表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/40

13歳



わたしの誕生日は、毎年特に祝われる事もなく過ぎていくので、

自分でも忘れてしまうのだが、今年は違っていた。


「姉さん、13歳、おめでとうございます」


数カ月違いの義弟、カイルが祝ってくれ、プレゼントまで贈ってくれた。

リボンとショコラだ。


カイルは父から小遣いを貰っていて、町へ買い物に出る事も出来、

その度わたしにお土産を買って来てくれていた。

このショコラは、以前何度か買ってきてくれた事があり、

わたしのお気に入りだった。

リボンは淡い光沢のある、綺麗なラベンダー色。

誕生日に刺繍を上げて以来、

カイルはその色がわたしに似合うと思っている節がある。


「カイル、ありがとうございます!うれしいです!大切にします!」


「うん、姉さん、髪を上げて下さい」


カイルは自らわたしの頭にリボンを巻いてくれた。

こんな事をされるのは勿論、前世を通しても始めての事で…

心臓はバクバクだ。

その上、「似合いますよ」と満足気に微笑まれてしまい、

わたしは気恥ずかしさのあまり卒倒しそうになり、

「ありがとうございます」と言うのが精一杯だった。

相手は12歳の男児なのですが…



わたしはリボンとショコラの箱を部屋の机の引き出しに隠した。

リボンは使って欲しいと言われたけれど、

両親やメイドに気付かれて問い詰められると困るし、

勝手に捨てられる心配もあったので、特別な時だけ着ける事にした。


嫌な事があった日や、落ち込んだ日には、

リボンを眺めて、ショコラを食べよう。

尤も、カイルが屋敷に来てからは、

それ程に辛いと思う日は無くなっていた。


カイルと話していると、自分が内気だとか、口下手だとか、小心者だとか…

そんな自分を忘れる事が出来た。

勿論、自分が変った分けでは無いから、

今でも悪意を向けられると怯んでしまい、何も言えなくなる。



◇◇



両親から関心の無いわたしは、衣服類等も入れ換わる事なく長く使っていた。

色褪せる程度はまだいいのだが、

衣服はどうしても成長と共にサイズが合わなくなってしまう。

袖は短くなり、スカートの丈も短くなった。

それらは何とか継ぎ接ぎで誤魔化せたとしても、靴はどうにもならない。

小さい靴を無理矢理に履いているわたしの足は、

靴擦れや血豆が出来てしまう。

それを治癒魔法で治す…


「これって、今世においての自給自足でしょうか?」


シュールに思いつつも、治癒魔法を練習していて良かったと胸を撫で下ろす。



この日は少し暑くもあり、窓辺に桶を置き、魔法で氷を入れた。

こうすると、涼しい風が吹き込むし、気分も涼しくなる。


相変わらずメイドはほとんど部屋には来ないので、

わたしは古く、サイズも小さくなった部屋用のドレスを着た。

スカートの丈は膝程だ。

両親に見られたら、行儀が悪いと叱られるか折檻されるかだろう格好だが、

わたしに無関心の両親が部屋に来る事など考えられない。


わたしは椅子に座り、窮屈な靴を脱いだ。

やはり血が滲んでいる。

スツールに足を置き、治癒魔法を掛けていると、ドアがノックされた。


「姉さん、僕です、入ってもいいですか?」


カイルが来てくれた事がうれしくて、

わたしは反射的に「どうぞ!」と返していた。

ドアを開け入って来たカイルは、わたしを見た処で…固まった。

そして、数秒後、カイルは表情を崩す事無く、

無言で静かに部屋を出て行った。


流石です…貴族令息…

ですが、その方が気まずいと申しますか…


心底呆れられた気がし、

わたしは居た堪れない気持ちで治癒を終わらせると、

足を洗い、裾を継ぎ足した部屋用のドレスに着替え直した。


さぁ、これで、いつでもいらっしゃって!と待っていたが、

結局その日、カイルが部屋に顔を出す事は無かった。



午後になり、屋敷が急に騒がしくなった。

こっそり覗いて見ると、

使用人たち十名程が連なり屋敷から出ていく処だった。

まさか、集団でお休みを取ったとは思えませんが…


その数時間後、門から馬車が数台入って来た。

大人数の客が来る事は珍しい。


「どうなっているのでしょうか?」


カイルが部屋に来て説明してくれるのを待っていたが、部屋に来たのは、

見知らぬ女性数名だった。

彼女たちはわたしの寸法を取り、持って来た大きなトランクを開くと、

クローゼットを一新して行った。


「ドレスが出来るのは二週間後になります」と、謎の言葉を残し、

彼女たちは部屋を出て行った。


そして、見知らぬメイドの女性が現れ、

数年ぶりに、お茶と菓子がわたしの部屋に運ばれた。


「クレアと申します、セシリア様の身の周りのお世話をさせて頂きます」

「よ、よろしくお願いします…」


クレアと名乗ったメイドは二十代後半だろうか、

落ち着いた雰囲気がある。だが、冷たいという分けでは無く、

表情には何処か柔らかさがあり、わたしは彼女に好感が持てた。



