(2)
「セシリア嬢、少しいいか?」
放課後、ユーリーに声を掛けられ、
わたしはユーリーに付いて空き教室に入った。
護衛のサイラスも一緒だが、わたしたちから遠く距離を置いていた。
何事でしょうか…?
少し不安に思いながら、ユーリーの言葉を待った。
「呼び出してすまなかったな、カイルには許可を得た。
あいつは真綿で首を絞めてくるタイプだからな、セシリア嬢も苦労するな」
真綿…
時々見せる、あの、内心は怒っているのに、
笑顔を見せている時の事でしょうか?
確かに、いっそ怒って欲しいと思ってしまいますね…
「それでだ…」と、ユーリーは暫し言い淀んだ後、それを口にした。
「神託の事なんだが…」
「はい」
「僕は聖女と婚約する事になっていたか?」
意外な事を聞かれ、わたしは小さく息を飲むも、それを答えた。
「はい、でも、それはお二人が望んだからです、
今のユーリー様とパトリシア様はその様な関係ではありませんよね?」
「ああ…だが、パトリシアが僕との結婚を望んでいる」
ユーリーが苦々しく眉を顰めた。
「それは…本当なのですか?」
「残念ながら、本当だ、そして、王もそれを望んでいる」
「!?」
わたしは何も言えなかった。
ユーリーもわたしの言葉を必要としている分けでは無いだろう。
「パトリシア様は、ユーリー様と婚約をしたら、
力が手に入ると思われているのでしょうか…」
わたしに考えられるのは、それ位だった。
だが、ユーリーは頭を振った。
「いや、彼女が言うには、僕を苦しませたいそうだ」
え?
「今まで、彼女の邪魔をしてきた事が気に入らないらしい、罰だと。
僕を跪かせ、一生傅かせてやると言っていた」
「そんな!」
わたしは思わず声を上げていた。
「その様な結婚に意味はありません!」
「ああ、僕も同感だ、だから出来る限りは抵抗してやるつもりだ」
ユーリーはニヤリと笑ったが、
そう上手くいかない事は、お互いに分かっていた。
もどかしいが、自分はどうする事も出来無い。
相手は聖女で、わたしは悪役令嬢だ。
「すまなかったな、セシリア嬢に話を聞いて貰ったら、少し気が晴れた」
「いえ、あの…今、聖女の力は、どの程度のものなのでしょうか?」
結界を張れるのだろか…
「徐々に力は強くなってきていると聞いている。
近い内に、結界の強化を行って貰う事になるだろう」
「そう、ですか…」
「おまえの神託が当たらなければいいがな」
ユーリーが苦笑する。
【聖女の純真な愛が浄化する】
もしも、聖女に『純真な愛』が持て無かったら…
一体、この世界はどうなってしまうのでしょう?
とてもユーリーには言えなかった。
◆パトリシア◆
オーリアナ国の結界は、各地で綻びを見せ始めていた。
各地から、魔獣や魔物が出現し町を襲うという事例も聞こえてきていて、
魔術師団や私設討伐隊等だけでは、人手不足になりつつあった。
そこに登場したのが、『聖女』だ。
聖女の力はまだ若く、魔物や魔獣を浄化する事は叶わなかったが、
結界の綻びを治す事が出来た。
魔物や魔獣の討伐は魔術師団に任せ、結界のみを強化していく。
パトリシア自身、結界を強化する度に、
力が強くなっていくのを感じていた。
最強の聖女に近付いているという分けね?
もう直ぐ、私はこの世界で一番優れた聖女になるのよ!!
そうなれば、この世界は私の思うがまま!!
その為にも、もっと結界を治さなきゃ…
「もっともっともっともっと壊れなさいよ!!」
そういえば、あの王子と結婚したら、力は強くなるかしら?
あんな男、今の私には、どうだっていい存在だけど…
物語では、王子と婚約してから、更に力が増したわよね?
試してみてもいいわね…使えなければ、捨ててしまえばいいんだし?
ああ、それに、婚約式の直前のパーティで、あの女が破滅を迎えたんだ!
