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◆パトリシア◆



聖女パトリシアが結界の強化を断る事で、被害が大きいと、

魔術師団等から聖女に対して不満の声が上がっていた。


だが、パトリシアはまるで気にしてはいなかった。


結局、新しい結界を張れるのは、自分しかいないのだから。

新しい結界を張る為に力を蓄える為、力は使えないと言えば、

皆納得するしかないのだ。

現に、王はパトリシアの主張を全て認めてくれている。


それに、自分は大きな歪を強化している、

文句を言われる筋合いは無いのだ。


大きな歪を強化した分、自分の力が強大になっていく。

だから、聖女の訓練など必要無い___パトリシアは訓練も止めた。


その分、王宮で自分を磨く事に専念していた。


「私は聖女よ、この国で、いえ、世界で一番偉い聖女様!」

「皆から注目されるのよ、誰よりも美しくなきゃ駄目ね!」

「皆が私を崇め奉り、跪くの!」


鏡の自分に言い聞かせる。

赤毛の髪を綺麗に梳かし、肌を焼かないように気を使い、爪を整え磨く。

勿論、スタイルも細く保つ為に、料理長には特別なメニューを渡してある。

ドレスにも拘った。流行に合ったドレスを作らせ、宝石を作らせ、

毎日がファッションショーの様だ。


「そういえば…そろそろかしら?」


あの女の破滅の日は___



九条由香里


彼女とは、前世から因縁のある関係だった。


村瀬杏奈には同棲していた恋人が居た。

その恋人がある日、洩らしたのが…


『俺の友達のペットショップにさー、めっちゃいい娘いんだよねー』

『その子さー、毎日弁当とか作って来てんだって!』

『素朴なんだけどー、なんか癒し系?つーの?』

『こっちは別に飼う気ねーのにさ、毎日一生懸命説明してくれんだよー』

『マジで、イイ子!』

『なぁ、おまえも、弁当の一つくらい作ったら?』


ふざけんなふざけんなふざけんな!!

何、人の男に色目使ってんだよ!!

何、毎日会ってくれちゃってんだよ!!

イイ子って、馬鹿じゃねー?鈍臭くて馬鹿なだけだろ!!


私だって、努力してるだろ!!


私を認めろ!!私をもっと褒めろ!!


私はな、そんなダサイ女なんかより、ずっと努力してんだよ!!


このモデル並みの美しさを保つ為に、

私がどんだけ努力して、どんだけ金掛けてると思ってんだよ!

私のお陰で、おまえは友達から羨ましがられてるんだろーが!!

その私が、なんで、身を削ってまで、

弁当なんてもん作んなきゃなんないんだよ!!



「いらっしゃいませ」


その女は、想像していた通り、地味女だった。

髪は後ろで一つに束ねただけ、地味なエプロンに、地味なシャツとジーンズ、

色褪せたスニーカー。その上、変におどおどして、下向いて…


この女、私の事知ってるんじゃないよね?

まさか、私の男と二人で、私を笑ってた…?


こんな女に___!!



ペットショップの仕事が終わるのを待って、女を尾行した。

そして、歩道橋の階段を降りようとしていた女を…私は…


突き飛ばした。


そして、あの女は死んだ___



違う!そんなつもり無かった!!

頭に血が上っていたのよ!痛い思いをすればいいと思っただけよ!


別に、殺すつもりなんか無かった!!


勝手に、頭を打って死んだのよ!!


私の所為じゃない!!



私は怯えた。

そんな事は、万が一にも無いと思いつつも…

もし、誰かが私と彼女を結び付けたら?

もし、恋人が私の事を警察に話したら?

もし、あの現場を見られていたら?

私の所為にされるんじゃないか___

不安が付き纏う…


そして、数日後、私は巡回のパトカーを見て、

焦って道を引き返そうとし…事故に遭い、死んだ。



散々な人生だった。


あの女に壊されたのよ…

あの女に会うまで、全て上手くいってたのに…



女神だって、私を可哀想に思ったのよ。

だから、私を『オーリアナの聖女』の『ヒロイン』に転生させたの!


『次の生にて、九条由香里を助けなくてはいけません』

『あなたの望むものは、あなたの魂が浄化された時、完結するでしょう』


あんな事を言っていたけど、女神も自分の間違いに気付いたのね、

だから、今世に生まれた時から、私はあの女よりも優位に居た。

なんといっても、私は『ヒロイン』なんだから!!


『財産、魅力、能力、全てを彼女以上に…』


全てを手にいれた!!

あんな女、目じゃないわ!!


あの女を蹴落とすのは楽しかった、

ビクビクして、何でも言う事聞いて、馬鹿で臆病なつまんない女!


「いえ、まだね…」


「あの女の破滅を見なきゃ、復讐は完結しない!」



そろそろ、ユーリー王子と婚約しようかしら?