何故こんな事になったのかというと、

わたしが使用人たちに冷遇されている事を、

カイルが父に直談判したらしい。

そして、カイルは見事に父を説得してしまったのだ。


わたしは使用人たちに伯爵令嬢として丁寧に扱われる様になり、

食事面も改善した。今まで完全に放置されていた、

わたしの身の回りの物も、困らない程度に揃えられた。

色褪せたり、サイズが合わなくなった普段用のドレスや下着等は捨てられ、

新しい物に替えられ、舞踏会用のドレスまで作って貰った。


「カイルがお父様に言ってくれたのでしょう?」

「あまりに度を超えていましたからね、言わせて貰いました」


カイルは顔を顰め、嘆息した。

屋敷に来た頃よりも、その表情は豊かになった。


「僕は男ですから少々雑な扱いをされても良いですが、

姉さんは女性なんですから、きちんとした扱いをして貰わないと___」


こんな事をぶつくさ言うカイルは、父親よりも父親みたいで、

つい笑ってしまった。そんなわたしを青緑の瞳が睨む。


「笑い事ではありませんよ、

姉さんは無邪気過ぎるんです、もっと危機感を持って下さい」


不思議と、カイルに叱られるのは怖く無いし…寧ろ、好きだと思える。


「はぁい、気を付けます!」

「全く、令嬢が足を出すなんて…僕の心臓が持たないよ…」

「そ、それはお見苦しいものをお見せ致しました…」


前世のミニスカートをカイルが見たらさぞ驚くだろうなー、

などと想像してしまい、口を緩めてしまったわたしを、

カイルは細い目で見て、嘆息したのだった。



◇◇



カイルは薬草に興味を持ち始め、庭の一角を貰い、薬草を育て始めた。

わたしは物語通りに、カイルが毒薬を作り始めるんじゃないかと

不安になったが、カイルの興味は「薬」や「解毒剤」の方だった。


「昨今、この国には毒薬が蔓延っていますからね、

それらを上回る解毒剤を作れば、高く売れると___」


チラリと、その瞳の青色が悪い光を見せた。

ああ、しっかり、領主様、経営者の目をしています…

カイルが家督を引き継いだ暁には、

さぞ領地を盛り上げるだろうと簡単に推測出来た。


だけど、カイルが解毒剤を作りたいと思った理由は他にある気がした。

母親に毒殺疑惑があったからではないだろうか?

そういう人が助かるようにと…


「カイル、わたしも協力します!」


わたしは手を上げ、志願していた。


「ありがとうございます、期待していますよ、姉さん」


爽やかな笑顔を見せたカイルは、流石『物語上サディスト』で、

その日から、笑顔でわたしを扱使ったのだった。



◇◇



魔法で成長を速め、薬草は予想よりも遙かに早く逞しく育っていった。

お陰で、カイルの誕生日までには、目当ての物が収穫出来た。


「カイル、13歳おめでとうございます!」


「ありがとうございます」


「プレゼントをどうぞ!」


「ありがとうございます…姉さん、これは何ですか?」


カイルは不思議そうに、受け取った小さな二つのグラスを眺めた。

この頃カイルは成長期に入り、

身長はわたしよりも5センチ以上は高くなり、

剣術の成果なのか、体つきも少し逞しくなった気がする。

小さなグラスを持つ少し骨張った手に、成長を感じた。


「アロマキャンドルです!」

「アロマキャンドル?」


「蝋燭のようなもので、香が良いのです。

こちらはラベンダーでリラックス効果があり、睡眠作用もあります、

こちらは、ミント、頭がすっきりして集中力を高めます!」


「姉さんが作ったんですか?何かやっているとは思っていましたが…」


カイルに気付かれない様に、ラベンダーやミントをこっそり収穫し、

カイルが居ない時を見計らって実験質を使って作ったのだが…

怪しい行動に思われていたらしい。カイルは目敏いですからね…


「火を点けてみてもいいですか?」

「はい!」


カイルが魔法で芯に火を点けた。

香が広がり始め、カイルもわたしも目を閉じた。


「ああ…いいですね、疲れが取れた気がします」


カイルはスッと手を伸ばし、火を消した。

心無しか目が虚ろだ。


「だ、大丈夫ですか?」

「大丈夫、少し眠れば…」


カイルはふらふらと揺れながらベッドへ行き、

そのままうつ伏せに倒れてしまった。


「あらら…睡眠不足だったのでしょうか?」


こんなに無防備なカイルは初めてだった。

カイルは絶対に、他人に弱味や隙を見せ無い人だから。


でも、やっぱり、疲れてたんですね…


カイルは勉強に加え、剣術も習っていて、

独りで魔法の練習もしているみたいだし、

薬草畑の世話や研究もしていて…実は毎日フル稼働だった。


「カイルは真面目で、頑張り屋さんですから…」


わたしはカイルの靴を脱がせ、ブランケットを掛けてあげた。


「お疲れさまです…」


ゆっくり休めますように___


その艶のある綺麗な黒髪を撫で、

小さい子にするように、そっと唇を落とした。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