(9)
「お待たせしました…」
食堂に入ると、カイルはもう来ていて、コーヒーを飲んでいた。
わたしを見て二コリと笑う。
「大丈夫ですよ、姉さんは紅茶にしますか?」
「は…はい…それで構いません」
しずしずと向かいの席に向かうわたしに、カイルは「ぷっ」と吹き出した。
「いえ、すみません、気まずい思いをさせてしまいましたね」
楽しそうに言うから、全然『すみません』が伝わってきません。
「カイルの所為ではありませんし…
その、昨日はご迷惑をお掛けしてしまい…
わたしの方こそ、すみませんでした」
自分が尋問を受けていたというのに、途中から逃げてしまった。
カイルに全てを押し付けて…
「僕の事は気にしなくていいですよ、
あの教師に一言言ってやれたので良かったです」
一言…でしたか?かなりの事を言っていた様に思うのですが…
「あの…わたしの事、信じてくれて…ありがとうございます、カイル」
カイルにまで疑われていたら、きっと立ち直れない。
カイルは顎に指をやると、「んー…」と斜め上をみる。
「姉上の事を知っている方なら、信じる方が難しいですね」
「そ、そうですか!?」
「姉上がレジーナとドリーを従えている姿なんて、逆に面白いですよ」
何を想像したのか、カイルはおかしそうに笑う。
物語のセシリア・モーティマーはしっかり二人を従えておりましたよ?
まぁ、わたしには、無理ですけども…
「それにしても、カイルは何故、レジーナとドリーだと分かったのですか?」
教師も『生徒たち』、『彼女たち』と、生徒の名前は隠していた。
わたしは以前、彼女たちに連れて行かれた事があり、
それが浮かんだのだが。
「サイラスの忠告を聞いて、姉上はレジーナとドリーに話そうとしたでしょう?」
「な、何故それを!?」
「噂の事は、先にサイラスから聞いていたので」
あれを見られていたとは思わなかったし、
サイラスがまさか、わたしに忠告する前に、
カイルに話していたとは思ってもみなかった…
「それでは、カイルは…わたしがどうするのか観察していた…
という事でしょうか?」
「そう、言わないで下さい、姉上を心配しての事ですから」
カイルは全く悪びれずに、ニッコリと笑う。
わたしは頬を膨らませ、唇を少し尖らせた。
「カイルは…意地悪です…」
「ですが、姉さんは、僕には話さないでしょう?
自分で解決しようとするのは良い事だと思いますが、
裏目に出る時もあります。
それに言って貰えない僕は、少し寂しいんですよ?」
「すみません…」
結局、謝る事になるのです…
カイルの言う事は正しくて、それに、『寂しい』と言われると…弱いのです。
ああ、わたしは一生、義弟に勝てる気がしません。
「サイラスから噂を聞いて、僕の方でも思い出した事があったんです。
以前、姉上が薬物中毒について調べていた事、
そして、姉上が迷子になった区域…実は少し調べていたんです。
あの辺りには、ドリーの父親が裏でやっている店がありました。
表向きは『薬屋』ですが、違法薬物を取り扱っている店で、
上の階は売人や中毒者の溜まり場になっています。
それを考えれば、姉上を陥れようとする様な人物で、
尚且つ『薬』を手に入れられるのは、彼女たちだろうと。
それで、あの教師に鎌を掛けてみたら、当たりでした」
義弟の有能ぶりに脱帽してしまいます…
教師との会話の中で、そんな駆け引きをされていたなんて、
全く気付きませんでした。
多分、教師の方も気付いていないだろう、
教師はわたしの事で感情的になっていた。
食事を終え、リビングのソファに掛ける頃には、気持ちも落ち着いていた。
カイルはそれを見計らったかの様に、
「二、三日は、学園を休みましょう」と言った。
「いえ!そんな分けには…大事な授業が受けられませんし…」
これ以上カイルを巻き込み、迷惑になってはいけないと思い、
わたしは食い下がったが、カイルにも考えがある様だった。
「二、三日待ってみようと、彼女たちが解決するなら、
