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(2)



カイルはわたしの部屋を知りたいと、部屋まで送ってくれた。


「あ、あの、こちらがわたしの部屋、です…」


気恥ずかしく、わたしはまともに顔を上げられなかった。


「姉上、中、覗いてもいいですか?」


カイルが見たそうな素振りを見せたので、

わたしは「面白いものは何も無いけど…」と前置きをしつつ、ドアを開けた。


「ふぅ、ん…成程ね…」


カイルは部屋を見回して、何か呟いていた。

意味が分からず、わたしは頭を傾げるのだった。

カイルは勝手に部屋に入るとクローゼットやチェストを開け始めた。


「ぎゃ!!流石にっ!!義弟といえど、そちらは淑女の秘密ですぞ!!」


慌ててチェストの前で塞ぐ様に両手を広げるも、

カイルは「本当に姉上は楽しい人ですね」と笑ってあちこち見て行くのだった。


全然、楽しくないんですけどーーー!!

これは、『やんちゃ』という言葉で片付くのかしら??

恐るべし、男児!!



気が済んだらしいカイルは、振り返り、わたしに二コリと笑ってみせた。


「勝手にすみませんでした」


恐ろしい程、清々しい笑みだ。

すみませんでした…とは、思って無いでしょう??


「姉上、昼食はいつも部屋の様ですが、良ければ明日から食堂で一緒に食べませんか?

その方が一緒にいられる時間も増えます」


うれしい誘いだったが、メイドたちの顔が浮かぶと気持ちは沈んだ。

最初は食堂で昼食を取っていたが、両親が居ない日は、幾ら待っても用意して貰えず、

厨房に「食事を頂けませんか?」と声を掛けるも、聞こえないフリをされ…

そういう事が重なって、行かなくなったのだ。

カイルが居ればそんな嫌がらせはしないだろうけど、

使用人たちに内心迷惑に思われる気がして、胃がしめ付けられた。


「あの、その、わたし…両親がいる時以外は、食べないので…」

「え?お腹空きませんか?」

「はい、それが、空かないのです…」

「それなら、お茶を一緒に」


お菓子は大好きだ。

もう、何ヶ月もお茶もお菓子も見ていないけれど…

誘惑は強かったが、やはりメイドの嫌そうな顔が浮かび、「うん」とは言え無かった。


「あの、その、すみません、ダイエット中で…」

「必要無いように見えますが?」


そうですよね…

食事を貰えない日もあるわたしの体型は、痩せ細り、骨と皮だ。


「まぁ、いいでしょう、分かりました」


許して貰えた事に、わたしは「ほっ」とし顔を上げた。

だが、目の前の彼は、微笑は浮かべていても、その目は笑っていなかった。

冷たい深い青色の目に、ゾクリとした。

そんなわたしに気付いたのか、彼は一瞬で冷たいものを消し、柔らかく微笑んだ。


「姉上、おやすみなさい」


カイルはわたしの返事を待たずに、するりと部屋を出て行った。


先程のカイルは、少し違和感があった。

優しい普通の男児だと思っていたけど、違ったのでしょうか?





