魔法学園 三年生(1)
時が満ちる…
『オーリアナの聖女』の悪役令嬢セシリア・モーティマーは、
この年、聖女パトリシアの毒殺未遂事件を引き起こし、
幽閉となったのだ。
『わたし』は、どうなるのでしょう…
『わたし』の運命を握っているのは、『わたし』なのか?
それとも…
『彼女』?
◇◇
新しい年度を迎え、
魔法学園でも、あちこちで新入生の姿がみられるようになった。
「セシリア様!エリザベス様――!!」
元気な声に呼ばれ、振り返ると、満面の笑みを浮かべたラナが、
赤毛のおさげをぴょんぴょん跳ねさせながら駆けて来た。
「ラナ!?魔法学園に入学していたのですか!?」
「はい!驚かせようと思って、皆さんには内緒にしていました☆」
ラナは愛らしくペロっと舌を出した。
そうだわ!と、わたしは気付いた。ラナを誰かに似ていると思っていたが、
前世の勤め先、ペットショップにいた、チワワだ。
元気いっぱいで、見ているだけで和やかな気持ちになり、
撫でたくなる子だった…
「ラナ、入学おめでとうございます!」
「入学おめでとう」
わたしとエリザベスはラナにお祝いを述べた。
「ありがとうございます!」
「でも、良く分かりましたね、『散歩道』ではわたしたち変装していたのに…」
「ふふふ!セシリア様も、エリザベス様も、カイル様も、サイラス様も、
魔法学園では超ー有名じゃないですか!直ぐに分かりますよー!
探すのなんて楽ちんでした☆」
有名でしょうか?と、エリザベスを見たが、彼女はしっかり頷いていた。
ラナはマイペースに続ける…
「でも、ユリウス様だけ全然有名じゃないんですよー、
あの人、一番偉そうにしてたのに!笑っちゃいますよ☆」
きゃははは☆と本当に笑ったラナに、
わたしとエリザベスは顔を見合わせた。
ラナにユリウスの正体を教えるべきでは…と示し合わせていると、
「誰が一番偉そうだったんだ?」
ラナの背後、不機嫌オーラを隠しもせず、
ユーリーが腕組みをして立っていた。
ラナは振り返り…
「ぎゃーー!!ユリウス様!なんて格好してんですかー!
金髪に金色の目なんて、眩しいので止めて下さい!」
「失礼な事を言うな!これが本当の僕だ!
ユーリー・オーリアナ、この国の第二王子だぞ!」
ユーリーは威厳を放って言ったが、当のラナは半目だ。
「いやいや、冗談止めて下さいよー、
王子なんてその辺歩いてる筈無いじゃないですかぁ」
「冗談では無い!おい!誰か教えてやれ!この馬鹿娘に!」
「王子は『馬鹿娘』なんて言わないですよー、ますます怪しいですね」
「口の減らんヤツだな」と言ったユーリーは、とうとう声を上げて笑った。
ラナもそれを見てニコニコしているので、分かって言っていたのだろう。
「相変わらず、お二人は微笑ましいですね」
わたしが言うと、ユーリーは「何を、馬鹿な事を…」とぶつぶつ呟き、
ラナは「止めて下さいよー、男子が寄り着かなくなっちゃいますから!」と
唇を尖らせて見せた。
「しかし、良かったな、入学出来て、
自信の無い様な事を言っていただろう?」
「ふふふ、それがですねー、なんと、あたし、Aクラスなんですよー!」
「ええ!?それは凄いですね!」
「ほう、やるな、小娘」
わたしとエリザベスに褒められ、ラナは照れつつも喜んでいた。
「そうか、しっかり励めよ」
ユーリーは、ぽんとラナの頭を叩き、去って行った。
ラナは頭に手をやり、ユーリーの後姿を見つめる…。
わたしとエリザベスは顔を見合わせ、小声で囁きあった。
「ユーリーが女の頭に触ったぞ!」
「あれは、さり気ない愛情表現ですよね?」
「分からんが、何故かぞわぞわっとした…」
「ラナも視線が熱っぽいというか…」
「セシリア様もエリザベス様も、変な事言わないで下さいよ!」
ラナが怒った様な声を上げた。