それで僕も許します。
でも、もし、彼女たちがこれ以上何か仕掛けてくる様でしたら、
その時は、姉上には申し訳ありませんが、僕の好きにさせて頂きます」
カイルは暗い青色の目で、薄く笑う。
わたしの思いを知って、それに沿えない事に苦しんでくれている…
カイルが苦しむ必要は無いのに…苦しむのはわたしだけでいい筈だ。
カイルの方が正しいのだから。
わたしは、レジーナとドリーが苦しんだり、泣いたりする姿が浮かんでしまい、
自分が悪い事をしてしまった様に感じ、突き放せないだけだ。
本当は、何の助けにもなっていないし、どうしたら良いのかも分からない。
「どうしてあげるのが一番良いのか、わたしには分からないのです…」
「それは、多分、誰にも分からないでしょう」
「わたしの所為で、壊れてしまうのが怖いんです…」
わたしはズルイ。
いつも、それを、カイルに背負わせてしまっている。
「姉上の所為ではありませんよ。
どういう結果になったとしても、自らが撒いた種です。
その上、彼女たちは愚かにも自分の足元に穴を掘った___」
カイルがわたしの手を、その大きな手で包んだ。
「それに、姉上にはそんな大それた力はありませんよ、僕が保証します」
カイルが悪戯っぽく笑う。
わたしの気を楽にしようと言ってくれているのだろう。
わたしは微笑みを作り、頷いた。
「そうだ、久しぶりに姉さんの焼いたケーキが食べたいですね」
カイルが言うので、わたしはケーキを焼く事にした。
料理や掃除、手作業…
何かをしていれば、少しは気が紛れる。
不安や悩みに飲み込まれなくて済む…
その事をカイルは良く知っていた。
◆レジーナ、ドリー◆
レジーナ・エイジャーとドリー・ハーパーは追い詰められていた。
どうしてこんな事になってしまったのだろうか…
こんな筈では無かったのに…私達のした事は、聖業だった筈!!
始まりは、聖女パトリシアだった。
彼女は自分たちだけを側に呼び、それを打ち明けたのだ。
◆
『セシリア・モーティマーは上手く隠していますが、
本来の姿は聖女を妬む者なのです。
学園中に知らしめなければ、彼女に惑わされる者が多く出てくるでしょう。
そうなれば、大変な事になります___
彼女の本性を知らしめる何かが必要なのです、
良い方法は無いかしら?』
聖女パトリシアに聞かれたレジーナとドリーは、
「自分たちは特別に聖女様からお声掛けを頂いた、特別な存在だ」と信じ、
舞い上がった。なんとしても、聖女様の期待にお応えしなくては!
そこで、二人は考えた。
セシリア・モーティマーに悪評を付ける方法を。
二人は自分たちに身近である、『薬』を使う事を思い付いた。
セシリアが『薬』を使っていると知れば、生徒たちは皆、
彼女を軽蔑し批難するだろう。
それに、彼女は一度自分たちと一緒に店に来ているのだから、
言い逃れは出来ない。
レジーナとドリーは、セシリアが『薬を使っている』、
『売人との付き合いがある』、
『怪しい店に入る処を目撃した者がいる』…等々、噂を流した。
それは瞬く間に、学園中に流れ広がり、
その事にレジーナとドリーは満足感を味わった。
『自分たちは聖女様の使いでやっているのだ!』という、
大義名分もあった。
二人は調子に乗り、噂を広めていた。
面白い遊びをみつけた___と思っていた位だ。
だが、急に風向きが変った。
何故か、自分たちを信じてくれていた教師が、
自分たちに疑いの目を向け始めたのだ。
しつこく尋問され、辟易した。
泣き落としで誤魔化そうとしたが、それも上手くいかなかった。
「先生、どうして信じてくれないのです!?」
「私達が嘘を言う人間に見えまして!?」
「本当に、彼女に強制されたのです!」
「薬を買わなければ、『何かする』と脅してきて…」
「その『何か』が何かですって?そんなの、知りません!」
「彼女が言ったのですから!」
「幾ら払ったか?それって必要ですの?」
