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(2)



「お客様がいらっしゃるので、セシリア様にも顔を出すようにと。

ドレスはこちらになさいますか?」


お客様を迎える用のドレスは数少ないので選ぶまでも無いかったが、

一応、「はい、それでお願いします」と返した。


それにしても…

父は何故わたしを呼んだのだろう?


口下手な上、緊張してどもってしまうわたしを、

両親は恥ずかしく思っている様で、何かと理由を付け、

わたしを表に出す事はなかった。

今までは子供だから許されて来た事なのだろうか?

これからこういった事が増えるのかと思うと、気が重くなる。

こういう事が一番苦手なのに…と、溜息が零れた。


クレアともう一人メイドにドレスを着せて貰い、軽くお化粧もして貰う。

あまり見栄えは変らないのだけど、それでも淡い秋桜色のリップを塗ると、

自分でも少しは女性らしくなれた気がして心が弾んだ。



客人は、バリー・ハッカー侯爵といい、父とは同年に見えた。

豊満な体型、身なりには高級感がある紳士なのだが、

その目付きや、だらしのない口元には、何処か落ち着かないものを感じた。


「セシリア、ハッカー侯爵を庭園に案内して差し上げなさい」


父に言われ、わたしは侯爵と共に庭園に向かった。

庭園の案内などした事は無く、気の利いた会話が出来る分けでも無いわたしは、

気まずい空気の中、「こちらは薔薇です」「こちらはスミレです」と、

自分でも微妙と思える案内をしていった。


尤も、侯爵は早々に体力切れしたのか、

ベンチを見付けると助かったとばかりに腰を降ろした。


「少し休もうではないか」


体型の所為か、侯爵は気の毒な程汗を掻いている。

わたしは少し間を空けて座り、「良ければ、どうぞ」とハンカチを渡した。

侯爵はそれを捥ぎ取ると顔を拭った。

ハンカチでは足りないかもしれない。


「マックスとは魔法学園の同級生でね、中々にいいヤツで今も何かと

気に掛けてやってるんだ。しかし、こんな年頃の娘がいたとはな、

ダイアナは知っているんだが…それにしても姉妹でも似ないものだな」


ジロジロと見られ、わたしは居心地が悪く逃げたくなっていた。

ああ…この場から消えたいです。


「はっはっは!なんだ、人並みに傷付いたか!」


侯爵は誤解して楽しそうに笑っている。

この人は何故こんな風に楽しそうなのだろう?

わたしは傷付いた分けでは無いが、傷付けたいのだろうか?


「おまえはおまえで私の好みだ、喋らん処がいい、煩いのは敵わんからな!

従順で、ネズミみたいに臆病なのもいい、苛め甲斐がある」


ぞっとする目付きに、わたしは反射的に身を引いた。


「はっはっは!避けなくてもいいだろう?」


太い腕がわたしの肩に回ったかと思うと、強引に引き寄せてきた。

わたしは慌てて手で押し戻そうとするが、まるで敵わない。


「は、離して下さい!」

「なんだ、恥ずかしいか?」


侯爵は笑い声を上げ、反対側の手でわたしの膝から腿を撫で始めた。


「いや!やめて下さい!」

「ふん、いいだろう?」

「いや!やぁ…っ!!」


ドゴッ!!


ドゴゴ!!


何処からともなく降ってきた巨大な氷の柱が地面に突き刺さり、

その衝撃で地面が大きく揺れた。


「な、なんだ!!」


侯爵はわたしの肩を掴んだまま、見上げる程に大きな氷の柱を凝視し、

恐々としている。

次の瞬間、氷の柱は派手に飛び散り、わたしは反射的に顔を伏せた。

激しい風圧が過ぎ去り、目を上げると、

そこにはわたしの良く知る人の姿があった。


カイル___!!


カイルは侯爵に剣先を突き付けている。

それは、ピタリと動かない、迷いが無い証拠だ。


「その手を離せ」


カイルの声とは思えない程、それは威圧感のある低い声だった。

表情もいつもとは違い、柔らかさは消え、あるのは剣呑な光だった。


ぞくりとする。


侯爵はガタガタと震えていたが、強がっているのか喚き出した。


「な、なんだというんだ!失礼な!私はここの客人だ!

侯爵だぞ!若造が控えんか!!」


「客人であっても、この屋敷の者に、

僕の許しなく無体を働く権利はありませんよ?」


侯爵を見降ろす目に、容赦は無かった。

カイルの本気を悟ったのか、侯爵の手が震えながら離れていく。


「姉さん、こちらへ___」


わたしは呼ばれるまま、立ち上がったが、

神経が麻痺していたのか足が動かず、前のめりになる。

そのまま倒れ掛けたわたしを、カイルの腕が抱きとめた。

カイルはそれでも油断無く剣先を侯爵に向けている。

侯爵は小さく悲鳴を上げ、転がるようにベンチから逃げ去って行った。


カイルはふっと息を吐くと、剣を降ろした。

そして、次にはいつものカイルに戻っていた。


「姉さん、大丈夫ですか?」

「す、すみません、足に力が入らなくて…少し、待って下さい…」


焦るわたしを、カイルはベンチに座らせてくれた。

そして、もう大丈夫だという様に、頭を優しくポンポンと叩いてくれた。

まるで小さな子供になったみたいだ。

安心感からなのか、動揺が残っていたのか、体が震え、涙が零れた。


「…っ」


カイルの手が『泣いていいよ』と、促す様にわたしの頭を撫でる。

優しく…




カイルと一緒に屋敷に戻ると、父が顔を真っ赤にし、怒鳴り出した。


「おまえは何て事をしてくれたんだ!あの方は侯爵なんだぞ!!

