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(4)



教師はジェフにチャーリーとビリーを預け、荷馬車で待つ様に言うと、

わたしとカイルを連れ、結界域に向かった。


「ここが結界域の様ですね…結界の綻びが分かりますか?」


周囲を見回すと、一部、景色が歪んで見える箇所があった。


「結界の強い場所はクリーンに見え、結界が弱くなると

景色が歪んで見えます、それらを見付け強化しなくては、

幾ら魔獣を倒しても解決はしません」


「それは、聖女じゃなくても出来るのですか?」


「聖女にしか出来ない事は、新たに全域の結界を張る事、

魔獣、魔族、土地の浄化です。綻びの強化であれば、

敵性もありますが、魔力の強い者ならば可能です。

セシリア、試してみなさい___」


教師に習い、わたしは歪む景色に向かい、手を伸ばす。

目を閉じ、精神を統一させる。

結界の綻びを埋める力、それは、自己の持つ魔力___


どうか、大切な人たちを守って下さい…


誰も苦しまないよう…


「セシリア!もういいですよ!」


教師の鋭い声に、わたしは我に返った。

浮遊感に襲われたかと思うと、背中を支えられた。


「姉さん、大丈夫ですか?」


カイルの心配そうな目が映り、わたしはややあって、「はい」と答えていた。


「見事ですよ、ご覧なさい、セシリア」


教師が指す方を見ると、景色の歪みは消え、

何かキラキラと小さな光が瞬いていた。


「少し力を使い過ぎた様ですね、

その辺りの事はこれから覚えていくといいでしょう。

カイル、運んであげなさい。

私は少しこの辺りの結界を調査してから戻ります___」


カイルはわたしを抱き上げると、教師の指示に従い、道を戻った。


「カイル!わたし、歩けますから…その、重いでしょう?」


不安にカイルの服を掴んだわたしを、

カイルは「ははは」と声を上げ笑った。


「姉さんが重かった事など、一度もありませんよ」


「そ、そんな事はありません!

わたしなどを抱いて歩けるカイルが…凄いのです」


「凄い、ですか?」


「はい、どんどん逞しくなって…姉は寂しいです」


「僕はうれしいですよ、ずっと、力が欲しいと思っていました…」


一瞬、物語のカイルが過り、ギクリとしたが、

直ぐ近くにあるその横顔は、清々しく、微笑を湛えている。

眩しい程に…


ここに居る彼は、物語のカイルでは無い。

それは、わたしが一番知っている筈なのに…

わたしはなんて馬鹿なのだろう…


わたしは少しでも疑ってしまった事を恥じたのだった。



◇◇



各班が討伐を終え、その数日後、班の再編成が行われた。

討伐隊から外された者も数名いた。

その中には、チャーリーとビリーの名もあった。

ビリーに至っては、療養が必要との診断で、学園を休学している。


わたしは戦闘には加わらず、主には教師に同行し

『結界の調査と強化』を行う。

『結界の強化』が出来る者は希少なので、強く要望された。

どういう話合いがなされたのか、

カイルはわたしの護衛に着く事になった。


「カイルの能力で、わたしの護衛というのは、勿体ないと思うのですが…」


宝の持ち腐れでしょうか。


「結界の歪みが無ければ、魔獣や魔族の侵入も無いと考えるなら、

結界の強化を最重要に考えるべきでしょう。

その最重要箇所で僕の能力が発揮出来るなら、

勿体ないという事はありませんよ、姉上」


カイルが飄々と言い、二コリと笑うので、思わず納得してしまいました。

尤も、ユーリーは半分呆れていたが。


「カイルには教師たちも敵うまいな、

まぁ、おまえは何処に居ても良い働きをするだろうからな、

見逃してやれ、セシリア嬢」


いえ、そんな、見逃すという事では無くてですね…

わたし自身は大変うれしいのですし…


皆の手前、心の中で呟いておいた。


「だが、セシリア嬢にはいつも驚かされるな、

いつの間にその様な訓練をしていたのだ?