朝食は両親も部屋で取るので、両親が屋敷に居てもいなくても、わたしに朝食は無い。

これは幼少期からなので、何も不満は無かった。


前世では、自炊が趣味みたいなものだったので、朝食、昼食のお弁当、晩御飯、

三食作って食べていたから、それを思うと少し侘しい気持ちになった。


「わたし、前世では伯爵令嬢より良い生活をしていたんですね…」


三食の温かい食事、仕事帰りには好きなスイーツやフルーツを買って、

夜はTVを観ながら、そのスイーツを食べる…

その時はあまり感動も無かったが、今となっては夢のような生活に思えた。



朝起きて、身支度を整えると、わたしは机に向かい、読書を始めた。

家庭教師が来る日以外は特にやる事は決められておらず、自分で好きに時間割をしていた。

屋敷に図書室があり、古い本から新しい本まで、かなりの量集められている。

聞いた事は無いが、家族の誰かが読書好きなのかもしれない。

図書室で読まないのは、メイドか誰かが入って来た時に気まずい思いをしそうだからだ。


昼を過ぎ、わたしは読書を止めて、魔法の練習をする為、裏庭に向かった。


水を出す、温める、温風を出す…

最近では直接お湯を出せるようになり、生活は益々快適になってきていた。

それもこれも、全て魔法のお陰だ。


「魔法で食事も出せたらいいのに…」


植物の成長を早める事は出来るかもしれないが、料理された物を出すのは不可能だろう。


「ご飯をおにぎりにする事は出来るかもしれないけど…

ん~、それ、自分で握った方が早そうですね?」


料理は好きなので、それを魔法で終わらせてしまうのは残念かもしれない。

庭にいる時は自然、独り言が多くなっていた。


わたしは葉っぱを手に取り、自分の指を切った。

滲み出てくる赤い血は、何度見ても成れず、顔を背けたくなる。


最近練習しているのは、治癒魔法だ。

高度な治癒魔法を使える者は少なく、重宝されるらしい。

独り立ちするのを考えると、治癒魔法は良い収入になるだろう。


目を閉じ、神経を集中させる…


ポワ…


指先に温かいものを感じる。

優しく包まれている感覚に思わず微笑んでいた。

目を開けると、指先の傷は綺麗に消えていた。


「出来た!?成功だわ!やったーーー!!」


思わず飛び跳ね、はしゃいでしまった。


「姉さん、こんな処で何をしているんです?」


カイルの声に、わたしは腕を振り上げた格好で、ピタリと固まった。

まさか、こんな子供みたいにはしゃいでいる処を見たなんて…言わないですよ、ね??

そっとカイルの顔を伺うと、カイルはその笑みを大きくした。


いやーーー!!恥ずかし過ぎるーーー!!!


とてもお見せ出来ません!!とばかりに、わたしは顔を両手で覆った。


「あああ!今見た事は、どうか、どうか、お忘れ下さいー!!」

「姉さん、落ち着いて下さい、いいじゃないですか、可愛らしいですよ」


うわああん!11歳男児に『可愛らしい』と言われてしまいましたぁ~~!!

わたし、今世は12歳だけど、前世の年齢は22歳なのですぅ~


「それで、姉さんはこんな処で何をしていたんです?」


いつも『姉上』なのに、『姉さん』と呼ばれた。

より親しみを感じ、頬が緩んだ。


「ま、魔法の練習を…すこし…」

「魔法ですか!凄いですね!姉さんはどんな魔法が使えるんですか?」


カイルは興味があるのか、目の光を強くした。

明るい場所だからか、その色は綺麗な緑色だった。


「その、簡単なものですよ、習った事が無いので、独学ですし…

水を出すとか、温めるとか、温風を出したりですね…」


流石に治癒魔法はまだまだ話せるレベルでは無い。

わたしは樹木に手を向け、霧の様に細かい水をたっぷりと浴びせた。

水やりをしつつ、小さく虹が見られる処がお気に入りだ。


「水やりなどが出来ます」

「姉さんの使う魔法は、姉さんに似て面白いですね」


ん??どういう意味でしょうか??


「カイルは、どんな魔法が使えるのですか?」


物語のカイルは、セシリア同様に強い魔力を持っていた。

カイルのこの余裕そうな顔から、幾らか魔法を使えるんだろうと推測する。

カイルはちいさく頭を傾げ…


「そうだなー、僕の場合は、攻撃魔法が主です」


ええ!?

今、さらっと言いましたが、攻撃ですか!?めっちゃ怖いじゃないですか!??


「こ、攻撃…されるんですか?」

「それは、必要とあれば、ですかね」


カイルは二コリと笑うが…それ、怖いですから!

物語のカイルは派手な魔法を使ったりしなかった、権力を笠に着て人を動かしはしたけど…

言ってしまえば、有害な毒薬オタクだった。

それが、攻撃魔法も使えるなんて…怖いので、怒らせない様に気を付けましょう。


「姉さんの魔法、楽しかったです、また見せて欲しいのですが」

「あ、はい、こんなのでよろしければ、いつでも、なんなりと…」


ああ、わたしって自分から地雷を踏むタイプかも。

いつでも、なんなりと…なんて、まるでご主人様への言葉だ。

わたしってつくづく、庶民です。


でも、カイルは呆れるでもなく、わたしの手を掴み、手の平に紙袋を乗せた。


「姉さんに、ご褒美です」


ご褒美??

キョトンとするわたしに、カイルは二コリと笑うと、裏庭を出て行った。


わたしは紙袋を開く。

そこに入っていたのは、美味しそうなサンドイッチだった。


「カイル…これ、何処に入れてたのでしょうか??」


わたしには義弟が測りしれなかった。

もしかしたら、わたしが思っている以上に、義弟はチートかもしれない。

まるで子供らしくないし、多分、魔術の腕も相当だ。


どういう風に育ったら、あの様になるのでしょうか??


カイルは侯爵家の子息だ。

伯爵よりも格上だから、躾や教育が厳しかったのかもしれない…


思いを馳せつつ、わたしは有難くサンドイッチを口に入れたのだった。



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