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学園でのパーティの日。


わたしは「着替えに時間が掛かりそうなので…」と、理由を付け、

カイルに先に出て貰い、少し遅れて屋敷を出た。

なるべくカイルとは顔を合わせたく無かった。

朝からわたしの神経は張り詰め、緊張が続いている、

こんな事ではカイルに直ぐに気付かれてしまうだろう。


わたしは自分を落ち着けようと、何度も深呼吸を繰り返した。



会場に着くと、生徒たちで溢れていた。

それだけ、ユーリー王子と聖女は注目され、人気があると分かる。


わたしはバッグからグラスを出し、ドレスのスカートを使い、

見えない様に隠し、馬車を降りた。

この人混みでは、知り合いと顔を合わせる事も無いだろう。

わたしは人目を忍び、料理の置かれているテーブルへ向かった。


持って来たグラスに、飲み物を注ぐ。

緊張で震えてしまい、上手く注げなかったが、なんとかそれを終えた。

それでも、グラスを持つ手は震えが止まらない。

わたしは震えを止めようと、空いた手を添え、歩き出す。


ユーリーとパトリシアの居る方へ…


結局、毒は入れず、グラスに細工をしている。

何か魔力を与えられると、毒反応が出た時の様に、

グラスの内側が黒く染まる様になっている。

見破られたとしても、何かを企んでいたと思われるだろう。

これでパトリシアには許して貰おう、パトリシアも毒に拘ったりはしないだろう。

彼女は、わたし、セシリア・モーティマーの破滅が目的なのだから___


人混みの中、パトリシアの目がわたしを捕えた。

わたしは猫に睨まれたネズミの様に動けなくなる。

だが、パトリシアは呼んでいる。


ここへ来なさい___と。


わたしは人混みを寄り分け、前に進んだ。


「ゆ、ユーリー様、聖女パトリシア様、この度はご婚約おめでとうございます」


わたしは小さく震える声でそれを告げる。

パトリシアは立ち上がり、わたしを歓迎した。


「セシリア様、よく来て下さいました!セシリア様のお噂は良く聞いております、

魔術師団の方々が申されていましたよ、セシリア様の強化魔法は、

聖女の魔法よりも優れているとか?」


パトリシアが唇を端を大きく引き上げた。

わたしはさっと顔から血が引いた。


「その様な事は決してございません!わたしなど、聖女様の足元にも

及びません…その方々は聖女様の力を分かっておられないのです…

どうかお気になさらず…」


わたしは、なんとか彼女の機嫌を直さなければ…と、自分でも驚く程、

言葉が出てきた。


「そのお飲み物は?」と、彼女が視線を送る。

わたしは緊張に眩暈を覚えつつも、それを彼女に差し出した。


「はい、パトリシア様にと…」


パトリシアの白い手袋の手が、「ありがとう」とグラスを受け取った。

彼女はそれを一旦自分の方へ向け、そして、何か白い粉を加えた。

それから、わたしの方へ向けた。


「ごめんなさい、この飲み物、苦手でしたの、

セシリア様、代わりに飲んで下さるかしら?」


グラスが黒く変形してきた。

彼女が魔力を使った事が分かる。

あの白い粉と、魔力…


パトリシアがわたしを抱擁し、

わたしにだけ聞こえるように、そっと囁いた。


『気が変ったわ、あなたは目障りなの、ここ死んで頂戴』

『お役目御苦労さま、悪役令嬢さん』


『この世界の為に死ぬのよ、うれしいでしょう?』


「ありがとう、セシリア様」と、彼女がわたしから抱擁を解く。


わたしはそれを震える手で受け取った。

グラスは真っ黒で、液体まで黒く染まっている。

毒である事は間違いない。


この世界の為に___


わたしはそのグラスに口を付けた…


ガシャン!!


何か、影が走り、わたしのグラスを叩き落として行った。


「!?」


足元で砕け散ったグラスを、わたしは愕然と見つめた。


「な、何なのよ!あの鳥!!」


パトリシアが叫ぶ。

わたしは声に釣られ、顔を上げると、

天井の方で梟の様な鳥が円を描き飛んでいた。


「か、彼女を捕えなさい!

彼女が私に、聖女に毒入りの飲み物を飲ませようとしたわ!

これが証拠よ!!」


彼女が床を指差した。

周囲がざわざわと騒ぎ出し、わたしたちから一定の距離を置き、

集まって来た。


「セシリアが私を毒殺しようとしたのよ!!早く捕えなさい!!」


警備の衛兵が人混みを掻き分け入って来ると、わたしの体を拘束した。

わたしは『終わったんだ』という気持ちで、半ば安堵していた。

だが、ユーリーが「待て」と立ち上がった。


ユーリー様、駄目です、お願いですから彼女の言う通りにして下さい!


わたしは目で訴えたが、ユーリーには届かなかった。


「ユーリー様!彼女が聖女である私に毒を盛ろうとしたのです!