結界の強化など、中々出来るものでは無いぞ?」


「訓練はその、これから受けるといいますか…

一度、出来ただけなのです…」


あの一回がまぐれでしたら、わたしはどうしたらいいのでしょうか…


「一度でも出来たのなら十分素質はある、安心しろ。

正直な所、『結界の強化』が出来るのは有難い。

最近、あの聖女が、小規模の綻びはこちらで何とかしろと言い出した。

聖女でしか塞げないもので無ければ、力の無駄遣いだと言ってな。

王はそれを許してしまった…

その様な分けで、益々人員不足になっているのだ」


「全く、頭が痛い」とユーリーは嘆息した。


パトリシアの言い分には、一様に皆、唖然としてしまった。


「あいつは本当に聖女なのか?」と、エリザベスが思わず言った。

皆が答えようとしない中、わたしは言う。


「聖女です…」


彼女が、パトリシアが『聖女』なのだ。

新しい結界を張れるのは、浄化出来るのは、彼女だけだ。


聖女の力は彼女にしか分からない、だから、彼女が言うなら、

それが正しいのかもしれない…

今は『力』を溜めているのかもしれない、新しい結界を張る為に…。


そう、信じたかった。



◇◇



その日、わたしは運悪く、人気の無い廊下でチャーリーに会い、

絡まれてしまった。

チャーリーは討伐隊から外された。

討伐に行った者は、一様に混乱や恐怖を知っている為、

外された者を悪く言う事は無いだろう。

だが、現場を知らない生徒たちは面白おかしく噂をするのだった。

大変不名誉な事だ、魔法師団には入れない、

まともな職には就け無いだろうと。

事実では無いが、当人たちにとっては大問題だった。


「おまえがあの時、防御魔法を使っていたら、ビリーも襲われ無かった!」

「おまえがビリーを狂わせたんだろ!」

「なのに、なんで、おまえは除名されないんだ?ああ?おかしいだろ!」

「俺は何も悪くない!急に襲われれば、何も出来無くて当然だろ!」

「なのに、なんで、俺が除名されんだよ!!」

「ふざけんな!全部おまえの所為じゃないか!!」

「おまえが手柄を独り占めしたくて、仕組んだんだ!」

「じゃなきゃ、あんな都合良く魔獣が倒せるものか!」

「女のおまえに!!」


そうだ…わたしが、洞窟の上に居る魔獣に気付いた時、

防御を張っていれば、ビリーは襲われていなかった。

今も魔法学園に通っていただろう…。

チャーリーもビリーも除名されなかったかもしれない…


「あの…わたし…すみませんでした…」


「俺に謝ったってしょうがねーだろうが!!教師に言えよ!

俺は何も悪くないって、手柄を欲しかったからやったって!

今直ぐ言って来いよ!!」


ガン!!と、廊下の壁を蹴られ、わたしが身を竦めた時だ、

ドドドドド…と音を上げ走って来たラナが、

わたしを庇うかの様に隣に立ち、わたしの腕を組んだ。


「あなた!何言っちゃってるんですか!?馬鹿ですか!?

大人しく聞いていれば、好き勝手抜かしやがってですねぇ、

そんなの、全ーーー部、自分の落ち度でしょーがよ!!

プライドが高くて認められないからって、そんなの、いちいち、

セシリア様の所為にしないで下さいよ!