「あたし、分かってますよ!ユーリー様は好きになっちゃ駄目な人だって。
『散歩道』で会ってた時は、凄くいい人だなーって思ってたんです。
言う事も面白いし、抜けてて楽しいし、小煩い所もいいなーって。
でも、追い掛けて来てみたら、王子なんですよ?ガッカリしちゃいました。
そんなの、先に言って欲しかったですよ…馬鹿なんですから…」
ラナが目を潤ませ、上目使いでユーリーの行った方を睨み見ていた。
唇をキュっと結んで…
わたしはラナの背をそっと擦った。
エリザベスも反対側から、わたしに合わせ、ラナの背中を擦った。
◇◇
ラナの入学を知ったわたしは、入学祝を用意する事にした。
ユーリーの事で余計な事を言ってしまった、お詫びの気持ちもあった。
以前に寮で使って欲しいとカイルにあげ、好評だった、
アロマワックスサシェを作る事にした。
カイルには落ち着いた渋めのものを作ったが…
ラナには女の子らしく、可愛いものがいいですよね?
ラナをイメージし、明るいオレンジ、黄色系のドライフラワーを選ぶ。
アロマにはローズマリー、カモミールがいいかしら?
誰かの事を考えて物作りをする時間は楽しく、幸せを感じられた。
週末、エリザベスと共に、学園に隣接する学生寮のラナの部屋を訪ねた。
ラナの部屋は二人部屋で、もう一人は同じ平民のタミー・アボット。
二人は直ぐに仲良くなった事、寮生活が快適な事を勢い良く語った。
「お祝いに、わたしが作ったものですが…」
わたしは持って来た、二つのアロマワックスサシェを手渡した。
「うわぁ!可愛いですね!なんですかこれわ!??」と、
ラナが目を丸くする。
「アロマワックスサシェです、部屋に飾って匂いを楽しむもので、
リラックス効果や疲れを癒す効果があります…良かったら使って下さい」
「えええ!そんなの、使うに決まってるじゃないですかー!
可愛いし、いい匂いだし♪流石セシリア様ですね!大好きです!」
「ありがとうございます」
手放しの賛美に照れてしまい、わたしは肩を竦めた。
タミーも興味津々に、顔を覗かせ見ていた。
「ラナ、あたしにも見せてよ~、わぁ!可愛い~!それに、本当いい匂い♪」
「はぁ~~癒されるよね~も~最高ですよ♪」
「ラナ、何処に飾る?」
「やっぱり、入り口とベッドでしょ♪」
「早く飾ろうよ~♪ねぇ、皆に自慢しちゃおう!」
「ふふふ、今夜はパジャマパーティね☆」
エリザベスは有名店の焼き菓子の詰め合わせを持ってきていて、
それを見た二人は更に飛び上がって喜んだ。
「きゃーー!!これ、一度食べてみたかったんですよぉ!」
「最高です!お姉様方!!ありがとうございます!」
「いや、母上に持たされたので、私は知らんが…良かったな」
二人は紅茶を用意してくれた。
「セシリア様はカイル様の義姉なんですか!?羨ましい~」
「カイル様も一年生の間で超ー有名なんですよ!」
「格好良いし!美形だし!大人で落ち着いてて、品もあって!」
「カイル様を見てたら、クラスの男子なんて、
お子様に見えちゃいますからね!」
カイルを褒められて、わたしはうれしかった。
同意しかなく、「うん、うん」と頷くわたしに、
何故か、ラナとタミーが顔を見合わせ、頷き合った。
そして、わたしを見て、にんまりと笑う。
「カイル様は、超ーーーシスコンだって、有名なんですよ♪」
「そ、そうでしたか…」
面と向かって言われると気恥ずかしい。
だけど、やはり、うれしかった。
「あの、わたしも…実は、かなりのブラコンなのです…」
「「はい、よーーーく、分かってます!」」
二人の声が揃った。
ああ、幸せ過ぎます…
ふわふわと幸せな気持ちに浸っていたが、
次の二人の言葉で、わたしは固まった。
「そういえば、カイル様って、凄く良い匂いがするって噂なんですけど」
匂い?
