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「お待たせしました…」


食堂に入ると、カイルはもう来ていて、コーヒーを飲んでいた。

わたしを見て二コリと笑う。


「大丈夫ですよ、姉さんは紅茶にしますか?」

「は…はい…それで構いません」


しずしずと向かいの席に向かうわたしに、カイルは「ぷっ」と吹き出した。


「いえ、すみません、気まずい思いをさせてしまいましたね」


楽しそうに言うから、全然『すみません』が伝わってきません。


「カイルの所為ではありませんし…

その、昨日はご迷惑をお掛けしてしまい…

わたしの方こそ、すみませんでした」


自分が尋問を受けていたというのに、途中から逃げてしまった。

カイルに全てを押し付けて…


「僕の事は気にしなくていいですよ、

あの教師に一言言ってやれたので良かったです」


一言…でしたか?かなりの事を言っていた様に思うのですが…


「あの…わたしの事、信じてくれて…ありがとうございます、カイル」


カイルにまで疑われていたら、きっと立ち直れない。

カイルは顎に指をやると、「んー…」と斜め上をみる。


「姉上の事を知っている方なら、信じる方が難しいですね」

「そ、そうですか!?」

「姉上がレジーナとドリーを従えている姿なんて、逆に面白いですよ」


何を想像したのか、カイルはおかしそうに笑う。

物語のセシリア・モーティマーはしっかり二人を従えておりましたよ?

まぁ、わたしには、無理ですけども…


「それにしても、カイルは何故、レジーナとドリーだと分かったのですか?」


教師も『生徒たち』、『彼女たち』と、生徒の名前は隠していた。

わたしは以前、彼女たちに連れて行かれた事があり、

それが浮かんだのだが。


「サイラスの忠告を聞いて、姉上はレジーナとドリーに話そうとしたでしょう?」

「な、何故それを!?」

「噂の事は、先にサイラスから聞いていたので」


あれを見られていたとは思わなかったし、

サイラスがまさか、わたしに忠告する前に、

カイルに話していたとは思ってもみなかった…


「それでは、カイルは…わたしがどうするのか観察していた…

という事でしょうか?」


「そう、言わないで下さい、姉上を心配しての事ですから」


カイルは全く悪びれずに、ニッコリと笑う。

わたしは頬を膨らませ、唇を少し尖らせた。


「カイルは…意地悪です…」


「ですが、姉さんは、僕には話さないでしょう?