今生きてる事だけでも、あなたはセシリア様に感謝するべき

でしょうがーーー!!このトンチキがぁ!!」


一気に捲し立てたラナの勢いに、チャーリーも飲まれていたらしく、

茫然としていたが、我に返り、顔を真っ赤にし、目を吊り上げた。


「この…女がぁ!!俺に向かってそんな口利くんじゃねーー!!」


チャーリーがラナに掴み掛ろうとし、わたしは咄嗟にラナを抱きしめ庇った。

だが、思っていた暴力は来なかった。


「止めないか!女性に暴力とはどういう事だ!」


凛としたユーリーの声に、わたしはそろそろとラナから体を起こした。

声の方を見ると、ユーリーがチャーリーの手首を掴み、放った所だった。


「件の事で言いたい事があるなら、直接教師に言ったらどうだ、

それとも、我が魔法学園の教師が挙って忖度しているとでも

疑っているのか?」


チャーリーは悔しそうな顔をしていたが、相手が相手で、何も言い返せず、

踵を返し、その場から逃げるように走り去った。

わたしは「ほっ」と息を吐き、ラナから離れた。


「二人共、大事無かったか?」


ユーリーが剣呑な色を消し、わたしたちを振り返った。


「はい、ありがとうございます、ユーリー様、助かりました」

「たまには役に立つじゃないですかぁ!見直しましたよ☆」

「素直にありがとうと言えぬのか」


ユーリーは言葉とは裏腹に、顔には笑みがあった。

だが、それを一瞬で消し、厳しい顔になった。


「だが、言い過ぎだぞ、ラナ、相手を無暗に怒らせるな、

僕が居なかったらどうなっていたと思うんだ」


「ええ~、だって、あいつ酷いんですよぉ!?

セシリア様の事、好き勝手責めやがってですね!

優しい優しいセシリア様が、あーーーんな男の言いなりにされちゃ、

可哀想じゃないですかぁ!!ふざけてんですかぁ??

僕が居なかったらーとか言うんでしたら、もっと早く来て下さいよぉ!

王子失格になっちゃいますよーだ!」


ユーリーはわたしを横目に見て、嘆息した。


「僕はこいつに、どう言えばいい?教えてくれ、セシリア嬢」


「あ、あの…わたしが至らない所為で…

お二人にご迷惑をお掛けしてしまい、申し訳ありません…」


わたしが頭を下げると、ユーリーとラナは慌て出した。


「気にするな、当然の事だ!寧ろ、遅くなってすまなかったな…」


「あたしだってですねぇ、大好きなセシリア様の為ならば!

いつでも駆け付けますからね☆

それにそれにですねぇ、あたしを庇ったセシリア様…惚れますよぉ!」


ラナがわたしに飛びついてきた。

チワワの様に可愛らしいラナに飛びつかれて、わたしはうれしいですが、

ああ…なんだか、ユーリー様の目が…怖いです…



「言い返せなかったのは、わたしも、思う処があったからなんです…」


ラナと別れ、わたしは先に行ったユーリーを追い掛け、それを話した。


「岩場の上に魔獣を見付けた時、わたしが防御を張っていたら、

ビリーは襲われ無かったですし、二人共除名される事は無かったと…

咄嗟に怯んでしまったのは、わたしも一緒なのです。

だから、チャーリー様が、何故わたしだけ除名されなかったのかと

思うのは当然なのです…」


ユーリーは思案するように頷いた。


「判断ミスか、致し方あるまい、我々は人間なのだから。

だが、その後、セシリア嬢は挽回したではないか、魔獣を倒し、

治癒魔法でビリーを救った。それが評価されたのだろう。

そもそも除名になったからといって、次が無い分けでは無い、

幾らでも挽回の機会はある、鍛え直し、評価を覆せはいい。

悪いのは、そこで諦めて投げ出してしまう事だ、

その様な者は、それこそ官職にも魔術師団にも要らない___」


ユーリーの言葉に霧が晴れた。


「少しは気が楽になったか?」

「はい!ありがとうございます、ユーリー様」

「王子失格になっては困るからな!」


ユーリーが声を上げて笑う。

ユーリーがこんな風に笑うのは、やはり、ラナの存在が大きい。


「ユーリー様は、ラナの事を…」

「それは言わないでくれ…」


はい…


「王子とは、案外つまらぬものだな…」


ユーリーが呟き、皮肉に笑った。



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