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ユーリーと聖女の婚約の噂が流れた翌日、

パトリシアが数カ月ぶりに学園に現れた。



わたしは彼女から、秘密のメモで呼び出しを受け、

人気の無い裏庭で彼女と対峙している。


「漸く時が来たわね、セシリア・モーティマー悪役令嬢」


パトリシアは楽しそうに「ふふふ」と笑う。


「婚約パーティは来週末、

その二日前に学園で祝賀パーティがあるのは、もう、ご存じよね?」


発表になってはいないが、物語ではそうなっていた。


「物語通りに、お願いするわね?悪役令嬢さん」


「そ、その必要は無いでしょう?

あなたに毒を盛るなんて、意味の無い事だわ…」


「何言ってるのよ!私がどれだけこの時を待ち望んだか、

あなたは分からないっていうの!?本当にあなたって馬鹿ね!!」


パトリシアに大声で捲し立てられ、わたしは怯んだ。


「これがなきゃ、物語は完成しないじゃないの!

あなたは毒入りのグラスを私に渡す!そして、聖女に毒を盛った咎で

幽閉されるのよ!もし、裏切ったら、私、この世界を破滅させるから!

あなたの所為でね、結界は張られないの!破滅よ破滅!!あはははは」


パトリシアは声を上げて笑う。

わたしに拒否権は無かった。



◇◇



パトリシアと会ってから、わたしは考え続けている。


わたしはどうしたらいいのか…


彼女はわたしが裏切れば、結界を張ってくれないと匂わせていた。

彼女ならば、本当にそうしてしまう気がする。


物語通りに、彼女に毒を盛るしか無い___


彼女は本当に毒を飲む分けでは無い。

寸前にユーリーに見破られ、グラスから毒物反応が出た事により、

セシリア・モーティマーは学園生全員の前で、罪を暴かれるのだ。


今のわたしでは、毒を手に入れるのは難しい。

実際には飲まないのだから、毒物反応だけ出ればいい…

わたしが何も言わなくても、周囲がわたしの罪を暴き、断罪してくれる筈。


パトリシアの要望には応えられそうだが…

わたしがこんな事件を起こしたら…



きっと、皆を悲しませてしまう___



前世とは違い、今世のわたしには、大切な人が沢山いる。

一緒に笑い合える友達、そして、愛する人___


皆がどれだけ悲しむかを想像すると、身を斬られる程辛かった。


でも、これは、皆を守る為だ。

パトリシアに、この国を、この世界を守って貰わなくてはいけない。

パトリシアが望むなら、絶対に、やり遂げなくてはいけない。


わたしは自分に言い聞かせた。


幸いなのは、カイルが助かる事だ。

物語のカイルは、毒薬を調合し、危険人物として処刑された。

だけど、今のカイルは毒薬を持っていない、疑われる事も一切無い筈だ。


わたしは、それだけでいい…

カイルが生きていてくれるなら…


もしかしたら、この事件で家が格下げとなり、

わたしを恨むかもしれないけれど…


もう、二度と会えなくなるけど…


カイルが生きていてくれるなら…



◇◇



残された時間を、わたしは成るべく普段通りに過ごそうと決めていた。

誰かに気付かれてはいけないから。


「セシリー、母上が会いたがっている、来週末にでも屋敷に来ないか?」


何も知らないエリザベスからの誘いには、ビクビクしながら曖昧に濁した。

期待させてしまうのは嫌だった。

わたしは、その時にはもう居ないと思うと、胸が苦しくなった。





放課後、ユーリーから「二人で話したい」と、空き教室に呼ばれた。


「セシリア嬢の結界の強化が、魔術師団の間でも評判が良くてな、

友として誇らしいぞ」


ユーリーが褒めてくれ、わたしは恐縮した。


わたしの力はまだ安定してはいなかったが、それに気付いているのは、

教師と…カイルだけだろう。


どうすればいいのか、自分で分かっていても、

カイルに見られていると思うと、竦んでしまい、

どうしても、それを出来ずにいる。

今の所は自分の力でなんとか出来ているが…


罪悪感からわたしの声は暗くなる。


「勿体ないお言葉です…」


「なんだ、暗いな?何か心配事でもあるのか?」


ユーリーに聞かれ、わたしはそれを相談しようか迷った。

ユーリーは口が堅い、口止めをすれば黙っていてくれるだろう。


だけど…

やはり、口にするのが怖い。

口にしてしまうと、何処からか耳に入ってしまうんじゃないかと…

ユーリーを疑ってはいないけど、不安になるのだ。


「あ、いえ、その…実はまだ、『強化』は上手くいっていないのです…」


「納得がいかないという分けか、セシリア嬢には感心する。

必要とあれば、『強化』に詳しい者を紹介しよう、話を聞くだけでも

何か役に立つかもしれぬぞ」


話を聞いてみたいと思ったが、それには時間は足りないだろう…

わたしは断りの言葉を探した。


「ありがとうございます…ですが、もう少しの間は自分で考えてみます」


「分かった、いつでも申せよ」


ユーリーの親切が優しく胸に刺さる。