なんて恐ろしい事でしょう!どうか極刑にして下さい!」


パトリシアが高らかに訴えた。


「聖女に毒を盛るなんて!」

「極刑に決まってるさ!!」

「こんな良き日になんて事するんだ!!」


周囲からもそれを望む声が上がる。

だが、ユーリーはそれを制した。


「しかし、セシリア嬢はそれを飲もうとしていたではないか、

何故、毒を盛った本人が毒を飲もうとするのだ?」


「それは、私が毒入りだと見破ったので、観念したのですわ」


「ほう、聖女はどうやってそれを見破ったのだ?」


「私は聖女ですよ?聖女の力をもってすれば、それは容易い事ですの」


パトリシアは当然の様に言う。

「成程…」と言ったユーリーは、指で指示をした。

サイラスが二つのグラスをパトリシアに向けた。


「では、見破ってみせて貰おう、どちらが、毒入りか?」


ユーリーに言われ、パトリシアは相貌を崩した。


「また、御冗談を…聖女が死んで困るのはあなた方ですのよ?」


「何故死ぬのだ?聖女の力があるなら容易く分かるのだろう?」


ユーリーにみつめられ、パトリシアはその手をグラスに伸ばしたが、

途中で止め、手を戻した。


「王子、聖女をこの様に試してはいけません、王子が穢れます。

王子が穢れると、国難が来ますよ」


「そうか、それは困るな」


サイラスがグラスをテーブルに戻す。

多分どちらにも毒は入っていなかったのだろうと伺えた。

パトリシアが小さく舌打ちした。その目は怒りでギラギラと光っている。


このままでは、ユーリーの立場が悪くなる___

わたしはパトリシアの援護をした。


「聖女様の言う通りです、わたしが聖女様に毒を盛り、

それを見破られたので、観念したのでございます…

ユーリー様、どうか、わたしを極刑をして下さい…」


「聖女に毒を盛った、その理由は何だ?」


ユーリーの凛とした声が響く。


理由…

わたしは咄嗟に言葉に詰まった。

そんなわたしに気付き、

パトリシアはここぞとばかりに大声で捲し立てた。


「こ、この女は、私に嫉妬したのですわ!

彼女は自分が聖女になれなかった事を妬んで、

今までも嫌がらせの数々をして参ったのですもの!!」


「まぁ!酷い!!」

「聖女様は今まで耐えて来たのですね!」

「なんと、お可哀想に…」


周囲から聖女に同情の声が上がった。

パトリシアは満足そうな笑みを浮かべた。


「そうか、その様な事がな…では、衛兵!!」


ユーリーの声で、人混みを掻き分け、衛兵が二人現れた。


「衛兵、聖女を捕えろ」


ユーリーの言葉に場が凍った。

衛兵は直ぐに従い、パトリシアを両側から拘束した。


これは…どういう?


事態が飲み込めないのは、勿論わたしだけでは無い。

ほとんどの者が、茫然としていた。

パトリシアは我に返ると暴れ出した。


「これは、どういう事よ!!あんた、気でも狂ったの!?

私は聖女様なのよ!!」


「王子を『あんた』呼ばわりするとは、不敬だが、今は問うまい。

僕は正常だ、故に、この茶番にもうんざりしてきた。

そこで、この陰謀を企み、毒を盛った犯人を捕える事にしたのだ」


ユーリーの悠然とした態度に、パトリシアは更に声を荒げた。


「なんですって!?犯人はあの女よ!!私じゃない!!」


「サイラス」


ユーリーに呼ばれ、サイラスがユーリーの隣に進み出た。

サイラスは「ピー」と笛を吹く。天井から梟の様な鳥が舞い降りて来、

サイラスの肩に止まった。サイラスの鳥だったらしい。


サイラスの鳥…かつて、町に魔獣が出た際に、魔術師団への繋ぎを

していたのを思い出す。

ただの鳥では無い事は確かだ___

だから、毒入りのグラスをわたしの手から叩き落としたんだわ…

わたしは信じられない思いで、サイラスの肩で羽を休める鳥を見た。


ふらつくわたしを、わたしを拘束している衛兵が支える。


「そんな鳥がなんだって言うのよ!」


「ただの鳥ではない、訓練された鳥だ。

おまえたちは気付いていなかった様だが、おまえとセシリア嬢とが

会っていた時、傍に居たのだぞ、そして、話を聞いていたのだ」


『あなたは毒入りのグラスを私に渡す』

『そして、聖女に毒を盛った咎で幽閉されるのよ!』

『もし、裏切ったら、私、この世界を破滅させるから!』


鳥が真似をし、見事に再現した。

それを聞き、この場は静まり返った。


「自作自演って事?」

「聖女様の自作自演?」

「何故、聖女様がセシリア様を幽閉させるわけ?」

「嫉妬したんじゃない?」


小声で囁かれ出し、パトリシアは自分が不利だと気付いた。


「そ、そんなの!証拠になんかならいわ!