「カイル様の側を通ると、いい匂いがして…それで、」
「カイル様に会うと、その日はラッキーな事があるってジンクスになってて!」
「不思議な匂いがするそうですけど…」
「香水とか使ってらっしゃるんですかね?」
知りませんでした…
いつも傍に居たのに…
わたしはかなりのダメージを受けたが、
楽しい雰囲気を壊してはいけないと、
その場は流し、頑張って笑顔を作ったのだった。
屋敷に帰り、わたしはカイルの部屋へ向かった。
「わたしですが、カイル、今いいですか?」
ドアをノックすると、カイルがドアを開けてくれた。
「姉さん、おかえりなさい、楽しかったですか?」
カイルがいつも通り、スマートな笑みを見せる。
今日は何故か、少しだけ苛立ちを覚えてしまった事もあり…
わたしはカイルの腰に手を回し、ギュッと抱きついた。
「姉さん?何かあったんですか?」
わたしは「いえ」と答えつつ、カイルの胸に顔を埋める…
くんくんと鼻を動かすと、確かに良い匂いはしたが、
そこまで香る程では無い様に思えた。
「あの、こういう事をされると、流石に僕も少し困るのですが…」
カイルがわたしの肩を掴み、体から離した。
「迷惑でしたか…」
「迷惑というか、困惑します、理由をお聞かせ下さい」
教師の様に冷静に諭され、わたしは息を吐いた。
「一年生の中で、囁かれているらしいのです…」
「何を、ですか?」
「カイルから良い匂いがすると…」
「匂い、ですか?」
カイルはまだキョトンとしている。
やはり、少し憎らしいです…
「わたしは、その、気付かなかった自分が悔しいのです…」
「それは、独占欲ですか?」
カイルに指摘され、わたしは「はっ」と息を飲んだ。
独占欲!??
その言葉に、急に恥ずかしさが沸き上がり、わたしは両手で顔を隠した。
「あああ、お恥ずかしいです!義弟に独占欲を持ってしまうなんて!
わ、わ、わたしは姉失格です!!
申し訳ございません!どうか、忘れて下さい!!」
「姉さん、落ち着いて下さい、僕は寧ろうれしいんですから」
「そ、そうですか?嫌ではありませんか?
独占欲など、醜いものだと思いますが…」
「確かに相手にもよりますが、
相手にされないより、数千倍、うれしい事だと思いませんか?」
カイルが二コリと屈託なく笑う。
「た、確かに、そう…かもしれません…」
わたしはカイルに独占欲を持っても良いのでしょうか?
でも、わたしも、カイルに独占欲を持って貰えたら…
多分…、いえ、凄く…、うれしい気がします。
わたしは熱い頬を両手で挟んだ。
「それで、匂いの事ですが…多分、これじゃないかと」
カイルがポケットから取り出し、揺らして見せたものは…うさぎのマスコット。
これは以前、カイルにあげた、わたしが作った匂い袋___
思わず、「あっ!」と声を上げてしまった。
「ポプリの香でしたか!」
「そうだと思いますよ、他には使っていないので」
カイルはこれを『落ち着きます』と気に入ってくれ、使ってくれているのを、
わたしも知っている。わたしは頼まれては、アロマオイルを足してあげたり、
汚れを取ってあげたりしていた。
馴染みのある香だから、気付かなかったんですね…
勘違いをし、思わぬ独占欲を晒してしまい、ひとりで空回って…
「恥ずかしいです…」
肩を落とすわたしを、カイルは「ふふふ」と笑う。
「僕はうれしかったですよ」
その緑色の目の輝きは、やっぱり、悔しい程綺麗でした…
最終章になります、
最後までお付き合い頂けるとうれしいです。
ブクマ・評価ありがとうございます、励みになります☆