折角の縁談をふいにするとは…おまえは何処まで出来損ないなんだ!!」


縁談!?

わたしが、あの侯爵と?父親と同じ年齢の、あのいやらしい男と…


肩を抱き、腿を撫で回した男の手を思い出し、わたしはぞっとした。

カイルが庇う様に、わたしの前に進み出た。


「責めるのであれば、僕にして下さい、怒らせたのは僕ですから」


「当たり前だ!おまえは、次期跡取りとしての自覚は無いのか!

この家を潰す気か!」


「父上は勿論、あの方の事は調べたのでしょうね?」


「ハッカー侯爵とは古くからの付き合いだ、どんな男かは分かっておる!

素性が確かな者を、いちいち調べはせん!」


ふっと、カイルが笑った気がした。


「やはり、バリー・ハッカー侯爵でしたか、

良い噂は聞きませんので一度調べられた方が良いでしょう。

うっかり縁続きなどしたら、家の恥になりますから」


「なっ!子供が生意気な!控えろカイル!」


「後を継ぐ者としての意見です、

僕だって継ぐ家に悪評を付けて貰っては迷惑です。

それと、姉上の結婚相手の話は、まず僕を通してからにして下さい」


カイルはわたしの手を引き、階段を上って行く。

父は何か吠えていたが、カイルには相手にする気は無い様だった。

いつもよりも歩幅が大きい、それに、さっきの父親に対しての言葉も…

カイルが父にあの様な態度をとる事は無かった。

少なくともわたしは見た事が無い。


「カイル…もしかして、怒ってますか?」

「はい、怒ってますよ」


振り向きもせずに歩いて行くカイルを、わたしは必死に追った。


「わたしの所為で、カイルとお父様があの様な事になってしまって…」


「溜まりに溜まったものを吐き出しただけで、姉上の所為ではありません。

それに、別に初めてでもありませんし」


「ええ!?それで、大丈夫なのですか!?

お父様を怒らせたら、カイルの立場が悪くなるのでは…」


『後継ぎ』とはいえ、血の繋がりの無いカイルは、

父の意向で家を放り出される可能性もある。


「今の所は大丈夫でしょう、僕は父上の弱味を握っていますから。

僕はね…説得よりも脅迫が得意なんです」


義弟がさらりと恐ろしい事を言った。

わたしの頭に一瞬だけ、物語のカイルが過り、慌てて頭を振った。


「で、でも、そんな事をしていては、

カイルの周りは敵だらけになってしまいます!」


結局は自分の首を絞める事になるのでは?

強引に従わせていたら、恨みを買う事になる。

情勢が変った時、何かの切っ掛けで相手は簡単に敵になってしまう。


「勿論、誰かれ構わずにではありませんよ、必要な時だけです」

「そ、そうですか…」


それでも、わたしはカイルが心配だった。

「ふっ」とカイルが笑った。


「すみません、僕は自分本位の人間なんですよ」


わたしが心配しても、カイルは意志を曲げないという意味だろうか?

確かに、カイルは自分の思い通りにしてしまう処がある。

だけど、それは、『悪い事で』では無い。


わたしを助けてくれた。


家督を継ぎ、領地を任されるというのは、重責があり、

きっと綺麗事ばかりではやっていけない。カイルにはその覚悟があるのだろう。

汚れ仕事を自分が引き受けようとしている。

でも、辛くない分けでは無い、倒れそうになりながらもじっと耐えている、

そんな風に見えるから…


支えてあげたい。


カイルに頼って貰えるように、強くなろう…


わたしは握った手に力を込めた。




「カイル、今日はありがとうございました、助かりました」


部屋の前で改めてお礼を言ったわたしを、カイルがふわりと抱きしめた。


「!??」

「浄化です」


耳元に息が掛かり、わたしの頭は大混乱だ。


「ええ!?」

「ぷっ、姉さん、驚き過ぎです」


カイルはわたしから体を離すと、「ふふふ」と肩を揺すり笑った。


だ、だ、だって、いきなり抱きつかれるとは思いませんからー!

ああ、絶対に顔赤いですよねぇ…

カイルは至って通常運営ですのに…末恐ろしい、義弟です!!


でも、いつの間にか、わたしよりも10センチは身長が高くなって、

体つきもしっかりしてきて…って!

ああ!わたしは何を考えているのでしょうか!??

決して、決して、ヤマシイ事などは___!!!


あたふたするわたしに、小さく声が届いた。


「もう、二度と、誰にもあんな真似はさせない…」


え?


「ゆっくり休んで、嫌な事は忘れて下さい」


カイルは二コリと笑うと背を向けた。



カイルの『浄化』は完璧で、わたしが『嫌な事』を思い出す事は無かった。

変りに何故か、カイルが夢に出来た事は…秘密だ



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