(8)
◆パトリシア◆
魔術闘技大会で、セシリア・モーティマーは注目を浴びた。
セシリアが1勝した後、他選手は棄権をし、
彼女が決勝トーナメントに進んだ。
決勝トーナメントでの1戦目、2戦目、
パトリシアにはつまらなく見えた。
それなのに、観客席の生徒たちはセシリアに声援を送っていた。
「まぁ、水を被ってしまわれて!」
「私悪いとは思いつつも、笑ってしまいましたわ」
「こんなに楽しい大会は初めて見ますわね」
「魔法戦は力技ばかりかと思っていました」
「素晴らしい機転ですわ!」
「今のは風魔法で足を掬っていたのですね、私にも出来るかしら」
つまらない、つまらない、つまらない!!
あの程度の魔法でちやほやされるなんて、苛々するわ!!
皆馬鹿ばっか!!
彼女はこんなに注目されてはいけないのよ…
だって、彼女は『悪役令嬢』なんだから…
私の引き立て役じゃなきゃいけないのよ!!
それを、勝手にこんな事をして、自分が目立とうとして!!
まただ…
また、あの女に盗まれる…
前世では、私の男を…
そして、今世では、私からヒロインの座を盗もうとしてる…
そんなの、許せない!!許せない!!許せない!!
ヒロインは私よ!!
この世界のものは、全部全部、私のものなのよ!!
直ぐにでも破滅させてやりたいのに!!
彼女が破滅を迎えるまでは、まだ、一年も先だ。
自分の力も地位も、まだまだ望むものには届いていない…
「でも、少し位ならいいわよね?」
彼女を失墜させるのよ…
思い出させてやらなきゃ、自分が『悪役令嬢』だってことを___
◆◆◆
◇◇◇
「最近、学園内で変な噂を耳にしました…」
朝、登校し、席に座ったわたしに、
隣の席のサイラスがそれを教えてくれた。
『セシリア・モーティマーは怪しい店に通っている』
『薬の売人と付き合っていて、薬中毒になっている…』
「何か心当たりはございますか?」
サイラスにじっと見られ、わたしは「いいえ」と答えたものの、
ある事を思い出した。
一年前、レジーナとドリーに店に連れて行かれた事があったが、
その事だろうか?でも、何故、今になって?とも思う。
「どちらにしても、覚悟しておいた方がよろしいかと、
近日中に呼び出しがあるでしょう」
サイラスは用事は終わったとばかりに、すっと、体を正面に戻した。
サイラスはユーリーの護衛という特別枠の生徒で、
学園内の事には極力関わってはいけないと聞く。
それなのに、忠告してくれたのだと思うと、うれしかった。
「ご忠告ありがとうございます」と小声で感謝を伝えた。
だけど、どうしたら良いのか…
わたしはレジーナとドリーに話してみようかと考えていた。
彼女たちからは口止めされているが、
教師に尋問を受けて喋らないでいられるだろうか?
喋らなくても、バレてしまう気がする。
「レジーナ様、ドリー様、あの、少しお話したい事が…」
声を掛けてみたものの、彼女たちはサッと顔を反らし、
足早に去って行った。
あからさまな態度を前に、わたしの心は萎んでしまった。
こうなると、もう声を掛ける勇気は出ず…
わたしは引き下がるしか無かった。
サイラスの忠告通り、その日の放課後、
わたしは教師に職員室の隣にある小部屋に呼び出された。
「セシリア・モーティマー、あなたには『変な店に出入りしている』、
『薬の売人と付き合っている』、『薬中毒だ』という噂がありますが、
これらは本当の事ですか?」
わたしは膝の上で手を握り、視線を落として答えた。
「違います…」
「それなら、何故この様な噂が立ったのか、お分かり?」
わたしが頭を振ると、「こちらを」と、
教師が薬の包みをわたしの目の前に置いた。
それは普通の薬の包みでしか無かったが、心当たりのあるわたしは、
咄嗟に息を飲んでしまった。
「ご存じの様ですね、これは、『ある生徒』が『あたなから』
無理矢理押し付けられ、買わされたそうです」
「そんな、違います!」と言ったものの、わたしの頭には、
レジーナとドリーの顔が浮かんだ。
彼女たちがそう言ったのだろうか?
「これが本当でしたら、大変な事なのですよ?」
「違います…わたしはそんな事していません」
「それなら、これは誰のものです?彼女たちが嘘を吐いたというんですか?」
わたしは押し黙った。
彼女たちは何故そんな嘘を吐いたのだろう?