幾らでも後から吹き込めるじゃないのよ!」


「王宮の不正を疑うのは、王に疑いを掛けるも同然だぞ!控えろ!」


「王がなんなのよ!私は聖女よ!王なんかより、私の方が偉いのよ!」


このやり取りを聞き、周囲は益々聖女に不審の目を向けた。


「王様より偉いですって!」

「なんて思い上がってるんだ!」

「あれで、聖女なの?」


ユーリーは金色の目で冷たく聖女を見降ろした。


「では、証拠を見せよう___

会話を聞いた後、二人を密かに見張らせていた。

セシリア嬢には特に怪しい点は無かったので、話は省く。

聖女パトリシアはハーパー男爵に接触した、ヤツから毒薬を買ったな?」


「そ、そんな男知らないわよ!」


「ハーパー男爵には既に裏を取っている、ハーパー男爵をここへ!」


ユーリーの指示で、衛兵たちに連れられ、中年の男が現れた。


「聖女様が悪を滅する為と言われ、毒薬をお求めになったので、

売りました。

これは、大義の為、私は従ったまででございます、どうかご慈悲を…」


男の裏切りを前に、パトリシアは恐ろしい形相になり、歯ぎしりをしていた。


「どの毒薬を買った?」

「こちらでございます」


男がそれを差し出す。

サイラスが床に広がった液体に、試験紙を付ける。

男が出した小瓶の白い粉を少しだけグラスに入れ、水で溶き、試験紙を浸した。

どちらも同じ黒色に染まった。


「その者の手袋を調べよ!」


ユーリーが鋭く言い、衛兵がパトリシアの手袋を剥がす。

その手袋には毒薬を仕込む仕掛けがあった。

そして、手袋をグラスに浸し、試験紙を入れると…黒く染まった。


「これが証拠だ、十分であろう?」


ユーリーが言うと、周囲は感嘆の声を上げ頷いた。


「私が聖女よ!私の言う事は全て正しいの!

私には見えているのよ、この女の黒い魂が!!」


わたしはギクリと体を強張らせた。

嘗て、パトリシアが言った言葉を思い出したからだ。


『女神が言ったんだもん。あなたの魂は穢れてるって!』


そうだ、わたしは穢れているんだわ…

そして、彼女には見てる…


「わ、わたしは…」


何も言えず、俯くしか無かった。


「わ、私は聖女なのよ!私にこんな仕打ちをしたらどうなるか

分かってるの?結界を張ってやらないわよ!」


「例え、聖女であっても、罪を犯せば裁かれるのだぞ。

この国に強固な結界を張る事で、その罪を償え、

それが嫌なら極刑だ」


「私がヒロインなのに、なんでよ!?全部、おまえの所為だーー!」


パトリシアは叫ぶと同時に、火の魔法をわたしに放った。

棒立ちだったわたしは、衛兵に肩を掴まれ脇にやられた。


バシュー!!


衛兵の剣が火の魔法を吸い込んだ…剣で吸収したのだ。


「うわああああ!!許さない許さない許さない!!」


パトリシアは暴れ出し、髪を振り乱し叫んだ。

そのパトリシアの胸の辺りが、大きく光ったかと思うと、

彼女の体から、白い大きな光が抜け、高く飛んで行った。


突然の現象に、皆、呆気に取られ、その光の方を見ていた。


パーティに呼ばれて来ていた司教が、あたふたとユーリーの方へ来ると…


「ユーリー王子、今のは聖女の源でございます!

聖女が他の者に代わったと、兆しにも出ております…」


「!?それは、真か?」


「はい、光の行方を追ってみますので…」


「何、勝手な事言ってるのよ!私が聖女だって言ってるでしょ!」


パトリシアは司教に手を向ける、魔法で攻撃しようとしたのだ。

だが、魔法は出無かった。


「なんで!?なんで魔法が使えないのよ??」


パトリシアが混乱する中、司教が告げた。


「聖女の源が消え、魔力も全て失った様でございます…」



パトリシアは衛兵により連れて行かれた。

この後、牢に入れられ、裁判を待つ事になる。


「こんな世界なんかどうでもいい、皆死んでしまえばいいんだわ!

あんたは絶対に許さないーーー!」


彼女は最後まで力の限り抵抗し、叫んでいた。

きっと、彼女はこの先もわたしを恨み続けるのだろう。

それ程までに恨まれる事を、わたしはしてしまっていたのだろうか…。

一度も話さなかった事を、今になって悔んだ。



「大丈夫ですか、姉さん」


声を掛けられ、視線を向けると、カイルの顔があった。

カイルが衛兵の制服を纏っている…

わたしが目を見開き、その格好を上から下まで見ていると、

カイルは小さく吹き出した。


「おや、気付きませんでしたか?」


「き、気付きませんでした!

朝はちゃんとタキシードを着ていましたよね?」


「はい、ここに着てから着替えました、どうですか?」


「ええ、それは、もう…格好良いです…」


気恥ずかしく感想を言うわたしを、カイルが明るく笑い、抱き寄せた。


「きゃっ!?」


思わず声を上げてしまった。

だが、カイルは尚もギュっと力を入れ、わたしを抱きしめた。


「あなたは…簡単に死のうなどと、しないで下さい」


「す、すみません…」


「僕が傍にいる限り、死なせませんけど」


その真剣な声と言葉に胸が震え、

わたしはカイルの服を、キュっと掴んでいた。




お気づきかもしれませんが、次回で完結です。

内容的には纏めになりますが、最後まで楽しんで頂けますように☆

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