全員が見てる中で罪を暴かれて!皆から暴言を吐かれて!詰られて!
あの女がみっともなく連行されて行く姿を見られる!
「…うふふ、あはははは!!」
ああ、なんて愉快なの!何故忘れていたのかしら?
ああ、早く時が来ればいいのに___
◆◆◆
◇◇◇
パトリシアは、今までも学園に来ない日は多かったが、
今年度に入ってからは、全く顔を見せていなかった。
だが、王宮で聖女の訓練をしているという分けでは無く、
結界の綻びを強化したり…その方で忙しくしているらしい。
「パトリシアは『学園に来たい』という風にはとても見えないのだが、
何故、魔法学園の生徒でいる事に拘るのか…」
ユーリーは不思議がっていた。
パトリシアが学園の生徒でいるのは、多分…
聖女毒殺未遂事件の会場となるからだろう___
勿論、そんな事は言えないので、わたしは話を反らした。
「でも、パトリシアは結界を治せるのですね!
それに、危険な区域へ自ら出向き、熱心に働かれているなんて…
尊敬します!」
話を聞いて、パトリシアに抱いていた印象が変った。
やはり、『聖女』となるべき人だったのだと。
だが、ユーリーは視線を遠くにやった。
「そうか…僕には、何か別の…前兆のように思えるのだが…
あの女の顔は、時々禍々しいものに見える…」
◇
結界の件で魔術師団や討伐隊が出払い、それに伴い、
近隣地域から、魔法学園に魔獣討伐の要請が来た。
学生といえど、卒業後は魔術師団に入団する者も多く、
実地訓練も兼ね、能力に応じて参加が許される事になった。
危険も伴うが、働き次第では、
魔術師団入団試験時の加点となるという利点もあり、
最上級生の間では、多くの参加希望の声が上がっていた。
ユーリーは勿論、護衛であるサイラス、エリザベスも参加を決めている。
そして、カイルも…
「カイルも、討伐隊に参加されるのですか?」
「はい、こういう時勢ですからね、出来る限りは協力したいと…
ああ、大丈夫ですよ、無理はしません」
カイルは笑顔で請け負う。
カイルはいつも冷静だし、低コスパな人だ。
魔獣や魔物を見ても、怯えてパニックを起こしたりはしないだろう。
だけど…絶対に大丈夫!という保証は何処にも無いのだ。
それが怖い。
きっと、心配して精神が参ってしまいます…
「ならば、わたしも参加致します!」
決死の思いで言ったわたしを、カイルは二コリと笑みを浮かべ…
「駄目です」
切り捨てた。
「ど、ど、どうしてですか!?わたしも皆様のお役に立ちたいのです!
わたしなんて…とも思いますが、何かしら出来る事があると思うのです…
だから、お願いです!わたしも参加を…」
「駄目です」
取りつく島も無いではないですか…
恨めしく見つめていると、カイルが「はぁっ」と息を吐いた。
「別に、姉上の能力を疑っている分けではありません。
ですが、討伐隊ともなると、自由に動く事は出来ないでしょう?
僕の目の届かない処に行って欲しく無いんです。
心配で僕の方に支障が出ます、
姉上は僕に死んで欲しくは無いでしょう?」
「あ、当たり前です!!カイルを失ったら、わたしは生きていけません!!」
思わず力が入ってしまったわたしを、カイルは目を丸くして見た。
ああ、大袈裟だったでしょうか??でも、でも、本当の事です!!
わたしは想いを訴えるようと、
カイルのその綺麗な青緑色の目をみつめ返した。
カイルは小さく笑みを零すと、「それなら、絶対に死ねませんね…」と呟いた。
その後も、カイルに交わされつつも、わたしは一心に粘り強く説得を試みた。
そして、漸くカイルから許可を貰った。
「後方支援なら、という条件付きですよ」と。
わたしは治癒魔法が使えるので、
怪我人の手当てや体力回復…という事だ。
わたし自身、魔獣や魔族と闘うよりも、
その方が向いているかも…と、条件を飲んだ。




