年7月16日。月曜日だ」
「・・・」
昭和・・・それはもう『終わって』17年も昔の世界なのだが・・・
「・・・あの」
俺は変な汗が出ていた
「・・・ドッキリテレビとか」
「は?」
「・・・そこいらに監視カメラが実はあって辰ちゃんとか隠れてて・・・
俺をハメようとしてるとか・・・」
「・・・なんだ?そのドッキリ・・・とかいうんは」
「いやだから・・・」
部屋を見回す。・・・何もない。
カメラもテレビも。そう、コンセントの穴すらない。
逆にソレが、これがプレハブとかなんじゃ・・・と思う。
「・・・じゃあ、ここが昭和20年と仮定して・・・俺はどっから来たんですか」
「・・・?」
「俺のいたのは平成17年で・・・『昭和』ってもう終わっとんのに」
「なに・・・?」
真っ青な顔をして
「どうして昭和がなくなるんか!?ま、まさか陛下が・・・」
「へ、へいか?」
真っ青な顔をしておっちゃんは
「陛下がどうかされたのか!?」
「・・・」
陛下って誰のことだよヲイ・・・
なにからなにまでわけわかんねえ・・・