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◆パトリシア◆



魔術闘技大会で、セシリア・モーティマーは注目を浴びた。

セシリアが1勝した後、他選手は棄権をし、

彼女が決勝トーナメントに進んだ。

決勝トーナメントでの1戦目、2戦目、

パトリシアにはつまらなく見えた。

それなのに、観客席の生徒たちはセシリアに声援を送っていた。


「まぁ、水を被ってしまわれて!」

「私悪いとは思いつつも、笑ってしまいましたわ」

「こんなに楽しい大会は初めて見ますわね」

「魔法戦は力技ばかりかと思っていました」

「素晴らしい機転ですわ!」

「今のは風魔法で足を掬っていたのですね、私にも出来るかしら」


つまらない、つまらない、つまらない!!

あの程度の魔法でちやほやされるなんて、苛々するわ!!

皆馬鹿ばっか!!


彼女はこんなに注目されてはいけないのよ…

だって、彼女は『悪役令嬢』なんだから…

私の引き立て役じゃなきゃいけないのよ!!


それを、勝手にこんな事をして、自分が目立とうとして!!


まただ…

また、あの女に盗まれる…


前世では、私の男を…

そして、今世では、私からヒロインの座を盗もうとしてる…


そんなの、許せない!!許せない!!許せない!!


ヒロインは私よ!!

この世界のものは、全部全部、私のものなのよ!!


直ぐにでも破滅させてやりたいのに!!

彼女が破滅を迎えるまでは、まだ、一年も先だ。

自分の力も地位も、まだまだ望むものには届いていない…


「でも、少し位ならいいわよね?」


彼女を失墜させるのよ…

思い出させてやらなきゃ、自分が『悪役令嬢』だってことを___



◆◆◆

◇◇◇



「最近、学園内で変な噂を耳にしました…」


朝、登校し、席に座ったわたしに、

隣の席のサイラスがそれを教えてくれた。


『セシリア・モーティマーは怪しい店に通っている』

『薬の売人と付き合っていて、薬中毒になっている…』


「何か心当たりはございますか?」


サイラスにじっと見られ、わたしは「いいえ」と答えたものの、

ある事を思い出した。

一年前、レジーナとドリーに店に連れて行かれた事があったが、

その事だろうか?でも、何故、今になって?とも思う。


「どちらにしても、覚悟しておいた方がよろしいかと、

近日中に呼び出しがあるでしょう」


サイラスは用事は終わったとばかりに、すっと、体を正面に戻した。

サイラスはユーリーの護衛という特別枠の生徒で、

学園内の事には極力関わってはいけないと聞く。

それなのに、忠告してくれたのだと思うと、うれしかった。

「ご忠告ありがとうございます」と小声で感謝を伝えた。


だけど、どうしたら良いのか…


わたしはレジーナとドリーに話してみようかと考えていた。

彼女たちからは口止めされているが、

教師に尋問を受けて喋らないでいられるだろうか?

喋らなくても、バレてしまう気がする。



「レジーナ様、ドリー様、あの、少しお話したい事が…」


声を掛けてみたものの、彼女たちはサッと顔を反らし、

足早に去って行った。

あからさまな態度を前に、わたしの心は萎んでしまった。

こうなると、もう声を掛ける勇気は出ず…

わたしは引き下がるしか無かった。



サイラスの忠告通り、その日の放課後、

わたしは教師に職員室の隣にある小部屋に呼び出された。


「セシリア・モーティマー、あなたには『変な店に出入りしている』、

『薬の売人と付き合っている』、『薬中毒だ』という噂がありますが、

これらは本当の事ですか?」


わたしは膝の上で手を握り、視線を落として答えた。


「違います…」

「それなら、何故この様な噂が立ったのか、お分かり?」


わたしが頭を振ると、「こちらを」と、

教師が薬の包みをわたしの目の前に置いた。

それは普通の薬の包みでしか無かったが、心当たりのあるわたしは、

咄嗟に息を飲んでしまった。


「ご存じの様ですね、これは、『ある生徒』が『あたなから』

無理矢理押し付けられ、買わされたそうです」


「そんな、違います!」と言ったものの、わたしの頭には、

レジーナとドリーの顔が浮かんだ。

彼女たちがそう言ったのだろうか?


「これが本当でしたら、大変な事なのですよ?」

「違います…わたしはそんな事していません」

「それなら、これは誰のものです?彼女たちが嘘を吐いたというんですか?」


わたしは押し黙った。

彼女たちは何故そんな嘘を吐いたのだろう?