わたしは笑みを作ってみせたが、あまり上手くいった様には思え無かった。



「学園でのパーティは三日後だな、結局、神託通りになってしまったな。

だが、運命を恨みはしない、正しい行いをしてれば、

いつか開けるかもしれんからな___」


ユーリーはこの事を話したかったのだろう…

今のユーリーは、どこかふっ切れた様に見えた。


「わたしは、ユーリー様を尊敬します」


ユーリーも辛かった筈だ。

想いを絶ち切り、国の為に犠牲になった人だ。

わたしと同じ…


「いや、完全には諦めていないぞ。それに、やはり、自己犠牲はいけない。

それで良いと思った時もあったが…今は少し違う。皆と出会い、

僕も目が覚めた。皆が幸せでなければ意味がないと思わないか?」


まさか、ユーリーはラナを側室にするつもりだろうか?

この世界ではそう珍しくは無いだろうが…少し心配になったが、

結局、本人たちが幸せである事が一番大事かもしれない。


「ラナもきっと喜ぶと思います」

「そういう意味では…まぁ、それもそうなのだが…」


ユーリーは赤くなり、何か呟いていた。





ラナの同室である、タミーに声を掛けられた。

ラナが落ち込んでいるから励まして欲しいという事だった。

ラナが落ち込んでいる理由は、やはりユーリーとパトリシアの婚約だろう。


わたしは手作りのクッキーを持ち、ラナの部屋を訪れた。

ラナは別人のように暗い顔をし、萎れていた。


「あたし、パーティには出ませんよ、行ける筈無いじゃないですかぁ…」


ラナが顔をくしゃりとさせ、涙を零す。

わたしは勝手に紅茶を淹れさせて貰い、紅茶とクッキーをラナの前に置き、

その肩をそっと擦った。


「ユーリー様、婚約するんですよ…諦めてたつもりなんですけどね、

世界が終わったくらい、落ち込んじゃいましたよ、あたしって、馬鹿娘ですね」


「そんな事は無いです、ラナはそれだけユーリー様をお好きだったのです」

「好きだと言ったんですけどね、きっと、届いてないですよね…」


ユーリーはユーリーなりにラナとの将来を考えていると言ってあげたいが、

側室のお話はしない方がいいですよね…

きっと、近い内に、ユーリーから話すのだろう。

その時、ラナがどんな顔をするのかは、わたしは見られ無いけども…


「そんな事ありません、ユーリー様は敏い方ですから」


わたしは励ますように、ラナの手を握った。

ラナはコクリと頷き、クッキーを齧った。



好きだと言えたのですね…


好きだと言えるラナが、想いを口に出来るラナが、

羨ましく思えた。


わたしは、想う事さえ、怖いです…





「好きです」と簡単に言えていた時もあった。

だけど、本当の想いに気付いた時には、逆に言えないと思った。


「言える筈ありませんよね…」


相手は義弟だ。


カイルはそんなの、望んでいないだろうし、考えた事も無いだろう。


「引かれてしまうに決まっています…」


それに、カイルには想い人が居る。

それが誰かは、結局聞けなかったけど…


自分の想いは、カイルを疎わせるだけだ。


カイルを疎わせ、嫌われたくない…

カイルのあの綺麗な目に、わたしへの軽蔑が浮かんだら…


きっと、耐えられ無い___!!



こうなってしまって、一つだけ良かったのは、

カイルにこの想いを知られずに済む、という事だ。


わたしはこの想いを抱いたまま、運命に従おう。


カイルとの思い出があれば、きっと、大丈夫だから…





「姉さん、寝不足ですか?目が少し赤いですが…」


カイルの長く綺麗な指が、わたしの目元に触れ、

わたしはビクリと目を閉じた。

カイルの指が離れたのを感じ、わたしはゆっくり瞬きをした。


「姉さん、熱があるんじゃありませんか?」


じっと、カイルがわたしの顔を覗き込む。


「い、いえ、そのような事は!…大丈夫です」

「今日はベッドで過ごした方がいいですよ、明日はパーティですし」

「いえ、その、眠りたくないんです…夢見が悪くて…」

「それはいけませんね、こちらへ来て下さい」


カイルに手を引かれ、ソファに座ると、

カイルは自分の膝にわたしの頭を乗せた。


「!??」


これは、膝枕というものですよね!???


「あ、あ、あの、カイル?」

「眠って下さい、僕が付いていれば、怖い夢は見ませんよ」


カイルは小さく笑い、わたしの髪を撫でる。

わたしは急に眠気に襲われた。


眠りたくないのに…

眠ってしまえば、明日になってしまう…

明日になれば、この温かい日々は消えてしまう…


「カイル…」


傍に、いたいです…

ずっと、あなたの傍にいたかった…


想いを告げられなくても、傍にいられるならと願った。

だけど、それさえ、自分には叶わない___


そっと、目元を拭われる。


「ずっと、傍にいますよ、安心して下さい」


優しい手が髪を撫でる。

わたしが手を伸ばすと、それは包み込んでくれ、ギュッと握ってくれた。




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