「買った薬はこれだけか?いえ!もっと沢山です!」
「それはもう、毎日の様にしつこくと!」
「その薬を全部出せと申しますの?ええ…勿論、使っていませんわ!」
「家にある筈?そ、そうですわね…勿論、ええ、明日、お持ち致します」
レジーナとドリーは仕方なく、放課後店に薬を調達しに向かった。
だが、そこを教師に尾行されていたらしく…店から出た二人を、
二人の教師が待ち伏せていた。
「「!?」」
レジーナとドリーは自分たちの失態に気付き、逃げようとしたが、
相手は教師だ、簡単に捕まってしまった。
教師に現場を押さえられ、レジーナとドリーは観念するしか無かった。
二人は学園に連行され、学園長室で学園長を交え、尋問を受けた。
「ええ、自演だったと認めますわ…」
「ですが、これは正しい行いなのです!」
「セシリア・モーティマーは聖女様の敵なのです!」
「だから、陥れなければならないのです!」
「彼女が悪であると、学園中に知らしめなければならないのです!」
「聖女様の為…いえ、この国の為にした事です!」
そんな事を滔々と訴える彼女たちを、教師が何と思ったのか…
彼女たちに薬物反応が無いかを調べるに至り、
そして、それは容易に現れたのだった。
直ちに彼女たちは身柄を確保され、親が呼び出された。
親は怒り狂っていたが、自己保身は忘れておらず、
娘が薬を買っていたという店は、自分が裏経営している店だ
という事は隠し通し、娘を只管に怒鳴りつけ、責めた。
勿論、調査が入り、後日直ぐに分かる事になるのだが。
レジーナとドリーは行政に連行された。
学園側は翌日には、彼女たちを退学処分とした。
表向きの退学理由は「病気療養」だった。
レジーナは屋敷に閉じ込められ、ドリーは修道院に入れられた。
「聖女様、何故です?」
「聖女様、私達をお救い下さい…」
「私達はあなたの為に…聖女様の為に…」
彼女たちのうわ言に耳を傾ける者は、誰もいなかった。
そして、幾ら待てども、
彼女たちに、聖女の救いの手は差しのべられなかった___
◆◆◆
◇◇◇
学園を休んだ二日目、教師が二人、モーティマー家を訪ねて来た。
カイルは、「先に僕が対応します」と言い、
わたしには部屋から出無いよう言い付けた。
幾らか時間が経ち、カイルがわたしの部屋へ来た。
そして、事の顛末を教えてくれた。
驚く事に、学園の教師たちの働きにより、彼女たちの偽証は暴かれ、
決着がついたという。
これは、カイルも予想していなかった事らしいが、
あの時のカイルの言葉が教師を動かしたのだと、わたしは思った。
「退学…ですか…」
そこまで話が進んでいるとは思わず、
わたしは一気に気が抜けてしまった。
「ええ、でも、薬から抜け出せるチャンスでもあります」
「そう、ですよね…」
しかし、レジーナは兎も角、ドリーは許して貰えるだろうか?
物語では、薬物中毒と分かり、修道院に入れられたのだ。
レジーナにしても、悪評が付くと結婚も難しくなる…
前世とは違い、その辺は大変厳しい世界だ。
でも、レジーナとドリーの退学は今の時期では無かった筈…
物語では、セシリアが起こした毒殺未遂事件と同時期だった。
「姉さんを尋問した教師が謝罪にみえられてますが、
お会いになりますか?」
カイルが聞いてくれ、わたしは「はい」と頷いた。
ソファに座ると、先日、わたしを尋問した教師がスッと立ち上がり、
わたしに頭を下げた。
「セシリア、先日は、噂を鵜呑みにし、彼女たちのみの言葉を信じ、
あなたを疑い、酷い仕打ちをしてしまいました。
全て、私の過ちです、申し訳ありませんでした___」
「そんな!わたしも良く無かったのですから…」
「学園に復帰して頂けますか?」
「は、はい!よろしくお願い致します」
再び、魔法学園へ___
二年生終了です、お読み下さり有難うございます。
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