11歳
その後、ナイジェル・ベントリーの婚約者には、あの可愛らしい令嬢が選ばれた。
父からそれを聞かされても驚きは無かったが、
父が「おまえは何故ダイアナの様に出来ないんだ」と苦々しく吐き捨てた時には、
申し訳ない気持ちになった。
「失望した」と言わんばかりに両親のわたしへの当たりは強くなった。
わたしを見ると睨み付け、あからさまに無視をしたり、
嫌味を言う事もあれば、機嫌の悪い時には怒鳴りつける事もある。
メイドからの告げ口を鵜呑みにし、食事を抜かれたり、折檻を受ける事もあった。
両親がそんな態度を見せるので、メイドたちの嫌がらせもエスカレートしてきた。
11歳になった頃には、両親が居ない日は食事すらも与えられず、風呂にも入れて貰えなくなっていた。
頼もうとしても聞こえないフリをされ嘲笑される___
それが続くと、メイドの姿を見ただけで身が竦むようになり、何も言えなくなった。
そんな自分の態度が逆効果だとは分かっているけど…
「どうしたらいいのか…」
自分の頭では見当もつかず、ただ悶々とするだけだった。
そんな中、家庭教師が週3回来てくれる事は救いだった。
家庭教師はメイドたちとは違い、親切丁寧で熱心に教えてくれた。
両親の態度からも、この家から放り出される事は十分に考えられるので、
将来役に立つだろう勉強には力が入った。
そして、読書。
わたしは前世でも現在でも読書が好きだった。
本を読んでいる間は、現実を忘れられる。
それに、今のわたしが知識を得る方法は、読書しかない。
幸い、本は屋敷に溢れる程あるし、行き届いていない礼儀作法や常識等も学べて助かる。
わたしは貪るように本を読んだ。
この世界、オーリアナ国の歴史や情勢も本で知った。
オーリアナ国には聖女の張った結界が存在し、魔物の侵入を防いでいる。
その為、結界を張れる事の出来る聖女は王族よりも地位が高く、崇められる存在だ。
だが、先の聖女が亡くなり、ここ数年、オーリアナ国には聖女が誕生していない…
「物語と一緒だわ…」
聖女であるヒロイン、パトリシア・クラークは現れるだろうか?
ヒロインが魔法学園に入学し、そこから『オーリアナの聖女』の物語は始まる。
ヒロインが現れれば聖女が誕生し、国も民も救われる。
だけど、わたしは?
セシリア・モーティマーの運命は、幽閉、破滅だ。
「でも、逆に考えたら…、ヒロインを苛めなければいいのよね?」
物語通りの行動をするのは難しい…と以前は悩んでいたが、
わたしは物語のセシリアとは性格も違うし、両親からも愛されてはいない。
ナイジェルも物語とは違い、セシリアではなく別の令嬢と婚約をした。
既に物語は変ってきているのだ___
「そうよね、そもそも悪役令嬢だなんて、そんな大役わたしには無理ですから!」
小心者で口下手なわたしに向いてるのは、村人AとかBとか…名も無いモブだ。
それが、どうしてこんな配役になってしまったのか…
神様が何かの弾みで間違えたとしか思えません。
「わたしはわたしなりに、この世界で生きていけばいい、ですよね?」
その為にも…
「魔法の練習をしなくては!」
魔法が使えるようになれば、家を出されても何かで働いて生きていけるだろう。
幸い、平民に比べ貴族は魔力も強いと書物に書いてあった。
今から訓練を始めれば、わたしでも少しは何か身に付けられるかも…
『魔法』という未知なる可能性を前に、前向きになれたわたしは、『初級魔法書』を開いた。
この世界で「魔力」を持つ者は珍しく無い。
大事なのは「魔力量」であり、それを使う「技量」「発想」「集中力」…それらだ。
物語のセシリアは「魔力量」に関していえば、学年でも上位だった。
だから、自分にもきっと魔法は使えますよね?
「何からやってみようかな~?」
わたしは裏庭の隅で練習をする事にした。
暴発するような危険度の高い魔法を使う気は無かったが、部屋ではメイドに見られるかもしれない。
メイドに見つかれば、両親に告げ口をされ、面倒になるだろう事は容易く推測出来た。
「ファイヤーボールは危ないし、水を出してみようかしら?」
庭の水撒きも出来て一石二鳥だ。
わたしは手を伸ばし、集中する。
目を閉じて水をイメージし、指先へ…
◇◇
地道に独りでコツコツと。
これは、地味で小心者なわたしの、唯一の長所かもしれない。
地道に練習を続けていく内に、魔法を使う『コツ』のようなものが分かってきた。
最初は水滴、段々と水量が増え、今では霧のシャワーを出せる様になっていた。
その所為なのか、裏庭の樹の茂りが良くなった気がする。
雑草も活き活きしていて、それはちょっと困るので、草刈りをするべきかもしれないと、
農務用の倉庫から、こっそり草刈り鎌的なものを借り、手入れをするようにもなった。
前世でも同じで、家事や手仕事をしていると集中して、嫌な現実を忘れられた。
前世でも現世でも、現実逃避している自分に呆れてしまう。
勉強に読書に魔法の練習…それなりにやる事はあり、時間を持て余す様な事は無いが、
充実とは違うだろう。
夢中になれる事、心が活き活きと弾むような何か…
「わたしには何も無い…」
前世のわたしは、トリマーの資格を得て、望んでいたペットショップに就職出来た。
大好きな動物と触れ合う事が出来た。
親しい友達はいなかったけど、生活は満たされていた気がする。
「動物を飼いたいなんて…言えないですし」
あの両親が「好きな動物を飼いなさい」と笑顔を見せる…そんな想像は出来ない。
そもそも、自分の食事さえ十分に貰えないのだから、ペットは可哀想だ。
前世でも実家にペットはいなかった。
家族が動物嫌いで、兄姉にはアレルギーもあった。
それで逆にわたしは動物に興味を持っのたが、結局ペットを飼う事は叶わなかった。
「安いアパートだったし、ペット禁止だったのよね…」
でも、この世界は身近に自然が多い、アパート的な所でも飼えるのではないかと思えた。
「ペットを飼うには、まず独立して、お金を稼いで…」
未来設計をしていると、夢ではなく、叶いそうな気がしてきた。
◇
魔法で水を出せる様になった事は大きい。
意図していなかったものの、水も飲めない日々から解放されたのだ。
それに、頑張れば洗面器に水を張る事も出来る。
歯磨きや顔を洗う事も出来るし、髪を洗う事も、タオルを濡らして体を拭く事も出来る。
惨めで悲惨な状態からの脱出は、自分でも驚く程心を明るくさせた。
「水を温める事が出来たら、お風呂にも入れる!
風の魔法をアレンジして温風を出せたら、ドライヤーの代用になりますよね??」
魔法って、なんて素敵なのかしら!
野望は膨らんでいくのだった。