(6)
◆パトリシア◆
聖女パトリシアが結界の強化を断る事で、被害が大きいと、
魔術師団等から聖女に対して不満の声が上がっていた。
だが、パトリシアはまるで気にしてはいなかった。
結局、新しい結界を張れるのは、自分しかいないのだから。
新しい結界を張る為に力を蓄える為、力は使えないと言えば、
皆納得するしかないのだ。
現に、王はパトリシアの主張を全て認めてくれている。
それに、自分は大きな歪を強化している、
文句を言われる筋合いは無いのだ。
大きな歪を強化した分、自分の力が強大になっていく。
だから、聖女の訓練など必要無い___パトリシアは訓練も止めた。
その分、王宮で自分を磨く事に専念していた。
「私は聖女よ、この国で、いえ、世界で一番偉い聖女様!」
「皆から注目されるのよ、誰よりも美しくなきゃ駄目ね!」
「皆が私を崇め奉り、跪くの!」
鏡の自分に言い聞かせる。
赤毛の髪を綺麗に梳かし、肌を焼かないように気を使い、爪を整え磨く。
勿論、スタイルも細く保つ為に、料理長には特別なメニューを渡してある。
ドレスにも拘った。流行に合ったドレスを作らせ、宝石を作らせ、
毎日がファッションショーの様だ。
「そういえば…そろそろかしら?」
あの女の破滅の日は___
九条由香里
彼女とは、前世から因縁のある関係だった。
村瀬杏奈には同棲していた恋人が居た。
その恋人がある日、洩らしたのが…
『俺の友達のペットショップにさー、めっちゃいい娘いんだよねー』
『その子さー、毎日弁当とか作って来てんだって!』
『素朴なんだけどー、なんか癒し系?つーの?』
『こっちは別に飼う気ねーのにさ、毎日一生懸命説明してくれんだよー』
『マジで、イイ子!』
『なぁ、おまえも、弁当の一つくらい作ったら?』
ふざけんなふざけんなふざけんな!!
何、人の男に色目使ってんだよ!!
何、毎日会ってくれちゃってんだよ!!
イイ子って、馬鹿じゃねー?鈍臭くて馬鹿なだけだろ!!
私だって、努力してるだろ!!
私を認めろ!!私をもっと褒めろ!!
私はな、そんなダサイ女なんかより、ずっと努力してんだよ!!
このモデル並みの美しさを保つ為に、
私がどんだけ努力して、どんだけ金掛けてると思ってんだよ!
私のお陰で、おまえは友達から羨ましがられてるんだろーが!!
その私が、なんで、身を削ってまで、
弁当なんてもん作んなきゃなんないんだよ!!
「いらっしゃいませ」
その女は、想像していた通り、地味女だった。
髪は後ろで一つに束ねただけ、地味なエプロンに、地味なシャツとジーンズ、
色褪せたスニーカー。その上、変におどおどして、下向いて…
この女、私の事知ってるんじゃないよね?
まさか、私の男と二人で、私を笑ってた…?
こんな女に___!!
ペットショップの仕事が終わるのを待って、女を尾行した。
そして、歩道橋の階段を降りようとしていた女を…私は…
突き飛ばした。
そして、あの女は死んだ___
違う!そんなつもり無かった!!
頭に血が上っていたのよ!痛い思いをすればいいと思っただけよ!
別に、殺すつもりなんか無かった!!
勝手に、頭を打って死んだのよ!!
私の所為じゃない!!
私は怯えた。
そんな事は、万が一にも無いと思いつつも…
もし、誰かが私と彼女を結び付けたら?
もし、恋人が私の事を警察に話したら?
もし、あの現場を見られていたら?
私の所為にされるんじゃないか___
不安が付き纏う…
そして、数日後、私は巡回のパトカーを見て、
焦って道を引き返そうとし…事故に遭い、死んだ。
散々な人生だった。
あの女に壊されたのよ…
あの女に会うまで、全て上手くいってたのに…
女神だって、私を可哀想に思ったのよ。
だから、私を『オーリアナの聖女』の『ヒロイン』に転生させたの!
『次の生にて、九条由香里を助けなくてはいけません』
『あなたの望むものは、あなたの魂が浄化された時、完結するでしょう』
あんな事を言っていたけど、女神も自分の間違いに気付いたのね、
だから、今世に生まれた時から、私はあの女よりも優位に居た。
なんといっても、私は『ヒロイン』なんだから!!
『財産、魅力、能力、全てを彼女以上に…』
全てを手にいれた!!
あんな女、目じゃないわ!!
あの女を蹴落とすのは楽しかった、
ビクビクして、何でも言う事聞いて、馬鹿で臆病なつまんない女!
「いえ、まだね…」
「あの女の破滅を見なきゃ、復讐は完結しない!」
そろそろ、ユーリー王子と婚約しようかしら?