わたしを無視したのは、後ろめたかったからだろうか?
薬の包みを落としてしまったのかも…
「一度だけ…お店を間違えて、入った事があります…
薬屋だと思ったのです…」
「そこでこれを買ったのですか?」
わたしは迷ったが、小さく頷き…
「でも、使っていません、売ってもいません、
彼女たちに…渡したかもしれませんが…」
教師が机をバン!と叩いた。
「真面目に答えなさい!!」
教師が声を荒げ、わたしは委縮してしまい、
それ以上、顔を上げる事も喋る事も出来無くなった。
暫くの間、教師の怒号が響いていた、
脅しのような事を言われたかもしれないが、
わたしの耳には入って来なかった。
ただ、小部屋に入って来たカイルの姿を見て、
泣き出してしまった事は覚えている。
「義弟のカイルです、義姉も参っていますので、
今日はこの辺にして頂けますか?」
「そうはいきません!あなた方は軽く考え過ぎですよ!
これは大問題なのですから、真実を話すまで帰らせません!
そうでなければ、然るべき機関に任せなければならなくなりますよ!」
教師の声から逃げるように、わたしはカイルの胸に縋った。
カイルはわたしを守るように腕を回すと、体の向きを変え、
わたしを教師から遠避けた。
「少し冷静になって下さい、『真実を話す』と言うのでしたら、
まずは彼女たちからにして下さい。
彼女たちが真実を話していると、何故分かるのです?
証拠はあるのですか?
彼女たちの証言とその薬だけなのではないですか?
義姉が真実を言えないのは、彼女たちに同情しているからだと、
何故思われないのです?」
「し、しかし、彼女たちが訴えて来たのですよ?
友人に無理矢理薬を買わされ困っていると…
何を疑えと言うのですか!」
「義姉にそんな事は出来ません、相手は侯爵令嬢二人、
義姉は伯爵令嬢ですよ?」
「それは…彼女が魔法で脅したという事も…」
カイルに凄い迫力で睨まれ、教師の声は途中で消えた。
「この学園の教師は、それ程簡単に生徒を疑われるのですか?
その様な教師のいる学校に無理に通う必要はありません。
この上は、学園を辞めた後、僕が真実を炙り出しましょう、
あなた方の間違いを正した暁には、勿論、義姉には謝って頂きます、
それでよろしいでしょうか?」
カイルはわたしを連れ、小部屋から出た。
「待ちなさい!」という教師の声には一度も振り向かずに。
カイルは一緒に馬車に乗り、屋敷まで帰ってくれ、
部屋まで運んでベッドに寝かせてくれた。
尚もカイルに手を伸ばすわたしに、
カイルは白いうさぎの人形を取って渡してくれた。
ベッドの側に腰を降ろし、わたしと目を合わせ、カイルは微笑む。
「寝て下さい、休んだ方がいい」
カイルの大きな手が、わたしの手を包む。
わたしはうさぎの人形を抱き、頷くと、目を閉じた。
◇
朝、目が覚めると、直ぐ傍にカイルの顔があり、
わたしは思わず声を上げそうになった。
「…っ!?」
カイルがベッドに頭を乗せ、凭れ掛かり、眠っている。
綺麗で艶のある黒髪にそっと触れてみる。
その手触りを楽しみながら、整った顔を眺めていると、
不意に手首を掴まれた。
「!?」
「おはようございます…」
カイルが眠そうに言い、何度か瞬きをした。
朝だからなのか、潤んだ深い緑色の瞳が、綺麗だと思った。
「あ、すみません!起こしてしまいました!」
「いえ、中々良い目覚めでしたよ…」
カイルが意味の分からない事を言い、伸びをした。
こんな風に気を抜いているカイルは珍しい。
「着替えをして、さっぱりしてから、食堂でお会いしましょう」
カイルは立ち上がると、部屋を出て行った。
わたしはベッドから降り、自分が制服姿である事に気付いた。
「ええ!?」
何故、この様な格好で自分が寝ていたのか…
そして、何故、寮暮らしである筈のカイルが、この部屋に居て、
変な寝方をしていたのか…
わたしはその理由に思い当たり、真っ青になったのだった。
わたしは急いで鏡に向かい、顔を映した。
「!!」
ああ…酷いです!!
泣き腫らした顔をカイルに見られるなんて…恥ずかし過ぎます!!
金色の髪はぼさぼさ、皺になった制服、お風呂にも入っていない…
絶望感に襲われつつ、わたしはあたふたしながら…
出来る限りの身支度をした。