わたしを無視したのは、後ろめたかったからだろうか?

薬の包みを落としてしまったのかも…


「一度だけ…お店を間違えて、入った事があります…

薬屋だと思ったのです…」


「そこでこれを買ったのですか?」


わたしは迷ったが、小さく頷き…


「でも、使っていません、売ってもいません、

彼女たちに…渡したかもしれませんが…」


教師が机をバン!と叩いた。


「真面目に答えなさい!!」


教師が声を荒げ、わたしは委縮してしまい、

それ以上、顔を上げる事も喋る事も出来無くなった。


暫くの間、教師の怒号が響いていた、

脅しのような事を言われたかもしれないが、

わたしの耳には入って来なかった。

ただ、小部屋に入って来たカイルの姿を見て、

泣き出してしまった事は覚えている。


「義弟のカイルです、義姉も参っていますので、

今日はこの辺にして頂けますか?」


「そうはいきません!あなた方は軽く考え過ぎですよ!

これは大問題なのですから、真実を話すまで帰らせません!

そうでなければ、然るべき機関に任せなければならなくなりますよ!」


教師の声から逃げるように、わたしはカイルの胸に縋った。

カイルはわたしを守るように腕を回すと、体の向きを変え、

わたしを教師から遠避けた。


「少し冷静になって下さい、『真実を話す』と言うのでしたら、

まずは彼女たちからにして下さい。

彼女たちが真実を話していると、何故分かるのです?

証拠はあるのですか?

彼女たちの証言とその薬だけなのではないですか?

義姉が真実を言えないのは、彼女たちに同情しているからだと、

何故思われないのです?」


「し、しかし、彼女たちが訴えて来たのですよ?

友人に無理矢理薬を買わされ困っていると…

何を疑えと言うのですか!」


「義姉にそんな事は出来ません、相手は侯爵令嬢二人、

義姉は伯爵令嬢ですよ?」


「それは…彼女が魔法で脅したという事も…」


カイルに凄い迫力で睨まれ、教師の声は途中で消えた。


「この学園の教師は、それ程簡単に生徒を疑われるのですか?

その様な教師のいる学校に無理に通う必要はありません。

この上は、学園を辞めた後、僕が真実を炙り出しましょう、

あなた方の間違いを正した暁には、勿論、義姉には謝って頂きます、

それでよろしいでしょうか?」


カイルはわたしを連れ、小部屋から出た。

「待ちなさい!」という教師の声には一度も振り向かずに。



カイルは一緒に馬車に乗り、屋敷まで帰ってくれ、

部屋まで運んでベッドに寝かせてくれた。

尚もカイルに手を伸ばすわたしに、

カイルは白いうさぎの人形を取って渡してくれた。

ベッドの側に腰を降ろし、わたしと目を合わせ、カイルは微笑む。


「寝て下さい、休んだ方がいい」


カイルの大きな手が、わたしの手を包む。

わたしはうさぎの人形を抱き、頷くと、目を閉じた。





朝、目が覚めると、直ぐ傍にカイルの顔があり、

わたしは思わず声を上げそうになった。


「…っ!?」


カイルがベッドに頭を乗せ、凭れ掛かり、眠っている。

綺麗で艶のある黒髪にそっと触れてみる。

その手触りを楽しみながら、整った顔を眺めていると、

不意に手首を掴まれた。


「!?」


「おはようございます…」


カイルが眠そうに言い、何度か瞬きをした。

朝だからなのか、潤んだ深い緑色の瞳が、綺麗だと思った。


「あ、すみません!起こしてしまいました!」

「いえ、中々良い目覚めでしたよ…」


カイルが意味の分からない事を言い、伸びをした。

こんな風に気を抜いているカイルは珍しい。


「着替えをして、さっぱりしてから、食堂でお会いしましょう」


カイルは立ち上がると、部屋を出て行った。

わたしはベッドから降り、自分が制服姿である事に気付いた。


「ええ!?」


何故、この様な格好で自分が寝ていたのか…

そして、何故、寮暮らしである筈のカイルが、この部屋に居て、

変な寝方をしていたのか…


わたしはその理由に思い当たり、真っ青になったのだった。



わたしは急いで鏡に向かい、顔を映した。


「!!」


ああ…酷いです!!

泣き腫らした顔をカイルに見られるなんて…恥ずかし過ぎます!!

金色の髪はぼさぼさ、皺になった制服、お風呂にも入っていない…

絶望感に襲われつつ、わたしはあたふたしながら…

出来る限りの身支度をした。



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