◆◆◆
◇ユーリー◇
聖女パトリシアが結界の強化を断る事で、被害が大きいと、
魔術師団等から聖女に対して不満の声が上がっていた。
だが、『新しい結界を張る為に、今は力を溜め無ければいけない』と
言われれば、誰も何も言い返せなかった。
そんな中、セシリア・モーティマーの活躍が聞こえ始めた。
魔法学園の生徒だが、『結界の強化』が出来、彼女の強化魔法は
群を抜いて素晴らしい。聖女の強化にも勝るのでは___
セシリアはユーリーの『友』である。
友を誇らしく思う反面、『不味い』と思ったのも事実だ。
プライドの塊のようなあの聖女の耳に入れば、どうなる事か…
しかも、聖女は以前からセシリアを敵視している節があった。
セシリアの方はいつも聖女を立てているが、それは当の聖女にはまるで
意味を成していない様に思う。
出来れば、穏便に一年を終え、
何事も無く、聖女に新たな結界を張って貰いたい___
これも虫の良い話ではあるが、ユーリーはそれを願わずにいられなかった。
自分がオーリアナ国の第二王子だからだ。
王子である事は自分の誇りだった。
国や民の事を第一に考える、それが自分の務めであり、当然の責務だった。
その為であれば、自分を犠牲にしても構わない___
ユーリーはそう思っていた筈だった。
だが、聖女との結婚を王に伝えられた時、それは脆くも崩れ去った。
あの女を『聖女』とは、どうしても認められない自分が居る。
司教が認めても、セシリアの神託を持ってしても、
自分の内で『違う』と叫ぶ何かがあった。
そして、もう一つ…
ラナ・スコット
赤毛の明るい少女の存在があった。
彼女は明るく元気で、屈託が無く…
ユーリーには眩しい程輝いて見えた。
彼女といる時は、普通の男になれた、声を出し笑う事も厭わなかった。
いつの時からか、愛おしいと思うようになっていた___
「僕はパトリシア嬢とは結婚致しません」
頑なに言い続けるユーリーに、父親である王は戒告通知を言い渡した。
「聖女がおまえと結婚させなければ、結界は張れないと申したのだ。
結界が脆くなってきている事は、おまえにも分かっておろう、
このままでは、結界はいつ壊れるとも限らん、
そうなれば、この国は崩壊する、その位、おまえにも分かろう。
ユーリー、勝手は許さん、おまえはこの国の王子であろう!」
恐れていた事が現実になった。
ユーリーの目の前は真っ暗になった。
パトリシアは自分を愛してはいない。
蔑にされた逆恨みからの報復だ。
そして、パトリシアは、聖女として結界を張った暁には、
この国の王となるつもりだ。
奇想天外な野望だが、彼女ならやりかねない…
ユーリーはそう思っている。
それでも、王子として、今の自分が果たす役割は…
パトリシアとの結婚だ。
◇◇ラナ◇◇
「ラナ、少し時間を貰えるか」
ラナは学園でユーリーに声を掛けられた。
ユーリーは以前、ラナの親が経営する『散歩道』に平民に変装をして
通っていた事がある。その時は『ユリウス』と名乗っていた。
平民に変装しても、貴族は直ぐに分かる、なのでユーリーの事も
直ぐに貴族だと分かった。
平民と貴族とでは身分が違い過ぎる、結婚など出来ない。
それでもラナは、その頃から、密かにユーリーに好意を寄せていた。
ユーリーを追い掛け、魔法学園にまで来たが、
本当のユーリーは、この国の第二王子という、遠い存在だった。
諦めるしか無かった。
元々、恋人になれるとも思っていなかったが、
何処かでは期待していたかもしれない。
その望みも砕け散った。
ユーリーの事は忘れようと決めた。
だが、魔法学園で学年も違うというのに、何故か顔を合わせてしまう。
ふと気付くと、ユーリーのハチミツ色の髪を見つめていたりもした。
そして、今、こんな風に声を掛けられ、二人で居ると、
想いは溢れ出てきてしまう。
「ユーリー様、どうなさったんですか?」
「おまえに、貰って欲しい物がある…」
そう言って、ユーリーが出したのは、
小さな星の飾りが付いた、細いチェーンのペンダントだった。
ラナの手に乗るとキラリと光った。
「うわぁ!いいんですかぁ?綺麗~ですねぇ!」
「気に入っていたが、皆が似合わないと言う、それでも持っていたが…
取り上げられそうだったから、おまえに隠して貰いたいんだ」
ユーリーの辛そうな表情に、ラナはこの時初めて気付いた。
「ラナ、僕はもう、おまえとは会えない」
「!?どうしてですか!?そんな事言わないで下さいよ!」
ラナは言ったが、ユーリーは頭を振り、その背を向けた。
「あたしは、あたしは、ユーリー様が好きなんですよー!!」
その叫びが聞こえたかどうかは、分からなかった。
その翌日、
『ユーリー様が聖女様とご婚約される』という噂が、学園に流れた。