自分で解決しようとするのは良い事だと思いますが、

裏目に出る時もあります。

それに言って貰えない僕は、少し寂しいんですよ?」


「すみません…」


結局、謝る事になるのです…

カイルの言う事は正しくて、それに、『寂しい』と言われると…弱いのです。

ああ、わたしは一生、義弟に勝てる気がしません。


「サイラスから噂を聞いて、僕の方でも思い出した事があったんです。

以前、姉上が薬物中毒について調べていた事、

そして、姉上が迷子になった区域…実は少し調べていたんです。

あの辺りには、ドリーの父親が裏でやっている店がありました。

表向きは『薬屋』ですが、違法薬物を取り扱っている店で、

上の階は売人や中毒者の溜まり場になっています。

それを考えれば、姉上を陥れようとする様な人物で、

尚且つ『薬』を手に入れられるのは、彼女たちだろうと。

それで、あの教師に鎌を掛けてみたら、当たりでした」


義弟の有能ぶりに脱帽してしまいます…

教師との会話の中で、そんな駆け引きをされていたなんて、

全く気付きませんでした。

多分、教師の方も気付いていないだろう、

教師はわたしの事で感情的になっていた。




食事を終え、リビングのソファに掛ける頃には、気持ちも落ち着いていた。

カイルはそれを見計らったかの様に、

「二、三日は、学園を休みましょう」と言った。


「いえ!そんな分けには…大事な授業が受けられませんし…」


これ以上カイルを巻き込み、迷惑になってはいけないと思い、

わたしは食い下がったが、カイルにも考えがある様だった。


「二、三日待ってみようと、彼女たちが解決するなら、

それで僕も許します。

でも、もし、彼女たちがこれ以上何か仕掛けてくる様でしたら、

その時は、姉上には申し訳ありませんが、僕の好きにさせて頂きます」


カイルは暗い青色の目で、薄く笑う。

わたしの思いを知って、それに沿えない事に苦しんでくれている…

カイルが苦しむ必要は無いのに…苦しむのはわたしだけでいい筈だ。


カイルの方が正しいのだから。


わたしは、レジーナとドリーが苦しんだり、泣いたりする姿が浮かんでしまい、

自分が悪い事をしてしまった様に感じ、突き放せないだけだ。

本当は、何の助けにもなっていないし、どうしたら良いのかも分からない。


「どうしてあげるのが一番良いのか、わたしには分からないのです…」


「それは、多分、誰にも分からないでしょう」


「わたしの所為で、壊れてしまうのが怖いんです…」


わたしはズルイ。

いつも、それを、カイルに背負わせてしまっている。


「姉上の所為ではありませんよ。

どういう結果になったとしても、自らが撒いた種です。

その上、彼女たちは愚かにも自分の足元に穴を掘った___」


カイルがわたしの手を、その大きな手で包んだ。


「それに、姉上にはそんな大それた力はありませんよ、僕が保証します」


カイルが悪戯っぽく笑う。

わたしの気を楽にしようと言ってくれているのだろう。

わたしは微笑みを作り、頷いた。


「そうだ、久しぶりに姉さんの焼いたケーキが食べたいですね」


カイルが言うので、わたしはケーキを焼く事にした。


料理や掃除、手作業…

何かをしていれば、少しは気が紛れる。

不安や悩みに飲み込まれなくて済む…


その事をカイルは良く知っていた。



◆レジーナ、ドリー◆



レジーナ・エイジャーとドリー・ハーパーは追い詰められていた。


どうしてこんな事になってしまったのだろうか…

こんな筈では無かったのに…私達のした事は、聖業だった筈!!


始まりは、聖女パトリシアだった。

彼女は自分たちだけを側に呼び、それを打ち明けたのだ。



『セシリア・モーティマーは上手く隠していますが、

本来の姿は聖女を妬む者なのです。

学園中に知らしめなければ、彼女に惑わされる者が多く出てくるでしょう。

そうなれば、大変な事になります___

彼女の本性を知らしめる何かが必要なのです、

良い方法は無いかしら?』


聖女パトリシアに聞かれたレジーナとドリーは、

「自分たちは特別に聖女様からお声掛けを頂いた、特別な存在だ」と信じ、

舞い上がった。なんとしても、聖女様の期待にお応えしなくては!