◆◆◆

◇ユーリー◇



聖女パトリシアが結界の強化を断る事で、被害が大きいと、

魔術師団等から聖女に対して不満の声が上がっていた。

だが、『新しい結界を張る為に、今は力を溜め無ければいけない』と

言われれば、誰も何も言い返せなかった。


そんな中、セシリア・モーティマーの活躍が聞こえ始めた。


魔法学園の生徒だが、『結界の強化』が出来、彼女の強化魔法は

群を抜いて素晴らしい。聖女の強化にも勝るのでは___


セシリアはユーリーの『友』である。

友を誇らしく思う反面、『不味い』と思ったのも事実だ。


プライドの塊のようなあの聖女の耳に入れば、どうなる事か…

しかも、聖女は以前からセシリアを敵視している節があった。

セシリアの方はいつも聖女を立てているが、それは当の聖女にはまるで

意味を成していない様に思う。


出来れば、穏便に一年を終え、

何事も無く、聖女に新たな結界を張って貰いたい___

これも虫の良い話ではあるが、ユーリーはそれを願わずにいられなかった。


自分がオーリアナ国の第二王子だからだ。


王子である事は自分の誇りだった。

国や民の事を第一に考える、それが自分の務めであり、当然の責務だった。

その為であれば、自分を犠牲にしても構わない___


ユーリーはそう思っていた筈だった。


だが、聖女との結婚を王に伝えられた時、それは脆くも崩れ去った。



あの女を『聖女』とは、どうしても認められない自分が居る。

司教が認めても、セシリアの神託を持ってしても、

自分の内で『違う』と叫ぶ何かがあった。


そして、もう一つ…


ラナ・スコット


赤毛の明るい少女の存在があった。


彼女は明るく元気で、屈託が無く…

ユーリーには眩しい程輝いて見えた。

彼女といる時は、普通の男になれた、声を出し笑う事も厭わなかった。


いつの時からか、愛おしいと思うようになっていた___



「僕はパトリシア嬢とは結婚致しません」


頑なに言い続けるユーリーに、父親である王は戒告通知を言い渡した。


「聖女がおまえと結婚させなければ、結界は張れないと申したのだ。

結界が脆くなってきている事は、おまえにも分かっておろう、

このままでは、結界はいつ壊れるとも限らん、

そうなれば、この国は崩壊する、その位、おまえにも分かろう。

ユーリー、勝手は許さん、おまえはこの国の王子であろう!」


恐れていた事が現実になった。

ユーリーの目の前は真っ暗になった。


パトリシアは自分を愛してはいない。

蔑にされた逆恨みからの報復だ。

そして、パトリシアは、聖女として結界を張った暁には、

この国の王となるつもりだ。

奇想天外な野望だが、彼女ならやりかねない…

ユーリーはそう思っている。


それでも、王子として、今の自分が果たす役割は…


パトリシアとの結婚だ。



◇◇ラナ◇◇



「ラナ、少し時間を貰えるか」


ラナは学園でユーリーに声を掛けられた。


ユーリーは以前、ラナの親が経営する『散歩道』に平民に変装をして

通っていた事がある。その時は『ユリウス』と名乗っていた。

平民に変装しても、貴族は直ぐに分かる、なのでユーリーの事も

直ぐに貴族だと分かった。

平民と貴族とでは身分が違い過ぎる、結婚など出来ない。

それでもラナは、その頃から、密かにユーリーに好意を寄せていた。


ユーリーを追い掛け、魔法学園にまで来たが、

本当のユーリーは、この国の第二王子という、遠い存在だった。


諦めるしか無かった。

元々、恋人になれるとも思っていなかったが、

何処かでは期待していたかもしれない。

その望みも砕け散った。


ユーリーの事は忘れようと決めた。

だが、魔法学園で学年も違うというのに、何故か顔を合わせてしまう。

ふと気付くと、ユーリーのハチミツ色の髪を見つめていたりもした。


そして、今、こんな風に声を掛けられ、二人で居ると、

想いは溢れ出てきてしまう。


「ユーリー様、どうなさったんですか?」


「おまえに、貰って欲しい物がある…」


そう言って、ユーリーが出したのは、

小さな星の飾りが付いた、細いチェーンのペンダントだった。

ラナの手に乗るとキラリと光った。


「うわぁ!いいんですかぁ?綺麗~ですねぇ!」


「気に入っていたが、皆が似合わないと言う、それでも持っていたが…

取り上げられそうだったから、おまえに隠して貰いたいんだ」


ユーリーの辛そうな表情に、ラナはこの時初めて気付いた。


「ラナ、僕はもう、おまえとは会えない」


「!?どうしてですか!?そんな事言わないで下さいよ!」


ラナは言ったが、ユーリーは頭を振り、その背を向けた。


「あたしは、あたしは、ユーリー様が好きなんですよー!!」


その叫びが聞こえたかどうかは、分からなかった。



その翌日、

『ユーリー様が聖女様とご婚約される』という噂が、学園に流れた。




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