そこで、二人は考えた。

セシリア・モーティマーに悪評を付ける方法を。


二人は自分たちに身近である、『薬』を使う事を思い付いた。

セシリアが『薬』を使っていると知れば、生徒たちは皆、

彼女を軽蔑し批難するだろう。

それに、彼女は一度自分たちと一緒に店に来ているのだから、

言い逃れは出来ない。


レジーナとドリーは、セシリアが『薬を使っている』、

『売人との付き合いがある』、

『怪しい店に入る処を目撃した者がいる』…等々、噂を流した。

それは瞬く間に、学園中に流れ広がり、

その事にレジーナとドリーは満足感を味わった。


『自分たちは聖女様の使いでやっているのだ!』という、

大義名分もあった。


二人は調子に乗り、噂を広めていた。

面白い遊びをみつけた___と思っていた位だ。


だが、急に風向きが変った。


何故か、自分たちを信じてくれていた教師が、

自分たちに疑いの目を向け始めたのだ。

しつこく尋問され、辟易した。

泣き落としで誤魔化そうとしたが、それも上手くいかなかった。


「先生、どうして信じてくれないのです!?」

「私達が嘘を言う人間に見えまして!?」

「本当に、彼女に強制されたのです!」

「薬を買わなければ、『何かする』と脅してきて…」

「その『何か』が何かですって?そんなの、知りません!」

「彼女が言ったのですから!」

「幾ら払ったか?それって必要ですの?」

「買った薬はこれだけか?いえ!もっと沢山です!」

「それはもう、毎日の様にしつこくと!」

「その薬を全部出せと申しますの?ええ…勿論、使っていませんわ!」

「家にある筈?そ、そうですわね…勿論、ええ、明日、お持ち致します」


レジーナとドリーは仕方なく、放課後店に薬を調達しに向かった。

だが、そこを教師に尾行されていたらしく…店から出た二人を、

二人の教師が待ち伏せていた。


「「!?」」


レジーナとドリーは自分たちの失態に気付き、逃げようとしたが、

相手は教師だ、簡単に捕まってしまった。


教師に現場を押さえられ、レジーナとドリーは観念するしか無かった。

二人は学園に連行され、学園長室で学園長を交え、尋問を受けた。


「ええ、自演だったと認めますわ…」

「ですが、これは正しい行いなのです!」

「セシリア・モーティマーは聖女様の敵なのです!」

「だから、陥れなければならないのです!」

「彼女が悪であると、学園中に知らしめなければならないのです!」

「聖女様の為…いえ、この国の為にした事です!」


そんな事を滔々と訴える彼女たちを、教師が何と思ったのか…

彼女たちに薬物反応が無いかを調べるに至り、

そして、それは容易に現れたのだった。


直ちに彼女たちは身柄を確保され、親が呼び出された。

親は怒り狂っていたが、自己保身は忘れておらず、

娘が薬を買っていたという店は、自分が裏経営している店だ

という事は隠し通し、娘を只管に怒鳴りつけ、責めた。

勿論、調査が入り、後日直ぐに分かる事になるのだが。


レジーナとドリーは行政に連行された。

学園側は翌日には、彼女たちを退学処分とした。

表向きの退学理由は「病気療養」だった。


レジーナは屋敷に閉じ込められ、ドリーは修道院に入れられた。


「聖女様、何故です?」

「聖女様、私達をお救い下さい…」

「私達はあなたの為に…聖女様の為に…」


彼女たちのうわ言に耳を傾ける者は、誰もいなかった。


そして、幾ら待てども、

彼女たちに、聖女の救いの手は差しのべられなかった___



◆◆◆

◇◇◇



学園を休んだ二日目、教師が二人、モーティマー家を訪ねて来た。

カイルは、「先に僕が対応します」と言い、

わたしには部屋から出無いよう言い付けた。


幾らか時間が経ち、カイルがわたしの部屋へ来た。

そして、事の顛末を教えてくれた。

驚く事に、学園の教師たちの働きにより、彼女たちの偽証は暴かれ、

決着がついたという。

これは、カイルも予想していなかった事らしいが、

あの時のカイルの言葉が教師を動かしたのだと、わたしは思った。


「退学…ですか…」


そこまで話が進んでいるとは思わず、

わたしは一気に気が抜けてしまった。


「ええ、でも、薬から抜け出せるチャンスでもあります」

「そう、ですよね…」


しかし、レジーナは兎も角、ドリーは許して貰えるだろうか?

物語では、薬物中毒と分かり、修道院に入れられたのだ。

レジーナにしても、悪評が付くと結婚も難しくなる…

前世とは違い、その辺は大変厳しい世界だ。


でも、レジーナとドリーの退学は今の時期では無かった筈…

物語では、セシリアが起こした毒殺未遂事件と同時期だった。


「姉さんを尋問した教師が謝罪にみえられてますが、

お会いになりますか?」

カイルが聞いてくれ、わたしは「はい」と頷いた。



ソファに座ると、先日、わたしを尋問した教師がスッと立ち上がり、

わたしに頭を下げた。


「セシリア、先日は、噂を鵜呑みにし、彼女たちのみの言葉を信じ、

あなたを疑い、酷い仕打ちをしてしまいました。

全て、私の過ちです、申し訳ありませんでした___」


「そんな!わたしも良く無かったのですから…」

「学園に復帰して頂けますか?」

「は、はい!よろしくお願い致します」



再び、魔法学園へ___



二年生終了です、お読み下さり有難うございます。

ブクマ・評価して下さり有難うございます、励みになります。

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